1.再会と出会い(前編)
「‥成程。にわかに信じられないですが、信じる信じないの話ではないってことですね」
事実こうなっているのだから仕方がない。
彰彦に電話で連絡を取った伊吹が聞かされたのは、本当に「信じられない」話だった。
彰彦も、身内「西遠寺」だから、臣霊の話も鏡の秘術の話もしやすい。
自分が出来ることをいうのは憚られたが、しかし、伊吹が先に「恭二さんから聞いている」と言ってきた。
そうなったら、天音の正体の話をした方が話も分かりやすい。
それにしても、到底信じられる話ではない。
だが、事実、一人だった尊が今は、尊と天音の二人になっている。
事実だから信じないわけにもいかない。
黙って聞いていた伊吹も、最後には大きなため息をついた。
「‥まさか‥神‥」
神の分霊云々は、今初めて聞かされたが、「そのようなこと」は天音から聞かされていた。
「‥はい」
彰彦も、ため息をつく。
「それで、すぐそちらに伺いたいのですが」
「ええ、お願いします。そのときに、あの‥」
「ええ、優磨ちゃんも一緒に行きます」
「よかった。では、病院の方ではなく、自宅の方に来ていただいてもよろしいですか」
「そうですね」
‥研究室に、見た目子供がずっと寝ていたら具合も悪かろう。
怪しい男女が訪ねていくのも、やっぱり都合が悪かろう。
「尊ちゃんは、どうやってご自宅に運ばれますか? 」
「それは‥夜、帰る時にでも」
‥殺人事件疑惑が立たないことを願う。(もしくは、拉致監禁だ)
‥確実に変質者疑惑は立つ。
「彰彦? 主、こっちに来るときに、あの鏡を持ってきてくれぬか」
突然、受話器から高い‥という程高くはないが、少女の声が聞こえてきた。
天音だ。
今までは、隣で電話を聞いていたのだろう。
「鏡ですか? 」
彰彦が首を傾げる。
‥あの鏡? もしかして、昨日の、あれか?
「そうだ。あの神社の」
「‥恐れ多いですが‥」
あれを持ち運ぶとか、無理。
「‥やっぱりそうだな。いやな、‥まあ、慣れる様にする。とにかく、早く来い。早く尊を何とかしてくれ」
‥つまり、鏡の秘術に思いのほか力がいるから、中継地のあの鏡をせめて近くにおいて置こうと思ったのだろう。
「え? 天音ちゃん? 」
いつもと違う天音の口調に、伊吹は若干驚いたが、天音がさっき聞いた通り、神だというならば、何となく頷ける気がした。
‥神様っぽい。
「勿論優磨という娘も一緒にじゃ」
‥それは今聞いた。
彰彦は思ったが、反論はしない。
だが、彰彦は、この神に若干手厳しい。
「はあ。では、すぐに優磨ちゃんに連絡してみます」
「‥ああ。! くっつ‥。‥伊吹先生。ちょっと退室願います」
突然、天音の声がゆがむ。
苦痛に耐え、絞り出すような声になった天音に、受話器の向こうの彰彦も、隣にいるであろう伊吹も驚いた。
‥急にどうした!
という感じだ。
しかも、部屋を出ろとはどうしたことだ。
「え?! 」「はあ‥」
だが、これは朝もあった。二回目だ。
何か理由があるのだろう。女の子だし、神様だし。
魔力が切れる的な?? (魔女じゃないから魔力ではないか)
「‥‥‥? 」
同じく、彰彦も、全く訳が分からない。
見えないから、余計に気になる。
‥何があったんだ? 痴漢か? 痴漢なのか?
バタン!
かなり強く扉を閉める音が、受話器の向こうから聞こえてきた。
「はあ‥。やっぱり数分だな」
さっきと打って変わった、男の低い声に、彰彦はあの時見た「神」の姿を思い出した。
「姿を今まで変えていたんですか? 」
「ああ、彰彦だけが出来る能力だと思うな? 」
‥数分しか持たないけどな。まだ。
「伊吹も、あんな男より、可愛い女の子の方が「助けよう」と思うであろう。処世術じゃ」
‥処世術。
というより、伊吹さん「貴方」の姿知らないから、急に現れたら、多分警察呼ばれるからね。まあ、結果間違いではなかったですね。
「はあ」
彰彦は、適当に返事をした。
「まあ、早く来い。我はもう、限界じゃ。早く尊を何とかしてくれ。尊を止めないで良かったら、ずいぶん楽じゃ」
彰彦から電話を受けた優磨は、驚くほどあっさりと
「行きます! 」
即答した。
‥こんなにあっさり、信じてくれるものだろうか。この子、外で騙されたりしないだろうか。心配だ。
そんなことは思ったが、今回は正直助かる。
深緑のパーカーと綿パンそれにダッフルコートを羽織った優磨ちゃんとは、その週末、新幹線の駅で再会した。(因みに、夏の話は、帰ってきてから聞く約束を電話でした。夏は「忙しいね」と苦笑いしていた)
優磨の手には、小さな旅行カバンが握られていた。
「尊の着替え持ってきたんです。あって邪魔なものでもないでしょ? 」
優磨ちゃんは、若干そわそわしていた。
あの時の、どこか沈んだ顔とは違った表情はそこにはなかった。
どちらかというと釣り目の、美少女というよりは、中性的な美人といった容姿。この前会った時はフォーマルスーツを着ていて、年より大人っぽいと思ったが、今は高校生にしか見えない。
だから
‥兄妹に見えればいいんだけど。
彰彦がそんな心配をする羽目になる。
「切符を買ってきますね」
優磨は遠慮したが、彰彦は二人分の切符の代金を払った。
「‥すみません」
恐縮していた優磨だったが、新幹線が動き始めると、外の景色に夢中になった。
‥子供みたい。
ふふ、と彰彦は笑った。
「帰りは、尊と見るんだ」
と優磨は、嬉しそうに呟いた。
‥そうそう。その、尊ちゃんの身体を作らなきゃなんないんだよな。
正直、どうやって出来ているのかは分からないが、まあ今回もあの神がいるから、何とかなるだろう。
「コーヒー飲みますか? 」
彰彦は社内販売を車両の入り口に認めて、優磨に聞いた。
「‥コーヒーは飲まないんです。アイスクリーム買っていいですか」
と、今回も財布を出そうとする優磨を制止て彰彦がコーヒーとアイスクリームの代金を払う。
「尊はコーヒーが好きなんです。いつもは甘党なくせに、コーヒーだけは砂糖を入れないんです。でも、ミルクはたっぷり入れるんですよ? 」
神の分霊である尊の、普通の生活の様子を聞くと、なんだか妙な感じを覚えた。
‥ていうか、俺は、天音ちゃんの普段の生活も知らないな。
今更ながら、そんなことに気付いた。
あの偉そうな神の「日常生活」って、想像つかない。
彰彦の隣で優磨はご機嫌にアイスクリームを頬張っている。
尊に会えるのが嬉しくて仕方がないんだろう。
ふと、彰彦の携帯の着信音が短く鳴った。消音設定にし忘れていたことを、今気づいた。隣で優磨がごそごそと携帯を消音設定にしている。
‥ちょっと、二人とも落ち着かないといけないな。
反省した。
着信を見ると、伊吹さんからのメールのようだ。
迎えに行くから、新幹線の駅到着時刻を知らせて欲しいという申し出をありがたく受けることにした。
面識はないが、見たことはある。多分、分かるだろう。
彰彦は、一度見たものは、忘れない。
「もうすぐ着きますよ。駅には、尊ちゃんを保護してくれている人が迎えに来てくれているみたいです。私の父方の親戚です」
優磨の顔にちょっと緊張の色が浮かんだ。




