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彼がこの世に生まれた経緯について私が知っていることは何もない。だけど、今も彼は私の傍にいます。  作者: 大野 大樹
一章 「お化け屋敷」の住人は「お化け」ではない。
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5.西遠寺の噂(5-2)

 それに迷惑を被ったのは、同じ「西遠寺」という苗字をもつ、全国の西遠寺家だった。

 彰彦もその一人だった。

事情徴収なんかされても、答えることなんてない。

本家は陰陽師だけど、彰彦は一介の郷土研究家で、陰陽師ではない。

「郷土研究家で食っていけるの? 怪しい」

 と警察にも言われたが、‥ほっておけ。失礼極まりないな! 

 ‥たしかに、彰彦も家賃収入だけで一生食っていける資産がなかったらこの職業は選ばなかったろうが、大学で講師もしているし(時々)、塾の講師もしている(臨時)。郷土研究家として、論文も発表しているし、地方紙だけど連載も持っている。

(金持ちのボンボンの典型みたいな生活スタイル‥)

 立派に税金を払っている市民だぞ! 

 憤慨したくなった。

 で、また同じような記事を新聞に見つけると

「また神隠しか! いつの時代だ。身代金を要求されるわけじゃないから、誘拐ってわけではない。どう考えたって家出だろ。‥うちの子は家出なんて‥って信じたくない親の気持ちも分かるけど」

 と、24歳独身彼女無しの彰彦が言う説得力の無さ。

 古図がこっそり苦笑する。

 ‥しかし、この記事。ヤな予感するなあ。



「西遠寺 彰彦っっ! 速やかに降伏して人質を釈放するんだ! 誘拐は大罪だぞ! 」

 いやな予感というのはあたるもので、今回も例に違わず的中し、諸悪の根源が玄関先で叫んでいる。まだ年の若い、新米刑事の川田だ。

 まだ7時前だけれども、近所迷惑極まりない。

 早く黙らせよう、と奥の間(客間として使っている)で書類を広げていた彰彦が腰を上げる。お茶を入れていた古図も、何事かと、台所から出て来る。

「ってことで、入るぞ! 西遠寺! 」

 続いて彰彦にも聞き覚えのある声がそれに続く。

 田邊という刑事だ。

 こちらは、もうすでに土間に入って来ている。

「で、どういう捜査して我が家に行きつくんだ。こんなへっぽこに税金払って養って、何の権利か再三家に踏み込まれ、ご近所さんには恐れられ、おっかさんは外にも出辛くなって、最近ではすっかり塞ぎがち。古くなった家を直そうにも、おっかさんはすっかり大きな音におびえてしまい、直せずじまい。気が付いたら実家は、お化け屋敷と呼ばれ、毎年夏になったら絶好の肝試しスポット。挙句警察に目を付けられた家として、町長と自治会長からは立ち退きを要求され、それがいやなら「町の収入源の為、不法侵入を我慢しろ」だ。こんな不幸な家があるか? 」

 ため息のあと、彰彦は胡乱気な目を田邊に向け、一気に話し切った。

「田邊さん、気の毒ですよ。帰りましょうよ」

 川田が田邊の腕を引き、言った。

「川田。お前がへっぽこといわれても、怒らない寛容な心の持ち主なのは分かったよ。コントの警官じゃないんだから、そりゃそうだ。じゃあ帰りましょう。はないだろ。だから付いてくるなといったんだ。俺まで馬鹿だと思われる」

「な! 田邊さんが「総ての責任は俺が取る。思いっきり行ってこい! 」って言ったんじゃないですか! 」

 ムキになって叫んだ川田の腕を振り払って田淵がもう一歩踏み込んだ。

「馬鹿だと思われる‥いや、今更そんなことは思わないけど。とっくに‥。田邊。とにかく帰れ。すべてお前が悪いんだから」

 ため息をついて彰彦が言った。

「知り合いですか? 」

 川田がきょとんとした顔で聞く。刑事の貫禄はない。

「幼馴染。俺が5歳上で、俺の弟が同級生だった」

 田邊が言った。

「なるほど」

 川田は大いに納得した。

「まあ、いいや‥。茶でものんでけよ。何なら飯も食っていくか? 仕事、もう終わるんだろ? 」

 彰彦は再びため息をつくと、田邊に向かって言い、さっさと背を向けて、奥の部屋に入っていった。

「ああ、終わってから来た」

 田邊がその後を追う。勝手知ったる‥だ。

 取り残された川田は落ち着かない様子で周りをきょろきょろ見回していたが、やがて意を決して玄関に上がった。

「おじゃましまぁす‥」

 小声で呟き、そっと上がり框を踏む。

 奥の部屋は、こざっぱりした六畳間だ。ただし、毎日掃除をするのは使う部屋だけなのか、玄関からこの部屋に入るまでの三間すべてにうっすらと埃がかぶり、隅に蜘蛛の巣がはっていた。

 お世辞にも掃除が行き届いているとは言いにくい。手入れが行き届いていないのは、何も家の外観だけではなかったのだ。

靴下の汚れを気にしながら、一度は遠慮していた川田だが、もう慣れたのか、今ではちゃっかり座り込んで、出前のうな重に舌鼓を打っている。‥現金な男だ。

「で、誘拐監禁というと、あの例の? 」

 冷ややっこを食べながら、彰彦が聞いた。

 どうやら、うな重はお客様だけのようで、彰彦と古図は冷ややっこと素麺の普段通りの食卓のようだ。

 それに、冷酒が一本。

 今日は川田の運転。と、田邊もそれに加わる。

「ああ、家出だ」

「また西遠寺の名前が出たのか? 」

 うんざりとした顔をする。

「いや、出ていない。ただし、今のところは、だ。連中、口には出さないが、疑っているのは明らかだ」

 彰彦が差し出した銚子を受けながら、田邊が明け透けに話す。

「何で俺んちなんだかな。家が廃墟みたいで怪しいからか? 」

 彰彦もいている言葉のわりに表情は穏やかだ。「しょうがねーなー」という諦めた様な表情にも見える。

「ここの西遠寺だけじゃなく。だけどな。それだけ「西遠寺の噂」のインパクトが強かったってわけなんだろうな」

 頷きながら田邊が言う。

「「西遠寺の噂」ってなんだよ。警察の捜査上の秘密事項か? 」

 予想外な言葉に彰彦が田邊を見る。川田も食事の手を止める。

「ああ、まあそうなんだな。マスコミには公表はしていないから。だけど、「西遠寺の噂」自体は聞いたこと位あるだろ? あの、オカルトファンの間では有名中の有名といわれている噂だ。

 それと、今回の事件と何が関係しているか、って話を聞きたいんじゃないのか? 」

「いや、まず、その噂自体聞いたことがない」

 彰彦が首を傾げた。

「‥パソコンで後で調べろ。まあ、簡単に言うと、西遠寺がゲームの「Souls gate」を利用して陰陽師をスカウトしているらしいって話だ。で、オカルト好きだったらしい少年はどうやらネットで西遠寺のことを調べてたらしく、どこかの西遠寺に接触したのではないか、という推測が警察内で出た。だけど、帰って来た少年の話しに西遠寺の名前は出てこなかった。だけど、なんとも腑に落ちず、未消化のまま何となく残っている。で、怪しいところはついてたら、いつかは埃が出るだろう、と」

「‥なんだそりゃ。何の証拠もないわけだね‥」

「「西遠寺の噂」についても、俺は現物すら見たことない。パソコンでいろいろ探したが出てこなかった。‥本当にあるのかすら、俺にとっては疑問だ。お前も調べてみてくれ。身内の事だ、なんかそれらしいキーワードを知っているんじゃないか? 」

「俺んち、インターネットしようにもネット環境ないから」

 あっさりと、彰彦が言った。

「え! 」

 田邊は、そこで初めてしみじみと部屋中を見渡した。

 掘り炬燵に大きな古いラジオ。テレビは、「地デジ対応してる?? 」って位の旧型だ。

「別に驚くこともないだろう。原稿が打てればそれでたる。っていうか、原稿はほとんど手書きだから、まあ、授業の教材つくる時くらいかな。パソコン使うの」

 川田は、目を見開いて彰彦を見ている。

「あるんですねえ、今時そんなお宅‥」

「‥まあ、いい。で、西遠寺。真相はどうなんだ? その噂の」

「‥裏の事だな。俺たちは、裏の事は分からない」

「裏? 」

「ああ、西遠寺の本家は、今では相談と簡単な祈祷位しかしてないぞ。陰陽師は、能力がなければ出来ないから。だけど、スカウトにそんな誘拐まがいなことしているなんて聞いたことないし、西遠寺の名に関わるだろ? そんな醜聞」

「これ以上、捜査とやらが進むんだったら、本家の方から、謝罪請求だとかややこしいことがあると思うよ? 」

「そうだろうなあ‥」

「俺だってしたくないよ、こんなばかばかしい捜査。だけど、誰かがいかなきゃならん、で、せめて俺が、ってな。上の方でも、認めてくれたよ。みんなばかばかしいって思ってるんだろうさ」

「上層部はどうだか知らないけど」

「まあ、家の中見て回るなら、後で古図に案内させるよ」

 姿勢を崩しながら、彰彦は小さくため息をつき、再び「しょうがねーなー」という諦めた様な表情をする。

「古図さんって、さっき料理を運んでくれた人ですか? 」

「そう、俺の叔父に当たる」

「の、割には偉そうだな」

「あ――。そういえば、‥そうだな。昔から家族中がそうだったから、可笑しいとすら思わなかった」

「昔、俺は古図さんのこと西遠寺の親父だと思ってた。結構皆そうだと思う」

「え? 」

「おふくろさんは見たことあるけど、親父さんは見たことなかったから」

「ああ‥」

「憶測だとか、勘違いだとか‥。この家のことにしても、西遠寺のことにしても、当人の知らないところで話が作られて、作った本人の手すら離れて大きくなっていく‥」

 こわいな。と、彰彦は言って今日何度目かのため息をついた。

 その横顔が今までよりも寂し気で、川田は良心が痛んだ。

「大丈夫ですよ! 西遠寺さん! 善良な市民の生活を守るのが僕たちの仕事です! 必ず西遠寺さんの疑いを晴らしますからね! 」

 自信満々に川田が言った。

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