森下vs僕
僕は今、学生集会室で森下 雪と最後の打ち合わせをしている。
「それでどうだったの?戦闘ヶ原ひたちはなんて?」
「ふふふっ、僕が敵対したので震えていたよ。だがあいつも意地があるのだろう。降参はしなかった。ふっ、馬鹿なやつだ。ちっぽけなプライドの為に全てを失うんだからな。あの時、降参していればパンツだけで許してやったのに。だが、もはや手加減はしない。くりんくりんにひん剥いて全裸にしてやるっ!」
僕の全裸宣言に森下は何故かため息をつく。
「あなた大丈夫なの?私たちの極秘情報では戦闘ヶ原ひたちは催眠術を使うらしいわ。まさかあなた術にハマってないでしょうね?」
森下の言葉が何故か僕の心を揺さぶる。でも僕にはその意味が判らない。
「催眠術?おいおい、お前そんな子供だましを信じているのか?」
「俄かには信じられないけど彼女の影響力と他の生徒たちの妄信具合をみたらあながち嘘とは言い切れないわ。」
言われてみればそうだ。自分が操り人形として矢面に立ち、黒幕を隠すなどという地味な役を学生が自らほいほい進んでやるとは思えない。自分ファースト。これこそ学生の行動原理だ。人の役に立ちたいなどと言うのは大人へのリップサービスである。いい子を演じる時のテンプレ発言だ。
「成程、確かにそれも一理ある。催眠術は眉唾だが『テルミノ』くらいは使っているのかもな。」
「『テルミノ』つて・・、まさか擬似記憶を植えつけるアレの事?まさか・・、あれって軍事薬品よ。一般人が入手できるものではないわ。」
いや、ちょっち間違っているぞ森下。軍じゃなくて諜報組織だ。代表的なのはCIAだ。キャン・アイ・アメリカ。私はアメリカだ!だから出来る!やっている事そのままんまの組織名である。
「この学園の卒業生たちは国家を影から牛耳っているんだぜ?現在、学園のトップである戦闘ヶ原ひたちがやつらと繋がりがない訳ないだろう。」
証拠はない、というか調べてもいない。調べるつもりもない。だって出任せだから。森下がビビったので面白いからふかしました。
「国家ぐるみだというの?そんな・・。下手したら私たち国家反逆罪にされちゃうじゃないっ!」
「安心しろ森下。僕らは未成年だ、刑務所には入れない。24時間完全管理の究極のセーフティーハウスだが僕らには入る資格がないんだ。くそっ、大人めっ!汚いぜっ!」
勿論冗談だ、ちゃんと未成年用の刑務所もある。名前は変えてあるけどね。
「そう・・、ならいいわ。ごめんなさいね、諜報戦になってから色々な情報が交錯していて裏を取っている時間がないものだからあなたの事も疑ってしまったの。」
「仕方ないさ、騙し、騙され、裏切られるのがスパイの世界だ。」
僕は森下を慰める。だがスパイと言った時に何故か心がチクリと痛んだ。
「そうね、二重スパイであるあなたが一番辛いはずなのに私たちが参っていては駄目ね。」
何だって?今なんて言った?二重スパイ?それってどうゆう意味なんだ?
「あなたが生徒会派に私たちのスパイとして潜り込み相手から信頼される為、敢えて私たちの元に生徒会側のスパイとして舞い戻る。そしてこちらからの偽情報を渡して相手を安心させる。情報に信憑性を持たす為に何人かの同志は失ったけどおかげであなたは向こうの中枢まで食い込めた。消えた同志もこの結果に満足してくれると思うわ。」
なんだ?何を言い出すんだこいつは?僕が二重スパイ?
「あなたは彼らに悟られぬよう二重に人格を偽る術を自らかけた。一つ目は破られて逆に洗脳されたみたいだけど、さすがはタケル君ね。彼らも二重に術が施されていたのは見破られなかったのね。」
僕は森下の言葉に動揺する。
「どうしたの?まさかまだ術の影響が残っているの?でもあなたは時間で術は解けると言っていたわ。もう時間的には解けているわよね?」
ああっ、そうだった。やっと思い出した。僕は自分で自分に術を掛けたのだった。森下の言っている事は本当だ。僕は強大な組織力を誇る生徒会を内部から食い破るため、反生徒会のスパイとして潜入しわざと捕まった。そして言葉巧みに誘導し二重スバイとして偽の情報を生徒会に流した。その情報に満足した生徒会は僕を信頼し更なる情報の提出を求める。その情報を得る餌として僕は生徒会内部の組織指揮系統を差し出させたのだ。一旦情報管理にほころびがでれば後は容易い。忽ち僕は生徒会の本当の姿を知る事になった。
その中で僕は戦闘ヶ原ひたちに接触する。戦闘ヶ原は僕の術を見破ったが、そのことで慢心し僕を反生徒会への二重スパイへ仕立てる。戦闘ヶ原の術は強力だったが二重に施していた僕の術の方が上だった。僕は術に掛かった振りをして戦闘ヶ原を騙す事に成功し、やつの信頼を得た。そして今に至る。僕の術は時間で解けるようにしておいた。だが途中新たに自分に掛けた術が干渉したのだろう。覚醒するのに誤差が生じた。しかも記憶が完全ではない。しかし、この混乱は時間が経ては収まる。
僕は森下に手を差し伸べる。それを見た森下は僕の横に座り僕の胸に頭を預けてきた。
「怖かったわ、あなたが本当に私を忘れてしまったのかと思えてとても辛かった・・。」
森下は僕の胴に腕を回し顔を僕の胸に埋める。
「大丈夫だ。全ての術は解け去った。僕は元に戻った。僕は森下・・、いや雪の僕だよ。」
「タケルっ!」
雪は体を起こして僕の首に手を回し抱きついてくる。僕はそっと雪の髪を撫でながら囁いた。
「辛い思いをさせたみたいだね。でももう終わりだ。生徒会側の証拠は掴んだ。今度の投票日がやつらの最後だ!」
そう言うと僕は雪の顔を見つめる。
「タケル・・、本当に術が解けたならあの時の約束も思い出せたのでしょう?」
そう言って雪は目を閉じる。
「勿論さ、今その証拠を見せてやる。いや、この場合、体に刻み込むといった方が適切かな?」
「バカ・・。」
僕は雪の言葉を遮るように唇で黙らせる。雪も夢中で僕に甘えだす。そうだ、僕たちは同志であると同時に恋人同士でも会った。よかった、帰って来れた、こここそが僕の帰るべき巣だったんだ。
しかし、本当の事を言うと未だに僕の頭は混乱している。生徒会側の僕と反生徒会側の僕が、僕の中で主導権を取るべく戦っているのだ。
なんなんだ!どっちが本当なんだよっ!というか僕はどっちの人間なんだ?一体僕は誰なんだっ!しかし、僕の叫びは誰にも届かない。本当の事、真実、如何にもな偽情報、欺瞞、策略。それらの情報に僕の頭は混乱し、やがて考えるのを止めてしまった。




