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1.楠の「分かる」、柊の「分かる」

「柊は、火の性質が人より特別強いんだ。だから、常にイライラしたりだとかしてしまうんじゃないかな」

 柊の気持ちがざらついて落ち着かない時、楠はいつも傍に座って、柊が落ち着くまで傍に座っていた。

 その時、横にぼんやり座っていた楠が、柊に言った言葉がこれだった。

「火? 」

 柊が、予想外な言葉を聞いてその言葉を反芻したが、多分声は出ていなかったと思う。

 柊は、普段あまり人と話をしない。話をするのに慣れていない。

 話し相手がいない生活が長かったから。

 自室には、幼少期から家庭教師、お手伝いの女の子が事務的に訪れたが、同年代の友達が出来るはずもなく、そして両親もあまり訪ねてこなかった。弟だけは、毎日訪れたが、5分もいたらいい方だ。

 話し込んでいたら、襖の向こうから、母親の弟を呼ぶ声が聞こえた。

 ‥あまり、長く関わってほしくないのだろう。

 大事な弟に、悪影響があると思うのだろう。

「うん。で、僕と一緒にいたら落ち着いたのは、僕が水の性質で、僕の水が柊の火を抑えているからじゃないかな、と思うんだ」

 少しの間、話しの気がそれたとは思うが、別にそんなことを楠は気にしない。

 楠は、悪い雰囲気は人一番感じ取るが、それ以外は‥例えば、話し相手が聞いていないだとか、あまり気にしない。それよりなにより、楠は基本的にあまり何も見ない。

 それについて、楠は、「視覚情報を積極的に取り入れるタイプではないのだ」と言っていた。

「ほら、別に嗅覚がないわけではないけど、普段、匂いにはあんまり敏感じゃない人っているでしょ? あれといっしょだよ。鼻が悪いわけではないけど‥僕は、それを匂いに寛容って言ってる。‥あんまり、「臭い」とか言う人、嫌でしょ? 」

 まあ、この例えは、最近入った柳さんに「そう? 」って怪訝な顔されてたけど。

「まあ、それはそれとして。よく見ようと思ったら、目を開けなきゃならないだろ? そしたら、怖がられて‥。だから、嫌なんだ」

 ちょっと拗ねた様な顔をしたのが、珍しくって、つい笑ってしまい、柳さんに驚かれた。

「柊って笑うんだ」

 って。

 ‥笑うこともあるだろ? そんなに変かな。

 まあ、そんなに笑ったことはなかったけど。だって、そんなに面白いこともなかったし。

「性格じゃなくて、性質の問題。なんか、この話をこの前スタッフさんの人として「あれってそういうものかも」って思ったんだ」

「スタッフ? 伊吹さん? 」

「名前は知らないけど。柳さんは、スタッフさんのこととか良く知っているね」

 ふふ、と柳が笑う。

 茶色く髪を染めて、ラフなTシャツにジーンズをさらりと着こなす、ちょっとチャラい今時の若者風の柳は、楠たちと違い、希望してここに就職して来た所謂『西遠寺信仰組』だ。

 だけど、今まで何してたとか、そんな話はしないし、こっちからも聞かない。暗黙の了解って奴だ。

 ‥僕だって、別に今までのことを、わざわざ話したいとは思わないしね。

 だから、(柳と同じく)柊が何も話さないのも、何とも思わない。

 柊の現在の状態にしたって(つまり、楠にほぼべったりって状態のことだ)

「‥別に、一人でいる必要はない。一人じゃダメな人はいる。誰かといればそれで落ち着くならば、いればいいと思う」

 って言う。

「柊さんにとって、それが僕なら、僕が傍にいればいい、それだけの話だ」

 って。そして

「僕も、誰かに必要とされるなら、そんなに嬉しいことはない。‥いままでの僕は、さんざん不吉だとか冷たいだとか言われてたから」

 って言って笑った。

「不吉? 」

 柊が反芻して、その声を聞いて、楠がぶるっと震え、笑顔が引きつる。(ほんの、僅かに、だけど)

 ‥あ、またあの顔だ。‥やっぱり面白い‥。

 柊は心の中だけで、にやりとした。(顔には出さないけど)

「この目つきのせいでしょ? あと、目の色」

 といって、今まで糸みたいだった目を開けた。

 その目は、決して細くはないように見えた。

 だけど、すこし釣り目がちのその目の色は、驚くほど明るい黄色だった。

 それは、人のそれ、というより狐っぽかった。

 怖いとは、自分は思わなかったけれど、確かに他の人とは違っていた。だから、そういった意味で、他の人は怖いと思うかもしれない。

 犬の白目を見たときに、凄い違和感と、言いようのない「騙された感」を感じる(少なくとも俺は)のと似ているのかもしれない。(共感が得られる自信はないが‥)

 犬の普段の目と言えば、全部黒目かと思ってしまいがちのつぶらな目だ。だけど、ちょっと眼球を動かしたら、白目が見える。普段は見えないものが見える。

 それは、ちょっと怖くくて、ちょっと「可愛いと思ってたのに、騙された」って感じがする。

 あんな感じ。

 穏やかだと思ってたのに、実はこの人すっごい裏があって、裏では怖い。

 そういう風に見えてしまうのかもしれない。

 ‥それって、普段必要以上に愛想がいい顔をしている楠が悪い。普段から、「自分愛想ないんで」って仏頂面してたら、あの目も目立たないんではないだろうか?

 ‥出来ない性格なのだろうな。

 楠は、すごく優しいから。きっと、出来ないんだろう。

 その性格で損をしてきたんだ。きっと、今まで。

 でも、それがどうしたというのだろう。

「そんなことない‥」

 寂しそうな楠の笑顔を見ていたら、たまらなくなって気付いたら柊の口をついて出ていた言葉だったけれど、だけどそれは嘘じゃない。

 別に怖いとは思わない。

 というか、人の顔なんてどうでもいい。

 別に問題じゃない。

 一緒にいるだけで、あれだけの安心感が得られるんだったら、楠がどんな顔していようがなんでもいい。ぶっちゃけ、ホントに狐でもいい位だ。



 ‥話は脱線した。

 何が言いたかったかというと、楠は人を「性質」としてわかる人だって話。

 一方、俺の「分かる」は単純だ。

 ‥こいつは、合わない。しかも強烈に、合わない。

 とか

 ‥こいつといると安心する。

 とか言った、野生の勘だ。

 別に誰でも彼でも、ではない。

 その傾向が強いやつ、だけだ。

 こいつの安心度は、‥ここら辺の人間ほぼ、3人分とか。

 それを楠に伝えていき、楠が

「たしかに、この人は水の性質が特別に強いね」

 とかおしえてくれる。

 総合すると、俺の感覚で「ここら辺の人間ほぼ、3人分」を超えた人間が、レア。それ以下は、ちょっと、その辺の奴よりその傾向が強い奴なだけ。

(因みにあんまり力が弱いと、俺には分からない)

 そんなことを繰り返して、今の様に「レア」か「レアでない」かが分かるようになったわけだ。

 因みに合わないのは、別にどの性質がってわけではないようだ。

 ‥あるかもしれないが、今はまだよくわからない。

 ただ、同じ性質を持っているはずの奴でも、こいつといると、やたら攻撃的な気持ちになる、とかはあって、それを伝えると

「ふうん? 力の差が関係してるのかな? 」

 って楠が言った。

 力の差ってなんだろう、とは思ったけど今考えられるレベルの話ではない気がする。

 まあ、今は楠といるのが一番安心できるから、別にまあ、それでいい。

「何だろう。何か違和感がある。これは、凄く重要なことの様な気がするし、何かが分かるような気がする。でも‥わからない‥」

 と、楠は黙り込んでしまった。

 そんなときの楠は、目を線の様にするのも忘れて、ただ銅像みたいに、座り込んで地面を見つめている。

「あ、楠君。これ、頼んでいい? 」

 空気をあんまり読まないバイト君が書類を片手にそんな楠に話しかけたのは、丁度その時だった。

「え? 」

 楠が顔を上げ

「そこにおいて置いて? 」

 って言った。

 ただ、それだけ。

 だけど、それだけで、バイト君は「はい」ってまるで、雷に打たれたみたいにシャキッと背筋を伸ばして、楠の傍に書類を置いたんだ。

「‥ああ、ごめんね。大丈夫? 」

 それを見て、楠が困ったような顔で笑って、また目を伏せた。

 そして、いつもの線みたいな目で微笑む。

 そしたら、バイト君がはっとした顔になって、そのまま慌てて走り去るのが見えた。

 ‥さっきの、なんだ? さっき、バイト君は何に「驚いた」? 楠の目? 

 ‥恐れられたり、不吉だと言われたり。

「何だあいつ」

 ぼそっと柊が呟くと

「この目のせいだよ。普通の人の反応なんだ。‥僕は統べる目って呼んでる。この目を見た人は‥どうやら、僕のいう事を聞かずにはいられないみたいなんだ‥」

 その横顔が悲しそうで、柊は目を逸らした。

 ‥本当は、頭をなでてあげたい。抱きしめてあげたい。でも、出来ない。それが、出来ない。何故なのか、それは分からない。

 でも「出来ない」

 ‥楠が男だから、単純にそうすると可笑しいとか、楠が嫌な気持ちになる、ってことかとも思うけど、なにかそれ以上の何かがあるような気がする。

 よくわからないこの気持ちの正体と、自分の欲求(欲求って程でもないが)を果たし切れない事に対する苛立ちで、俺はまた落ち着かなくなるんだ。

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