グローバル企業
そして今僕は世界をまたに暗躍する企業戦士としてとある国の高校に身分を隠し潜入していた。何故か?敵対する軍産企業である『ホワイト・ファースト』の情報員がこちらに寝返りたいと打診してきたからだ。やつは家族を企業間紛争の生贄にされたらしい。会社は必ず守ると言ってやつを情報戦の戦地に赴かせたらしいが、相手にやつの身分がばれて家族が報復のターゲットになったそうだ。
その後、やつは上辺だけは会社の対応に納得し方針に従う振りをして機会を伺っていた。やがて会社のやつに対する警戒が緩んだのを見計らって、比較的治安の安定している日本に配置換えを願い出て受理されたそうだ。
そしてやつが潜り込んだのがこの学校である。僕はこの学校でやつと接触しやつが差し出す情報を受け取る。一応、やつの身柄も確保するつもりだが、やつ自身にはそれほど価値はない。やつもそれは十分承知している。やつの目的はホワイト・ファーストへの復讐である。情報さえこちらの手に渡ればやつの願いは叶うのだ。
しかし、問題もある。僕はやつを知らないのだ。勿論やつも僕を知らない。なんともマヌケに思えるかも知れないが情報戦に身を置く者としては普通の事である。例え仲間内であっても身分を晒すのは危険なのだ。どこに敵の目があるか分からない状況でのほほんと名乗り出るのは3流だ。そんなやつは忽ち淘汰される。この国がスパイ天国と呼ばれているのはそんなやつらが多いからだ。
そこで僕はこの半年に転入した来たやつを洗い出す。該当するやつは3人もいた。3年の佐賀 玲二 (さが れいじ)と2年の住吉 千里 (すみよし ちさと)とヘレニア・スコロビッチだ。
名前だけを見るとヘレニア・スコロビッチが一番怪しいと感じるかも知れないが先入観を持って対応してはいけない。やつが日本に転属できたのは人種が日本人だったからかも知れないのだから。それどころかモンゴロイド系なら名前を偽っても見た目だけでは判らない可能性もある。取り敢えず僕はひとりづつ接触を試みた。
まずはクラスが同じ住吉 千里からだ。
「やぁ、君が住吉 千里さんだね。僕は大和 武 (やまと たける)だ。最近転校してきた者同士として仲良くして貰えたら嬉しいな。」
僕はフレンドリーに彼女に挨拶をした。まぁ、人によっては馴れ馴れしいと取られるかも知れない。そして彼女も僕の態度をそう取ったようだ。
「つるむ相手を探しているなら別を当たって頂戴。私、馴れ合いは嫌いなの。」
うん、中々ガードが固いね。でも女の子はこれくらいじゃないとね。でもこんなのは想定範囲内だ。僕は接触を続ける。
「おっと、それは失礼。でもせっかく同じクラスなんだし話くらいさせてくれよ。こう見えても話し掛けるかどうか結構悩んだんだぜ?」
「別に話す事なんかないわ。というか話しかけないで頂戴。」
くーっ、クールだねぇ。でもここまでは事前の調査報告通りだな。
住吉 千里17歳。親は外資系の中間管理職。最近までは外国にいたらしいが晴れて本社に戻ってきたらしい。外資系は実力主義と言うが、それは中間管理職までのことだ。その上を狙うにはやはりコネと派閥の力が必要になる。
だから彼女の親父さんが本社に戻されたと言うことは、その波に乗ったということだ。順風満帆なエリートコースだがその代償は大きい。転勤を繰り返す父親について各地を転々とした彼女は友達を作るのを止めてしまった。夫に構って貰えなかった母親が、男を作ってとんずらしたのも彼女の心に重く圧し掛かっているらしい。
何時しか彼女は自分の殻に閉じ篭るようになった。一旦、こうなるとやり直すのは難しい。なんたってひとりって結構気楽なのだ。確かに人と交わるのは楽しい、しかし、無遠慮に立ち入られるのもストレスがかかるものだ。そして一旦歯車が狂いだすとそれは加速し蓄積されてゆく。その先にあるのは陰湿な感情である。
だが、初めから人との交わりを否定していればそんなストレスに襲われることはない。寂しいという感情はあるかもしれないが人を攻撃する負の感情に苛まれるよりはマシである。
と、ここまでそれらしい事を言ってきたが、もしも彼女が情報提供者なら今まで言ってきたことは全て偽情報である。勿論裏は取った。彼女の父親は実在するし、彼女と一緒に住んでもいる。でもそれくらいの欺瞞はこの世界では当たり前だ。諜報員を潜伏させるのにそれくらいの事が出来ない組織は2流以下なのだ。
「そう言えば住吉はルスデニアから来たんだってな。なに?お前の親父って外交官なの?」
「あなた、日本語が判らないの?私は詮索されるのが嫌いなの。もう、あっちいってよ。」
住吉は取り付く隙もない。初めから完全シャットアウトの姿勢だ。
「ああっ、済まんね。いや、僕も一時期ルスデニアに居たんだ。親の関係でね。だからちょっとあっちの話でも出来ればなと思ってさ。」
僕は住吉にちょっとカマを掛ける。ルスデニアは東側陣営に属していた東欧州に位置する国だ。東側諸国が分裂して以降、混乱が続いており最近になって漸く内乱が収まった。故に欧州でもそんなに名が知られている国ではない。多分この国の人たちでは10人中9人は知らないだろう。
「あなたが?あの国に?」
おっし!喰いついたっ!
「ああ、2年間だけどね。親父はガス供給プラントの仕事をしていたんだ。」
これは嘘である。いや、ガス供給プラント事業自体はあの国の復興産業として今も推進されている。だがそれは最近の事だ。僕はわざといた時期をぼかしたが銃弾の飛び交う国に子供を連れて仕事にゆく親はいない。
つまり彼女が情報提供者なら、今の嘘話を聞いて僕が接触者だという事が判ったはずである。もしも彼女が本当にルスデニアにいただけの無関係者なら僕の嘘を見破り、僕を非難するはずだ。あの国の内戦は、それを体験した者にとって、安易にネタに出来るものではないのである。
「そう・・、そうなんだ。でもごめんなさい。あの国の話はしたくないの。」
そう言って彼女はそっぽを向いてしまった。感触としてはどちらとも取れる返事である。もっともそんなに簡単に身分を明かす諜報員はいない。今回は挨拶だ。じっくり腰を据えて接触してゆくさ。
「ああっ、そうだね、今のはちょっと僕が浅はかだった、忘れてくれ。でも、その内別の話を聞かせてくれよ。いい思い出だって少しはあっただろう?」
「そうね・・、その内にね。」
彼女は振り向きもせず返事を返す。まぁ、次のアポは取った。ここは引き下がるとしよう。僕は軽く挨拶をして彼女から離れる。そんな僕を彼女は手元の鏡で追っていた。
残りは2人、あまり急いでは怪しまれるかも知れないが、なに挨拶代わりだ。とっとと済ませてしまおう。




