妄想の産物
2週間ほど前からなのだが、僕が授業中に妄想した事が現実に起こるようになった。
その日、僕は相変わらず先生の授業に付いていけず授業開始僅か10分で妄想の世界に沈んだ。妄想の世界では僕はヒーローだった。なんたって海からやって来た巨大未確認生物を、僕以外が理解できない科学テクノロジーで退治したのだから英雄にならないはずがない。
まぁ、これは前日にテレビで見た映画のシナリオがかなり影響している。如何に妄想とはいえ、僕がこんな壮大なストーリーを構築できる訳がないのだから。
でも悲しいかな、ヒロインの肩を抱いてこの国の未来を語ろうとしたところで終業のチャイムが鳴ってしまった。黒板には僕が理解できない化学式が書いてある。
そうか、あの時の学者連中はこんな思いをしたんだな。確かに悔しかっただろう。なんせ、単語ひとつひとつは理解できても繋がりがさっぱりだ。塩基配列?そんなの概念であって実際の結合モデルじゃないんじゃないの?確かにそのふたつの液体を混ぜればそうなるんだろうけど、説明の方法としては間違っているんじゃないかなぁ。
僕は日直が消してゆく意味不明な記号を見ながら思った。
「なぁ、あれって次の試験範囲に入ってる?」
僕は隣の女子に黒板を指差して聞いた。
「タケル君、また飛んじゃってたの?まったく大した特技よね。隣にいる私ですら気づかずに寝れるんですもの。大丈夫、今日の授業はこの前のお浚いだから出ないわ。」
そうゆう彼女も黒板なんか写していない。ノートに忙しなく書いていたのは漫画のコンテだ。内容に関しては、恥ずかしいからと言って見せてもらえない。
うん、妄想の世界に飛んでいても僕の目はちゃんと現実を見ているんだ。だから居眠りと大して変わらない状態でも授業態度を注意されたことはない。
さて、次の授業は古典だ。実は僕は古典の授業が好きだったりする。よって次の授業は飛ぶことはない。午後一番の授業は英語だが、この先生は生徒にヒヤリングを強いるのでさすがに寝られない。結局、今日の妄想タイムはお終いだな。そんなことを思いながら僕は次の授業の準備を始めた。
そして次の日。その緊急放送は午後の一番眠い授業の時に流された。東京湾に謎の巨大生物が現れ都心を蹂躙しているとのことだった。放送は次の指示があるまで教室で待機するように告げている。僕らは一斉にスマホで情報を探し始めた。
「これだっ!」
生徒のひとりが画像をゲットする。
「どこ?どのサイト?」
「にんまり動画の緊急ページだ!」
「駄目だわ、もう繋がらない。」
アクセスが集中したのだろう、動画サイトは沈黙してしまった。
「おっ、SSS放送がヘリで空撮動画を流しているぞ!」
「げっ、なんだこれ?ビルよりでかいぞ!」
「すごい・・、ビルってあんなに簡単に潰れるものなの・・。」
みなスマホの画面を食い入るように見ている。
「これ、リアルだよな・・。」
「どうゆうこと?」
「いや、一昨日のテレビでやっていたパニック映画そっくりじゃないか。」
「サイトジャック?でも緊急放送が流れたのよ?」
「学校がどこから指示されたかわかんねえけど、校長がこれを見てパニクッたんじゃないのか?」
「それって宣伝かい?でもそうゆうのは放送前にやらなくちゃ効果がないじゃん。」
「北が核攻撃前に俺たちを混乱させようとサイバー攻撃してんじゃないの。」
みなそれぞれ勝手な意見を言い合う。そんな中、僕だけが青ざめていた。僕はこの怪物を知っている。それどころか名前すら知っているのだ。だって僕が妄想の中で付けたのだから。
この怪物の名は『ニサンカ』、二酸化炭素を体内に吸収しそれを濃縮して蓄える生物だ。僕の妄想の中では産業革命以来増え続ける二酸化炭素を地球の命令で吸収し続けてきたが体内許容量を超えてしまった為、その発生源である工場群や自動車を間引きする為に上陸してきた設定だった。
残念ながら僕の科学知識では核物質は手に負えなかったので、ニュースで見た地球温暖化物質である二酸化炭素を題材にした。まぁ、それでも使ったのは名前くらいで二酸化炭素の化学式なんでまったくの出鱈目である。出鱈目だから妄想内の科学者が頭を抱えたのだ。
「大丈夫?タケル君。顔が真っ青よ。」
隣の席の女子が僕を気遣い声を掛けてくれた。
「あ、ああっ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ。」
「そうね、まぁ、ちょっとじゃ済まないくらいすごい事が起こっているものねぇ。あれって、ここまでやって来るかしら?」
僕らの学校は神奈川県にある。今、やつが上陸したのは東京だ。隣の自治体ではあるが距離は離れている。そして妄想通りならやつは濃縮され発熱する二酸化炭素を冷やす為、一旦海中に戻るはずだ。
「いや、大丈夫だよ。見たところ移動速度は遅いし向かっている先は都心だ。少なくとも今日は来ないよ。」
そう、今日は来ない。だが明日は僕たちのいる神奈川に再上陸するのだ。そして国防軍と一戦を交える。僕の妄想内では自衛隊は国防軍と名を変えていた。でも呼び名が変わっただけでやることは同じだ。国と国民を外敵から守る。守る為に武力を行使する。戦闘中に愛の歌を歌って敵の心を折る事ができるのはアニメの中だけだ。人の意思や行動は言葉では止められない。言葉が機能するのは戦闘を開始する前までだ。言葉でミサイルの発射ボタンを押すことを押し留める事はできても、発射されたミサイルは止められない。だから僕の妄想の中の国防軍はあの巨大未確認生物に対して武器を持って対応した。
だが結果は惨敗。国防軍が保有する全ての火器が通用しなかった。まぁ、僕の軍事知識では実際の効力なんか判らないから、この辺は映画で見た場面を総パクリしたんだが・・。でも一番強力な武器が航空機から投下される爆弾ってのはちょっと驚いた。やっぱり無理してでも大口径砲を装備した艦艇を持つべきじゃないかなぁ。まぁ、実際の人間相手の戦闘では役に立たないだろうけど。
国防軍が敗退した後、映画の中では米軍が出しゃばってきたけど僕の妄想には出さなかった。だってあいつ等最終的に核を使おうとするんだもん。あれって抑止力としては最高のパフォーマンスを発揮するけど、実際に使っちゃったら最後だからね。対抗手段がない?そんな訳ないじゃん。世の中にはもっと安価に人を殺せる兵器がごろごろしているんだ。その最たるものが細菌兵器さ。これを風上からばら撒けば時間は掛かるが殆どの人間を殺せる。ただ回りまわって自分たちも危なくなるから使わないだけだ。でも核を使われた側からしたらそんな歯止めは利かないだろう。
道ずれにしてやる!
かくして世界は沈黙した・・、となる訳だ。うんっ、これも昔見た映画のパクリだな。
「タケル君・・、タケル君っば!」
ぼーっとしていた僕に隣の女の子が声をかけてくる。
「あっ、なっ、なに?」
「帰宅命令が出たわ。都心からこっちに避難してくる人が大勢来るから私たちは自宅待機するようにだって。学校は避難民にあてがう事になったんだそうよ。」
「ああっ、そうなんだ・・。君は家はどこなの?」
「○○○区。でも電車も止まっているし困ったわ。」
「ああっ、徒歩じゃかなり遠いね。よかったら僕の家に来るかい?なんだったらスクーターで送るよ。」
「タケル君、バイクの運転なんてできるの?」
「1回だけ兄貴に公園の駐車場で運転させて貰った。ゆっくりなら転ばない自信はあるよ。」
「そう・・、なら悪いけどお願いしちゃおうかな。」
僕と彼女は先生に先導され教室を出る。遠距離でとても家に帰れそうもないやつらは学校に残るようだ。僕と彼女は方角が一緒のやつらとまとまって家路についた。
集団下校なんて小学生以来だ。そして周りのやつらは言葉少なくスマホに釘付けである。歩きスマホは危険だと言われているが、案の定、あちこちで何かに躓いたり、人にぶつかったりして騒ぎになる。でもそんな事をしていられるのも今日だけだ。明日になったら僕らにも避難命令が出る。
果たして僕は妄想の中で活躍したヒーローのようにあいつを退治できるのだろうか?いや、そもそもなんであんなのが現れた?これは僕の責任なのだろうか?僕があんな妄想をしたからそれが実現してしまったのか?ありえない事だ。たまたまに決まっている。でもそうではないと僕の中の何かが囁いていた。