2.会ったことのない、親戚。
「伊吹さんとは、初めて話したけど、感じのいい人だったよ」
東京から帰って来た彰彦は、駅に迎えに来てくれた古図に言った。
東京の日帰りはきつい。だけど、伊吹は次の日は仕事だし、優磨だった学校がある。暇そうに見えている彰彦だって、仕事が入っている。夏の特別講習の講師だ。ぎりぎりまで東京にいたので、すっかり時間が遅くなってしまった。
窓は、まるで鏡みたいに駅構内の風景を映していた。
優磨は、尊とさっき迎えに来た母親と一緒に帰って行った。
母親が尊を抱きしめて
「‥ちょっと背が大きくなったみたい」
って言ったのを思い出した。
‥失敗したわけではない。成長期の子供だ。普通に成長したのだ。
女の子として学校に通っていたって言っていた。
天音ちゃんの代わりとして学校に行っている。
尊は、無意識ながらそんな風に考えていたらしい事が尊の話から分かった。
誰か分からないけれど、自分にそっくりな女の子がいて、その子は病気で動けない。
そして、時々鏡に映る自分(尊)を見ている。
きっと、彼女が自分の本体で、自分はその子の願望なのだろう。
だから、その子の代わりにその子の恰好をして学校に‥
‥彰彦が口からでまかした、あのストーリー通りだ。
尊は、ロマンチストでそして、優しい子なんだろう。
‥だけど、身体は男の子だから、そろそろ女の子の振りも難しいんじゃないかなあ。
そこらへんは、一度話した方がいいのかなあ。
でも
「でも、あの女の子、死んでなかった! しかも元気になってた! 良かった」
って言ってたし。まあ、自分で今後のことは考えてもらえばいいか。
「裏西遠寺の研究施設に出入りしてるらしくって、そこの社員寮を案内してもらった。そこで、西遠寺 北見君に似た人を見たよ」
車に乗り込んでから、彰彦はさっきの話の続きを始めた。彰彦はやっぱり後部座席。彰彦は助手席側に乗ることはまあない。理由はないのかもしれないし、あるのかもしれないが、そんなことは彰彦にはわからなかった。ただ、当然の様に後部座席に座ったし、古図もそれを気にすることはなかった。
「ああ、北見君‥。確か愛知の親戚でしたか」
「うん、でも北見君より背が高くて年も上だった。兄じゃないかな」
背もたれにゆったりともたれる。思った以上に疲れた。
「あの方に兄弟がおられましたっけ? 」
「あの家に子供は二人いたはずだよ。でも、本家の方に、正月やらなんやらで集まる時も一人しか来ていないと父さんが言ってたね。俺も会ったことはない」
彰彦がそういうと、古図は少し考えて
「そうそう。そういえば。病弱で、体の調子がお悪いらしいっておっしゃってましたね」
思い出したらしい。
相変わらず凄い。
「古図も、どう悪いかとかは聞いてない? 」
「聞いてないですね」
「‥生まれたときに連れて来てたのを見たことがあるけど、それから来ていないらしいけど。先天的に、身体の調子が悪いということは聞いていない‥」
と、独り言のように彰彦が言った。古図に話しかけているというより、口に出して確認しているような感じだ。
古図が、
「‥噂なんですけれど。何でも‥、狐憑きだとかで‥」
誰に聞かれる恐れもないというのに、小声で言った。
「狐憑き! 今どき! 」
つい声が大きくなって、彰彦は自分に驚いて
「‥で、軟禁されてる、とか? よくある対応だったら」
常の音量に声を落として続けた。
「よくありますねえ」
恐ろしいことに、旧家である西遠寺にはそういうことが、ままある。
軟禁して、医者を家に呼んだり、逆にやたら遠い海外に療養に行ったりということは聞くが、医者に行ったりしたということはあまり聞かない。
醜聞を気にしてのことなのだろう。
「医者を呼んでいるという話はあるの‥。ああ、狐憑きだから、本家に霊能者の要請を出したか、かな」
「‥ないみたいですね」
古図もそこら辺のことは気になったらしく、話しをした親戚から聞いていたようだ。
「変だね」
「ええ」
「明らかに、霊が原因で不調があるわけではない、とかかな。性質の問題とか。明らかに、ヒステリックだとか」
彰彦が顎に手をやって、考える体勢に入った。
「調べてみましょうか」
「お願いしたい」
北見君の、見たことがない兄か‥。何かありそうだ。
「名前はわかりましたよ。西遠寺 隆行。西遠寺 北見の兄ですね。彰彦さんの考えた通りですね」
「隆行‥。あ‥思い出した。あの、目の色がちょっと違ってた赤ん坊。俺とそんなに変わらない歳だだったね。見かけたのは、俺が三歳位の時だったきがするよ。その子が‥この年まで軟禁‥」
情報収集は古図の専売特許だが、記憶に関しては、彰彦にかなうものはいない。
「その原因は? 」
「ええ、気性が大変荒かったらしいですね。精神的に不安定で、御両親は、いつもびくびくされていたとか。だから、軟禁といって、‥そっとしておいたというのが正しいのでしょうかね」
彰彦が大きく息をはく。
「‥成程ねえ。切れる若者って奴なのかな」
「でも、‥誰か、隆行さんがその‥気に入った方と一緒にいれば、それだけで落ち着いたと」
「気に入った? ‥異性? 」
彰彦が、少し眉を寄せたのが分かった。
「それは、限らないようですね。弟さんの事も「気に入っていた」ご様子ですね」
「女性の方は、その‥そういう意味で一緒にいることもあったらしいですが‥。気に入った方だったら、一緒にいるだけで良かったらしいですよ」
古図は、ちょっと言いにくそうに言った。
きっと、古図にこの話をしたものは、もっと明け透けに話したのだろうが、古図は彰彦に遠慮したのだろう。なんせ、彰彦は24歳独身、彼女無しだから。今までも、浮いた話の一つ聞いたことがない。真っ直ぐ学校に行ってまっすぐ家に帰る。西遠寺の子供は皆習い事が多いから、部活動に入る子供は少ない。それでも、彼女が出来、青春を謳歌して結婚をするもんなんだけど、彰彦からそんな話は一度たりとも出たことがない。
そして、今いっしょにいる古図をほっぽって思考に入り込んでいる彰彦を見て。
‥コミュニケーション能力にちょっと問題があるのかも。
心配する古図だった。
「気に入る‥。なんだろ、なんか引っかかる。性格とかの問題じゃないって気がする」
魂の調和。
あの神の言っていた言葉を思い出した。
例のあれ。性格じゃなくて性質って奴。
‥つまり、相性がいい。
またか。この頃、こればっかりだな。
「その子が、なんであそこに‥」
「‥失踪したと」
「失踪だったのか‥! ‥変な話、大丈夫なのか? 愛知は、捜索しているの? 」
だって、「ちょっと心配な子」だ。親も対応に困る程の。
‥まさか、家出してあそこに保護されていたとは。
そして、あの時見た「隆行君」のことを思い出した。
でも‥普通に暮らしてるっぽかったぞ? 特に変わったとこもなかったっぽいし。前髪がちょっと長くて例の目は見えにくかったけど。
実は、持て余しているのは家族ばかりで、実は案外普通だとか?
「あちらにおられることもご存じみたいですね」
「保護された方から連絡があったらしいですね。それで「そこならば大丈夫」とそのままにされることになったらしいですよ」
「‥つまり、あの家は、隆行君が裏西遠寺の寮にいることは知っているんだね」
「そうなりますね」
「裏とはいえ、西遠寺関連の施設だったから大丈夫‥ってわけかな」
「多分」
古図もあいまいに頷いた。
「奴らに隆行君人体実験でもされないといいけど‥」
彰彦がぼそり、と呟いた。
さっき行ってきて。清潔で整った施設を見てきたが、やっぱり多少の疑惑やら疑問が残る彰彦だった。




