6.東京観光
天音は実は一人っ子じゃない。
天音には兄がいた。
だけど、「天音」はそのことを知らない。
天音がまだほんの小さいうちに亡くなったんだ。
病気じゃなく、事故だった。
まだ、四歳くらいだったか。足を滑らせてため池におちてそのまま‥。
生まれたばかりの「天音」に優しい兄だった。
「天音、母さんたちの事頼んだよ」
兄の「魂」は、天音にそう託して消えてしまった。
口元が父さんに似てて、目元は母さん。
でも、全体的に見たら、天音にそっくり。
天音は、口元が母さん、目元が父さんなのに、だ。
両親の顔が似てるとは思えないのに、子供ってのはホント不思議だ。
天音は、当時、そんなことをしみじみ思っていた。
赤ちゃんの振りをして、何も語らなかったけど、心の中で思ってた。
あの子の手は、そうだ、あれは父さんの手だった。
指が骨ばってて、長くって、大きめの手。
爪の形も平たくって、ザ、労働者の手って感じ。
天音が大好きだった「父親の手」。働く手。
父親は、骨格がしっかりした人だった。
筋肉質ってわけではなかった。だけど、骨格はしっかりしていた。
天音を肩車して散歩した、その目線はだけどそんなに高くはなかった。
170cmあったかな、‥多分なかった。
自分の葬式は見ていない。見たくなんてなかった。
あの背中が、もっともっと小さくなっているだろうって、‥容易に想像できて、見たくなかった。
優しくって、細くって、だけど信頼できる暖かい背中。
「天音」
って呼ぶ明るい声、優しい声。
尊が言うような、長身でもなかったし、力強い腕も、がっしりした肩も、たくましい胸筋もなかったけど、父さんは男らし父親だった。誰が何といっても、だ。
たぶん、兄もそうなっただろう。
でも、兄は「両親のせいで男らしくなれなかった」なんて言わなかっただろう。
尊は‥ガキなんだ。
勝手に「英雄」を夢見てる。(神だって)スサノオや大国主が人間には人気らしいが、‥ちょいワル人気なんてくそくらえだ。
男らしい、ってそうじゃない。
‥でも、まあ、兄は天音に顔は似ておったが、天音とは違っておったな。‥せめて、兄の設計図に軌道修正出来るようにしてやろうか‥。
それくらいなら、覚えておる。
それなら、出来る。
そんなことを考えながら、天音は彼らが来るのを待った。
「お~あれが東京駅~! 」
尊が「田舎者丸出し」に叫んだ。
やたら目立っている。
急に叫んでカッコ悪い、それもあるが、何ていっても可愛い。
優磨が「もう、ホントに可愛い」って一日何回も密かに悶えるのも無理ない位、ホントに可愛い。
尊は、目立つ容姿なのに、それには無自覚で、あっちでにこにこ、こっちでニコニコ
老若男女をたらしまくる。
それが、優磨にはちょっと心配で、ちょっと‥嫌なんだ。
「オッケー♪ 」
小学生くらいの子供の声がして、尊が振り向いた。
‥なんだ、同じ様な田舎者いるじゃん♪ って顔でにやり。
「もう一枚、いっとこかな」
「兄ちゃん! ポーズ取ってないんだから、急に撮らないでよ! 」
しかも、兄ちゃんかな? も、田舎もんだ。
一二‥三人で来てるらしい、みんなあか抜けた感じじゃない三人組‥いや、待てよ。普段着でふらり、と来てる=地元の人か?! でも、写真撮りまわってる‥?
怪しさ、半端ない!!
「尊~。もう、一人で行かないでよ」
優磨が尊に追い付いて、尊の腕を持つ。
「ごめんごめん」
へらっといつも通り緊張感なく笑うのは、優磨を心配させたくないから。
‥東京、怖いぜ。
油断できないぜ‥!!
「尊っちゃん、先に昼ご飯にする? 何食べたい? 」
「‥え? お好み焼き? 」
‥さっき、いい匂いがしたんだよな。
って尊が何となく言ったら。
「なんでや!! 」
夏が目を吊り上げた。
‥夏君の関西弁初めて聞いたよ。
しかも、マジ突っ込みってどんだけ‥。
「‥なんでも、イイです」
ちょっとぷるぷる震えそうになった‥。
そうだよね。夏君の出身の広島ってお好み焼きの本場だよね。‥お好み焼きにはうるさいよね‥。
「何でもイイっていうのが一番、困るんだよ」
先程の会話を聞いていなかったっぽい彰彦さんが、尊たちと合流した。
「東京スカイツリーへの行き方聞いてきた。別に昇らなくてもいいんだろ? 上るのは予約がいるのかな? 」
インフォメーションに聞きに行っていたらしい。
下調べとかあんまりしないタイプ。行き当たりばったりなのかな。
反対に、夏は下調べとかに凄い余念がないタイプ。この二人、実は割とタイプが違う。
「昇らなくていい」
こういうところの意見は合うようだけど。
「え‥そうだよね‥。時間とかかかるしね」
優磨ちゃんは、オレからみたら結構あからさまに「後ろ髪ひかれまくってる」だけど、まあ残念イケメン二人はそんな様子に気付いていない。‥だから、彼女いないんだよ、彰彦兄さん。
まあ、優磨ちゃんのフォローはオレの仕事だからイイんだけど!
「優磨ちゃん。昇りたいなら今度オレと二人で行こ? 大学受かったら、東京で住むし♡ 」
「そだね! 」
‥バカカップル‥。
「東京で住む様になったら案外行かないっぽいけどね。しかも優磨ちゃんだけ受かって、尊ちゃんが落ちたりしそうだけどね」
「するね」
彰彦と、夏のこれは、半分はやっかみだ。
半分は優しさならぬやっかみで出来ています。って奴だ。
「今日、彰彦君たちがこっちに来たいって連絡があったよ。天音ちゃんのお迎えかな」
「分からないです。‥でも、私、伊吹さんに何も協力出来てないです。‥というか、何でも言ってくださいよ。私は、心苦しいです」
「う~ん。まだ人で試す段階じゃないっていうか‥」
伊吹が困ったような笑顔を向ける。
「私、人じゃないですよ」
ふふ、と天音が笑う。
「そうだったね。‥なんだか信じられないんだけど‥」
伊吹も、笑う。
ちょっと困ったように、だけど品のいい笑い。
彰彦もだけど、綺麗なのだけど作りものみたい。西遠寺の人ってみんなそんな感じなのかな。
「西遠寺らしい」微笑み。
「お医者さんらしい」、「学者さんらしい」、‥「旧家のお坊ちゃんらしい」。
そして、尊の「男らしい」
今時の人間は暮らしにくい。
「アイスクリームおいしいし、東京タワーいい! 思ってたのと違う! 」
結局昇らないなら、と東京タワーに来ている。
「東京タワー昔に来た時と感じが違うな‥」
「彰彦兄さん来たことあるの? 」
尊が首を傾げる。
意外~。彰彦兄さんって播磨から離れたことなさそう
なんて余計なこと言って、彰彦に睨まれている。
でも、それはスルーして
「小学校の頃‥だったっけ、中学になってたっけ‥」
首を傾げながら、呟いた。
‥ああ、彰彦「曖昧期」だ。
触れないでおこう。
夏は小さくため息をついた。
「確か‥恭二さんと来たんだっけ」
‥しかも、「恭二さん」
触れたらあかん奴や。
夏は、話を変えることにした。




