2.「お化け屋敷の住人テレビの取材に抗議する」の真相(前編)
住宅街も眠りにつく深夜零時。
「なにか影が動いたっっ、あそこ! あそこ‥」
「うわーー!! 」
闇を割くような少年の甲高い叫び声が辺りに響き渡り、それにその声に驚いた少女の悲鳴が被さる。そして、持っていた懐中電灯を放り投げんばかりの勢いで取り乱し、我先にと逃げていく様に人間の本性が現れる。本当に肝試しは恐ろしい。
『閑静な住宅街の外れの昼なお暗い廃墟、まず、そこに集う烏たちの異常な数に圧倒される。
広大な敷地を囲む、瓦葺の高い土塀は、所々崩れかけて、そこから細い雑草が生えている。その隙間から見える、草木の生えるがままになっている庭。
漆喰の白と焼き杉の黒のコントラストも美しかったであろう壁も、最近では、漆喰がはげ所々木枠が見えている。
屋根の上に鈍く光る黒い瓦の角も心なしか欠けて。昔の美しさをただ想像させるだけに、とどまっている。
この前にたつと、底知れない恐怖と、そして哀愁が襲ってきて、気持ちが落ち着かなくなる。
今、誰が呼び始めたか「お化け屋敷」は、夏には県外からも肝試しに若者が集まる有名スポットで、日頃は地元の人間も近寄らない。危険度大』(危険度は大が最高評価だそうですよ)
というのが、どうやらもっぱらの噂らしい。
実際、夏にはやたら不法侵入を受けるのが、ここ何年かの我が家の夏の恒例にはなっている。
家も、おっしゃる通りの荒れ様。
鶏の好む実のなる木が多く、近所の八幡神社に集まる鳥の餌場と化している。
結果、このあたりの鳥という鳥が集まる鳥たちの楽園になったわけで、決して烏だけが集まっているわけではない。
近所づきあいをさぼっていたら、この頃とうとう、回覧板のルートからも外された。
近所の住民が敬遠しているのは事実だが、別に空き家だと思われているわけではない。
現に、町内掃除などは、隣のご隠居がお知らせしに来てくれる。
「お化け屋敷」の住人 西遠寺 彰彦は、たった今知ったばかりの「我が家の衝撃の真実」に憤りを隠せなかった。
インターネットと無縁に過ごすIT発展途上国の彰彦宅に、広島に住む従兄弟の男子高生が面白がって、インターネット上で見つけた「怪奇スポット特集」の中からこの記事を見つけ出し、わざわざプリントアウトしてFAXで送ってきたのだ。
カッコ内の手書きは、その子が付け加えたものだ。
‥親切心に、悪意を感じる。
まあ、勿論悪意なんかじゃなくって、面白がってるだけなんだけど。
そう周りを意識すると、今日はいつもにまして騒がしい。
いつもなら気にしないようにして寝てしまえるほど慣れたけど、今日は出て、ばしっと言ってやろう。
そう決心して起き上がり、装いを正す。
その決心は、寝るための装いである浴衣ではなかったことにも表れていた。
夏用の麻の単衣の襟を合わせて、引き戸に手を掛ける。
この戸は、見た目に反して軽い。
音も立てず屋外に出て、
ギィ‥。
誤解の一端を担っているであろう、黒い金具のついたどこか禍々しい黒い木の門を押し開けると、門の前には見知らぬ女性と、何故かテレビカメラ。
「キャーーー」
女性は、一瞬固まった後、これでもかというくらいの叫び声をあげて、その場にしゃがみこんだ。
暗いライトを正面から当てられて、濃い影の出来た彰彦の顔といったら、それはもうこの世のものでは無いほどだったから‥。
着物姿というのも、恐怖を助長した。(多分)
状況の変化についていけず、彰彦はつい呆然と立ち尽くしてしまった。
「ちょ‥。なんですか? ‥」
戸惑いながら出た声にまるで貫禄はなく、ばしっと、とは程遠いものだった。
「え? 人だよ。ひと。真紀さん、多分、生きてる人だって! え? なんで人がいるんだ? ちょっと、カメラ止めて! 」
カメラを向けられていた女性、真紀が彰彦をまじまじと、――特に足に重点を置いて――見た。
カメラを止めさせた男といい、失礼な話だ。
「ええと、‥あなたはここの住人なんでしょうか? 」
彰彦の足を確認してようやく落ち着いた真紀が、立ち上がり、遠慮気味に彰彦に話しかけた。
「そうですけど‥」
日頃、若い女性と話す機会の少ない彰彦は、緊張してどきまきした。
「ちょっと――! 困るよ! 今更、デマだったじゃ番組にならないよ! あの町長さん、話が違うじゃないか! 」
誰に言うでもなく、腹だたし気に男が叫んだ。
「町長ぉ? 」
訝し気に彰彦が反復する。
「そうだよ! ここの町長が「有名な怪奇スポットがある」って売り込んできたから、僕らは来たんだよ!? ここはもともと肝試しスポットとしても有名だったからさ! 町長が言うなら、って」
「裏が取れたと思うじゃない? 」
男は興奮冷めやらず、といった様子か更に叫んだ。
「へえ‥」
その男のあまりの剣幕に、彰彦の怒りのテンションは一気に下がった。
ただ、黙って奥歯を噛みしめる。
町長め! なんのつもりだ!?
彰彦は怒りに、静かに握りこぶしを震わせた。