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9.天音、彰彦の力を評価する。

 ‥優磨ちゃんって、俺の従姉妹だったよな。‥つい昨日会ったばかりの。

 立ち尽くした彰彦は、しかしまだ頭が整理され切っていなかった。

 無理な話だ。そんなこと、急にできるはずはない。

「迎えに来いって言ってた。って‥何処にだ」

 しかも、優磨ちゃんと。

 優磨ちゃんは、あの神(と尊)と相性のいい性質を持っている。だから、尊は優磨ちゃんといると安定していた。

 今は、あの神が尊を抑えているから、暴走しないけど、さっきあの神は「自分の身体」(所詮、鏡の秘術で得たものだが)を手に入れた。一方、尊の身体はもうすぐ術が切れてしまう。

 ‥分霊したものだ。統合してしまえば問題はない。

 でも、分霊したままの方が都合がいい。

 何故なら、「力が強すぎて日常生活に支障をきたす」から。

「迎えに来いって‥。自分で帰ってきて欲しい‥」

 帰り方が分からないわけではないだろうに。‥交通費の問題かな。



「分霊じゃ。‥臣霊とはなんじゃ? よくわからぬが、これは分霊じゃ。我の魂を分けた。これは、我の一部じゃ。‥記憶や能力までは分けんがな。だから、これは我の一部じゃが、全く別のものじゃ。それ故に、自由じゃ」

 昔、尊について彰彦にこう言ったことがある。

 だが、これは一部間違っておった。

 ‥、確かに記憶は分けられない。

 だから、我は、鏡を通して尊のことを見ておった。しかし、今気づいた。今、彰彦に身体を作ってもらって初めて気づいた。

 ‥この身体を維持するには、力がいる。

 物に触れるのに、奮闘していた尊が思い出された。

 物に触れるのにも、力がいる。

 本来食べる必要なんてない尊が、食事をしていたことを思い出す。

 ‥あれで、生気を養っておったのか。

 だが、無理をすれば、この身体はもっともっと使える。

 神の記憶がある我ならば、この身体はもっとうまく使える。

 


 こんこん、軽いノックの音が、尊が眠り、天音がその傍らに座る部屋に響いた。

「尊君。起きていたんですか。‥え? 」

 入って来たのは、白衣を着てメガネを掛けたまだ若い医師だった。

「伊吹先生」

 天音が微笑む。

 ‥尊君が二人?

「‥もしかして、君は天音ちゃんですか」

 座っている方が、生前と同じように美少女然とした微笑を浮かべる。

「先生が理解が早くて助かります。ええと、あの私にそっくりな男の子、尊は私の‥双子の弟です」

 尊の頭を膝に載せながら、天音はいった。

 尊はあれからずっと眠っている。

 否、天音が眠らせている。

「見て分かりにくいかと思いますが、人間ではありません。そして、今のこの私の身体もそうです」

 天音は、とん、と自分の胸を叩く。「尊そっくりな身体」ではあるが、‥若干胸がある。

「‥彰彦さんが作ってくれました」

「‥彰彦さん。その方は、恭二さんが言っていた方ですね」

 尊と天音を見比べながら、伊吹が聞いた。

「はい」

 天音が頷く。

「‥これでやっと、私個人として動くことが出来ます。お礼に、先生の研究をお手伝いさせていただきますが、‥弟は家に帰してもらえないでしょうか。‥私の一大事を知って、ここに駆けつけてしまったに過ぎないのです。所謂、双子マジックです」

「双子マジック」

 一大事は「天音が死にそう」ということで間違いはないだろう。

 つまり、双子だから、姉が死にそうだと知って、たまらずここに駆けつけた。

 確かに、あの日、尊は急に病院の伊吹の部屋に訪ねてきて

「あの、オレ、尊っていいます。‥あの、助けて下さい。貴方なら助けられるって思って」

 と、何かを一生懸命伝えようとしていた。

 だけど、何か変だった。

 「何を」助けてほしいのか彼は分かっていなかった。だけど、助けなければいけないって思っている。

 そんな気がした。

 そしたら、

「尊」

 って、動いてはいけない天音ちゃんがそこに来て、トンと尊の肩に手を置いた。

 そしたら、その場でがくりと「尊」が崩れ落ちて、それを見て天音ちゃんが

「私の身体はもう、長くないです。その後も、この子を匿ってください。‥この子は眠っているだけで、食事も排泄もしませんから」

 って言ったんだ。

 


 わけがわからなかったけれども、天音ちゃんが亡くなった後、「尊」がむくり、と起き上がり。

「伊吹先生、私です。天音です。約束を守ってくださってありがとうございます。‥もうしばらく、このままここにいさせてください」

 って言われた。

 はじめから、天音ちゃんは所謂普通の子供じゃなかった。

 乾の卦寄りの力が異常に強い子供だった。

 乾は、天の卦。

 人には、稀な卦。しかも、人とは思えないほど強い力。

 ‥多分、この子は普通の人間ではない。

 強い力は、対極の卦を強く求める。反発しあうかと思われる対極の卦はしかしながら、合わさることで安定する。

 つまり、相性がいい。

 そんな性質を持つものは、それとなくお互いにわかり、惹きつけあうものだ、と私は思う。



 強い力は、一つでは不安定だ。

 その不安定さが、不安となり、苛立ちとなる。

 でもこの子には、そんなところはない。

 ‥まるで、卦の通り太陽の様な公平さで周りを照らしている。

 彼女は何をも生みだしはしないが、総てを照らす。育む。

 誰も愛さず、誰も求めないが、皆に公平に振舞う。

 私は彼女に「研究対象として」興味があった。

 患者として以上に。

 そして、そのことに彼女は気付いていた。

 そのうえで、私を信じて、そして頼っていた。(利用していたともいえる)

「‥お願いします。今は、眠っててもらってますが、‥この子は実は若干危険なんです。元の家にいるのが一番安全なんです。伊吹さんも言っていたでしょう? 相性のこと。その家には、この子ととても相性のいい子がいて、この子はその子といれば平気なんです。‥この子は、私と同じ気性を持っています。でも、私より制御がヘタなんです」

「乾の気ですね」

「はあ、それはよくは分かりませんが。‥とにかく、急を要するんです。もうすぐ尊の鏡の秘術が解けます。どちらの身体もなくなると、私たちは危ないので、急いで私の身体を作ってもらったのですが、身体があると維持しなければいけない。‥これがなかなか力がいって、それに私の力の大半を持っていかれている状態なんです。その状態で、尊を抑え込むことは‥」

 本当にきついのだろう、話している間に、天音の顔色はどんどん悪くなっていく。

 彼女が言うように、急いでいるのだろう。口調が早くなり、どんどん余裕をなくしていっているのが分かった。

「正直、きついんです」

 そう言って、脂汗の浮かびかけた顔を伊吹に向ける。

「どうすればいいの? 」

 伊吹が息を飲む。

 処置を要する。気が焦るが、しかし、相手はもう人間ではない。

 医者である伊吹には、人間の処置は出来るが、幽霊の処置はしたことがない。

「彰彦を、ここに呼んでください。親戚でしょう? 」

 天音が言った。たかが、高校生なのに、妙な迫力がある。

 切羽詰まっている天音に、いつもの表情を保っている余裕なんてもはや、ない。

 肩で息をして、俯く。

「親戚といっても、交流がない」

 迫力にちょっと飲まれながら、伊吹が、息を飲む。

「何とかしてください。‥すみません、ちょっと今日はこれ以上は話せそうには‥ないです」

 天音は、真っ白な顔でもう一度息吹を見上げた。

「ああ、大丈夫? 」

 無言で頷くと、血の気の失せ切った天音は、伊吹に退室を促す。伊吹も、それに黙って従った。

「っつあ‥」

 ‥みたか、彰彦。数分なら、鏡の秘術使えるぞ。‥彰彦に出来ること、我に出来ないことはないと思ったが、思った以上に力を使うな。

 といっても、鏡そのものを創ったのは彰彦だ。

 天音はその鏡に、自分の記憶に入っている天音を映したに過ぎない。

 だが、それをできる者だって、そうはいないだろう。流石神と言ったところだ。

 ドアが閉じられるのを確認すると、天音は這うようにドアに近づき、カギを掛ける。

 カギを掛けたら、安心してその場に崩れ落ちた。

 その姿は、彰彦に「コスプレか? 」と言われた(天音は聞いていない)神様然とした姿だ。

 若干目つきの悪い、決して「いい神様」という風には見えない姿だ。

 背の高さは丁度伊吹と同じくらい。

 若干肌寒さを覚えた天音は、そこにかけてあった伊吹のコートを羽織った。

「おお、人間に見えるな」

 若干嬉しそうに、天音(男神バージョン)が言った。

 この部屋に、監視カメラがないのは確認済みだ。(というか、壊した)


 術の維持、姿を更に替える、尊の抑圧。三つはきついな。

 元の姿でいる方が若干楽だから、尊を抑えている間は、出来ればこの格好でいたい。その内、術の維持の方は慣れるだろう。

 ‥尊と同じ姿でいる必要がないなら、その方が楽だから、その当たりはまた考えよう。

 それにしても、

 ‥彰彦は、思った以上に「普通じゃない」。

 尊が自分で維持してきたとはいえ、8年ほど持ちうる身体を創ったのだから。

 尊は、この身体を維持することに、神としての力を総て使っていたというわけだ。‥逆に、そうすることによって、力の発散をしていたわけだ。

 優磨ちゃんによる安定と、力の発散。

 ちらり、と心なしか薄くなり始めた尊を見た。

 早く新しい身体を作ってもらわなければ。

 意識があれば、昨日のように遠隔で彰彦に作らせればいいが、‥今意識を戻すのは危険だ。身体がなくなったら、更に不安定になる。

 ‥リミッターがなくなる。

 この場には、優磨ちゃんがいない。

 そして、自分も力が不十分だ。



「頼むぞ、‥伊吹先生」

 天音は、握りこぶしを見つめた。

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