表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/103

7.影と鏡

 なんてことはない。

 夏の持ってきた情報は、さっき話した中にすっかり消えてしまうような話だ。

 だけど、外からみた感想やらは、言える。

「どうやら、高校生が失踪した際に、あった‥つまりデータ収集目的の『Souls gate』と、今の大人気ゲーム『Souls gate』は、内容がだいぶ違うようだね。名前は同じままみたいなんだけどね。名前は‥、やっぱり、恭二さんか伊吹さんが付けたんだろうかね」

「‥もう一人、西遠寺の人と会ったよ。会ったというか、見かけたというか‥。夏君も知らないと思うよ。西遠寺 隆行君。表に出てこない人だったから」

「表に出てこない? 引き籠ってたの? 」

「いや、引き籠ってたというか、引き籠らされていたというか‥」

「西遠寺はそんなのばっかりだな」

「どうも、手が付けられないほど荒れてたっていう話だったけど、俺が見たときはそんな感じじゃなかった」

「きっと彼も‥なんらかの研究対象だったのかもしれないね。研究者って感じはしなかったよ」

「研究‥ 脳科学かな」

 蒲鉾をつまみながら、夏が冗談っぽく言った。

 だけど、その顔は笑っていない。

 ただ、冗談っぽく、軽く言っただけに過ぎない。

「すごいね。脳科学」

 彰彦も、軽く言った。

「ちょっと怖いけどね。脳内麻薬みたいなものかな」

 と、夏。やっぱり軽く言った。

「ああ、セロトニンって奴? 」

 彰彦も軽く言う。

 ‥どうも、真面目に話すと気が重くなるような話だ。

「‥ちょっとあんたたち、食事中に気持ち悪い話しないで。その内、シナプスとかニューロンとか言われだしたら、納豆とかモズクが食べられなくなるわ」

「‥? 」

 ニューロンとモズク‥。似てるか?

 ズルンって感じ‥かな? 

 想像して、確かにちょっと気持ち悪くなった。

 今日の房子も、地味な部屋着の着物を着ている。

「彰彦、あんたお風呂にも入ってないのに、浴衣着たら寝る前に汗かくわよ」

「‥そうですね」

 房子は随分、元気になったようだ。

 芳美の事があって、しっかりしないと、と思ったのだろうか。

 何にしても良かった。

「房子さんが元気そうで良かったです」

 夏がにっこりと笑って言った。

「それと、あんまり裏西遠寺に関わらない方がいいわよ。っていうか、あんまり西遠寺に関わらない方がいいわ。‥触らぬ神に祟りなしよ。和彦も、あんたたちが西遠寺に関わるのは、嫌がると思うし」

 そう素っ気ない口調でいいながら、自分の分の素麺の器を引き寄せる。

「‥そうですね」

 彰彦が、苦笑いする。

 ‥確かに、和彦なら嫌がるだろう。

 とは、彰彦も思う。

「当主は、こちらには戻られることはあるんですか? 」

 夏の分は、彰彦が渡した。夏はそれを会釈して受け取る。

「あんまりないわよ。彰彦が小さい頃は家から本家に通ってたけど」

「そうなの? 」

 夏が首を傾げる。初耳だった。

「らしいね。俺は覚えてない。‥小さい時のことまではね」

 彰彦は、肩をすくめて言った。

「彰彦兄さんから覚えてないって言葉聞くと、なんか変な感じだね」

「まあ、彰彦さんも人間ですから」

 ふふ、と古図が笑い彰彦となつ・房子の前に切った冷ややっこを置く。

「はい、冷ややっこ」

 彰彦宅の今日の晩御飯は、冷ややっこと素麺だ。

 この家の夏のメニューは毎日ほぼこれだ。

 これに、偶に魚がついたりするぐらいだ。今日は、お客さんが来ているという事で、蒲鉾が付いている。

 一週間に一度、通いのお手伝いさんが来てくれた時に、部屋をいつもより念入りに掃除してもらい、食事を作ってもらう。

 その時には、彰彦宅に「おかずらしいおかず」が並ぶ。

 ‥いつものこのメニューは、彰彦たちでも作れる唯一のメニューなのだ。

 彰彦が素麺をゆでることもあるし、今日みたいに古図が先に家に帰る日だったら、古図がゆでたりする。冷ややっこは、豆腐屋から買ってきて、切るだけだ。

 昔、房子が食事の用意をしていた時は、冷ややっこではなく、網で焼いた油揚げか、厚揚げだった。

「‥毎日、冷ややっこ出すのやめてくれない? 私、あんまり好きじゃないんだけど。豆腐は湯豆腐の方が好きだわ。冷ややっこってなんか、豆くさいじゃない」

「豆くさいって初めて聞く表現ですね」

 夏が、吹き出すのを堪えながら言った。

「あ、和彦さんもそんなこと言ってました」

 古図がちょっと驚いた顔をする。

「そうよ。私と和彦は食の好みが似てるの。だから、結婚したのよ」

 しかし、房子はあっさりとそう言い、冷ややっこにこれでもかという程、ミョウガとネギ、鰹節をかけて醤油をたらした。

 しかし、醤油は少なめだ。薄味なのは昔からだ。

「! 」

「「! 」」

 初めて知った‥! この年になっても、初めて知ることって多いなあ。

「でも、正太郎が和彦の弟になろうと思った理由だって、すごく些細なことよ? 」

 若干嫌そうに冷ややっこを切りながら、房子が言う。

「ささい? 」

 夏が首を傾げる。

「ええ。正太郎と和彦が遊んでた時、二人の影が伸びてるのをみて、和彦が影を鏡だって言ったんだって。太陽は、どこにでも鏡を作る。まさに「天知る地知る我知るだね」怖いね。って。それを聞いて正太郎は「この人について行こうって思った」んだって」

「‥‥? 」

 ‥きっと、母さんは伝え方か、覚え方がおかしい。きっともっと感動できる話しに違いない。

 ちらっと、彰彦が古図を見る。古図は苦笑いした。

 古図は、あの時のことを忘れない。今でも、この先もずっと。



 まばらに木が生えた小さな公園。あの日はとても天気が良かった。

「正太郎。ほら鏡だ」

 和彦が地面を指さしながら言った。まだ小学生の頃のことだ。

 古図が和彦の指さした先を見る。

 水たまりか何か、かと思ったが、そこは、ただの地面で公園の木々と和彦たちの影が映っているだけだった。

 和彦が手で「狐」を作る。

 片手で出来るポピュラーな影絵だ。

 和彦の影の手が狐に変わる。

「即席スクリーンだ」

 和彦が機嫌のいい顔をする。

「太陽はさしずめ映写機だね。太陽って不思議だねぇ。何でも鏡にしちゃうんだねぇ」

 和彦の言葉に、古図は影を見ながら頷く。古図の影も頷く。

「そうだ。本当に不思議だ。だって、地面だよ? 水みたいに表面が光っているわけでも平らなわけでもないのに。普通だったら、映らないのに! 見ようと思わなければ見えないのは、鏡と同じ。見ようと思えば、条件さえ揃えば、どこだって自分は見える。そう思ったら、凄いし、怖いねぇ。まさに、天知る見知る我知るだな」

 和彦がひとことひとこと自分の言葉を確認する様に言った。

「嘘のつけない、誤魔化しのきかない自分の分身が、晴れることによって表に出て来る‥」

 古図がボソリ、呟く。

「そう! それ。怖いね。‥本当に」

 和彦が、うまいね! と褒めながら頷いたが、最後は「本気」だった。

 「自分」と「自分の姿(=影)」。後ろめたいことをするのは「自分」。「自分の姿」はそれに従う。鏡に映った「自分の姿」に後ろめたさを感じるのは、「自分」だけ。「自分の姿」はただ鏡に映っているだけ。

 同じに見えて全く違う。

「だけど、影の場合、顔は映らないから、自分が「自分じゃない」って言えば‥思えば。それは「他人」になる」

 古図が言った。

「正太郎には、そう思える? 自分じゃないって思える? 」

 総てを見透かすような和彦の視線に、古図はたまらず視線を逸らした。

 出来ないんだよ、そんなこと。

 その目は、そう言っていた。



「この時、‥私は和彦さんについて行きたいと思ったんです」

 古図が、にっこりと穏やかに笑った。

「‥小学生が考えることではないですね」

 夏は苦笑いした。

「つまり、お互い他に友達がいなかった、って話だと思うわよねえ。‥変人同士いいコンビって奴なのよ」

 房子がバッサリと切り捨てる。

「‥‥」



 全く同じ影で全く違うもの‥。

「本当に怖いね‥」

 にぎやかな雰囲気の中、彰彦は、一人ごとのようにつぶやいていた。

 本体と影。

 意志のある姿、と意志のない影。

 ある、とない。

 ‥自分の分身が、晴れることによって表に出て来る‥

「影‥」

 そうか。彰彦の鏡の秘術は、「太陽(=日の神と言っていた、天音)」によって表に出て来た天音の影が、彰彦という「鏡」に映ったものなのか‥。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ