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先生は大変だ

「先生っ!」

「先生じゃない、講師だ。安易に間違えるな。僕は君たちに知識を教えるが生き方は指導しない。」

「相変わらずだなぁ、そんなの気にしなくてもいいじゃん!」

「君たちの立場ではな。所詮君たちは自分のルールで動く。そして誰かと衝突して勝てば自慢げ、負ければ教師に泣きつく。」

「先生、何気に生き方を指導していない?」

「あっ、くそっ!ションベン臭い学生に誘導されてしまった。駄目だ・・、こんな事ではあの丘の向こうに行くことは出来ない。もっと精進しなくては・・。」


今、僕はある学園の臨時講師として学生たちに勉強を教えている。そう、今回、僕の立ち位置は教師だ。いや、言葉が違うな。講師である。

高校生だった僕が講師?はい、いぶかるのももっともだ。だが、僕の妄想のチカラは強力だった。次の日、学校に登校したらこうなっていたよ。学校の名前まで変わっていたからね。学園かぁ、ちょっとこの名称は今は肩身が狭いな。国会で連呼されているからね。でも公立でも学園っていう名称を使ってもいいのか?何か僕の印象では私立の学校っていう感じなんだけど。


しかし、昨日まで机を並べて自堕落な学生生活を一緒に送っていたやつらが一夜明けたら僕の生徒とは・・。しかもこいつらその変化に何の疑問も持っていないらしい。おいおいっ、僕ってそんなに印象が薄かったのか?もしかしてまた夢落ちで誤魔化すんだろうか?


「ほらっ、気を抜くんじゃない。ゲームをしている1秒も勉強をしている1秒も時間の帯は同じだぞ。ならその時間を勉強に使って将来に備えろ。」

僕は、午後一番の授業でだらけきっている生徒に活を入れる。いや、正直言うと僕も何かしていないと寝てしまいそうなんだ。学生なら数に紛れて寝ることも出来るがさすがに教壇の上では眠れない。先生というのも大変だ。いや、先生ではない、講師だ!でも、もう言い直すのも面倒だな。なら、先生でいいや。


「でも先生さぁ、古典なんて社会に出ても役に立たないじゃん。」

「それがどうした。それを言ったらゲームだって同じだろう。プロのゲーマーなんて聞いた事がないぞ。」

「プロではないけどアルバイトならあるらしいわ。」

「そのアルバイトは一生出来るものなのか?次の職を探す時に前職の履歴に書いて有利になるのか?」

「会社にも寄るんじゃないかな。ゲーム会社とか。」

「まともなゲーム会社ならゲームの出来の確認はアルバイトを雇うよ。いいか、会社とは何かを作り出して誰かに売るのを目的としているんだ。そこにはコスト管理という概念が出てくる。単純なチェック作業なんかに高コストな社員なんか使えるか!」


「え~、そうなんですかぁ。」

「当たり前だ、ちょっと考えたら判るだろう。仮に社員がアルバイトと同じ時給だとしても会社はそれ以外にも社員には金を使っているんだ。例えば健康保険。これは支払う額の半分以上を会社が肩代わりしている。年金もそうだ。税務関係だって、専用の部署や人員を配置して処理している。あれって自分でやったら大変だぞ。」


「ウチの親父は会社勤めだけど保険関係は個人で入っているぜ?」

「そうだ、今言った例は全ての会社には当てはまらない。規模の小さい会社には負担が大きいからな。つまり所属する会社によって見えないところで処遇が違ってくるんだ。そして処遇の良い会社の絶対数は少ない。しかし、所属さえすれば人生においてかなり有利になる。だからその狭き門をくぐる為に、君たち学生は勉強するのさ。将来、使わない知識だ?当然だ。使うのは大学入試の時だからな。因みに入社試験の時は必要ないな。一般常識しか問い掛けてこないから。」


「先生、なんか俺、人生に絶望を感じてきたんだけど、死んでもいいですか?」

「自殺は親御さんたちが近所への体裁が悪くなる。事故にしておけ。但し、飛び込みは駄目だ。他人さまに迷惑が掛かるからな。学校内も駄目だぞ。先生方の仕事を増やすな。そうだな、休みの日に河原にでも行ってバナナの皮に足を取られてそのまま天に召されるのが妥当なところか。あっ、その際、ちゃんと目撃者がいる所でやれよ。目撃者がいないと警察の方が一応捜査しなくちゃならなくなるからな。」


「うへっ、そんな事言われるとおちおち自殺もできねぇよ。」

「そうだ、自殺は大変迷惑だ。だから止めておけ。私の知り合いに閻魔様の裁判立会人の方がいらっしゃるんだが、その方が私と飲む度にぼやいている。自殺したやつらは自分の事しか言わないと。人に迷惑をかけたという思いがないそうだ。あっ、但し、罪を犯してその罪悪感にいたたまれず死を選んだやつはちょっとはマシだそうだ。」


「先生、その如何にも本当っぽく言うの止めて下さい。」

「信じる信じないは君たち次第さ。こうゆうのは一握りの真実を盛り込むとリアリティーを増すんだ。因みに今のは、古典の『冥界審議生き返り騒動』という滑稽本からちょっと内容を借用した。」


「うわっ、先生がパクリしてるよ。公共著作権益収奪協会にチクってやる!」

「残念だが著作権は作者が死んでから、あれ?何年だったっけ?まぁ、いいや。とっくの昔に消滅している・・、というか、その法律が成立する前の作品だからな。適用外だ。」


「先生、お喋りとしては大変楽しいんですが、先生が言われた大学受験時に必要になるかもしれない教科書の説明もお願いします。」

「おっと、僕としたことが脱線してしまったな。よし、48ページだったな。これは吉田兼好というおっさんが日々の暮らしを綴った日記だ。お前たちの日記も千年後にはこんな風に晒されているかもしれないからな。変なことばかり書くんじゃないぞ。」


「誰が書くかっ!」

半分くらいの生徒がハモったよ。中々いい突込みだ。うんっ、やっぱりこのクラスはまとまりがあるな。でも昨日までは僕もそっち側だったんだけどな。どうしてこうなった?

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