5.西遠寺の噂(5-1)
『本家は、京都の某所(所在地は不明)にある。江戸時代以前よりある、いわゆる伝統のある名家。
古来より陰陽師を生業としており、記述された文書はないものの、歴史のかげに西遠寺あり、と
いわれている。
一族のみならず、能力のある者であれば門戸を開き、養子縁組をして正統な陰陽師として一族に
迎え入れている。
しかし、その場合の呼び名は、少し変わっており、一目でそれとわかるようになっている様だ。
(呼称、詳細は不明)
より優秀な能力者を確保するために、西遠寺の方からもスカウトが行われており、大人気ゲームの
「Souls gate」がそれになんらかの関係があるらしい』
以上が、ネットワーク上でまことしやかに流れる「西遠寺の噂」だ。
しかし、もともと誰が流したかは分からないし、その真相も誰も分からない。それが消しても消しても、いつのまにかまたどこかで流れている。
でも、それもほんの一部のオカルトファンにおける「常識」
一般的に有名なわけでもないし、ましてや社会問題になることでもない。いや、なかった。
あの事件以前は。
その事件とは、東京都に住むA少年の失踪から始まった。
ごくおとなしい、親に反抗したりさえしなかった少年。その少年がある日、学校に行くと家を出たまま戻らなくなった。
親が少年の部屋を調べたところ、身の回りの物――貯金通帳だとか、パスポートだとか、それに着替えが数枚なくなっていることが分かり、家出と判断した両親が警察に家出捜査を依頼した。
少年のパソコンの検索履歴を調べたところ、そういったオカルト関連のサイトに多数アクセスしていることが分かり、その中には「西遠寺の噂」が以前(今はない)書き込まれていたサイトもあった。
それに加え、全国の住所が名前で検索できるサイトのアクセス記録もあり、その履歴が「サイオンジ」。
手がかかりかと思われたが、西遠寺家は一般に電話番号を公開していない。(そんなことは、まあ近頃は普通だ)
万策は尽きたと思われた。
だが、たったひとつの手がかりだ。
警察が全国の西遠寺の張り込みを始める、と決めたときに、少年がひょっこりと家に戻ってきた。
その姿は「さっぱりとしていて家出する前と何ら変わりなく」(両親談)「警察の質問にも落ち着いて答えた」(警察談)
質問の内容は「どこに行っていたのか」と「何か問題に巻き込まれたのではないのか」等だったが、少年は「ネットカフェで過ごしていた」「何の問題にも巻き込まれていない」と答えた。
また、家出の原因について「西遠寺の噂を信じていたのは確かだけど、家を出て、京都まで行けば分かるかと軽い気持ちだった」でも「結局分からなくて、ネットカフェで寝泊まりしながら、情報を集めようとしてたら、グループチャットの知り合いに、家出してるのがばれて、帰るように言われた」
ネットカフェの確認も取れ、チャットの履歴もある。
少年の証言も、もっともな内容で警察もそれ以上調べなかった。
しかしながら、あの西遠寺の噂がかかわっている、ということもあり、何となく記憶に残る事件となった。