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6.戻った記憶が解決してくれた問題。

 あの高校生の男の子が探している子、‥女の子って言ってた。

 分霊の方じゃなくって、天音ちゃんのことを言っていたのかな? 

 分霊の方は、男の子だったからな。(そういえば、名前とかってあるのかな。あの分霊の方には)

 ‥名前、聞けてたらよかった。

 でも、‥天音ちゃんだとしたら、その子はもう‥。



 ‥もう‥。多分。



 いやな予感ってのは、当たるもんなんだ。



 我が家で一台しかない電話が遠くでなっているのが聞こえて、ほどなく古図が彰彦を呼びに来た。

 「天音ちゃん」がなくなったらしい。

 まだ、高校二年生だったのに。



 朝、彰彦が家を出る前に、彰彦の家の古い黒電話が鳴った。

「彰彦兄さん。あの件だけど、明日は都合悪い? 」

 相手は夏だった。

 あの件とは、『souls gate』の調査のことだろう。『TAKAMAGAHARA』と接触を取ることが出来たのだろうか?

 気になるが、今はそんなことを聞いている時間もない。

「ごめん、急にお葬式が取れたんだ。母方の従兄妹なんだけどね。だから、今日も含めて二・三日は動けない。‥それ以降じゃダメかな」

 時計を見ると、次の約束を取り付ける時間ぐらいはありそうだ。彰彦はメモを引き寄せながら、既に玄関の土間で待つ古図に「ちょっと待ってて」と小声で合図を送った。

「それは‥仕方ないね。大丈夫? ‥従兄妹だったら、まだ若いんでしょう? 何ていったらいいか‥。なんか、やるせないね」

 彰彦が「そうだね」とため息をつく。

 ‥ホントに、やるせない。

 そんな従兄妹のことを今まで忘れていたことも‥罪悪感が半端ない。

「わかった。僕一人で行ってくる」

「無理はするなよ」

「うん。‥っていうか、今回は「行く」っていうお知らせだけだったんだ。もともと。‥彰彦兄さんは行けない」

「え? 」

「『TAKAMAGAHARA』が募集している被験者は、どうやら高校生のようだ」

 夏の口調が一気にとがったことに、彰彦は夏が言わんとしていることが分かった。

「‥あの高校生の『家出』の事? 」

 受話器の向こうから声は聞こえてこなかったものの、夏が頷いたのだろうという事が気配で分かった。

「ああ、コアでオタクな高校生の被験者を集める為、一部からは元々有名だった西遠寺の名前が使われたんだ。‥実際に、西遠寺が運営している会社だから、まあ、実際には嘘はないんだけど。‥ただし、裏、だけどね」

 夏はこれ以上にない位憎々し気に言った。

 彰彦は、確かに腹は立ったけれども、噂の真相が理由なき西遠寺への誹謗中傷じゃないとわかり、どこかほっとしている自分にも気付いた。

「そのせいで、近所から『神隠しの噂のあるお化け屋敷』扱いされてたんだもんな。ホント困るよね」

 どこか晴れ晴れとした口調で言った。

「いや、それは彰彦兄さんの家が、元から突っ込みどころ満載だからでしょ。我が家はそんな噂立ってないし、近所からも恐れられてないよ‥」

 夏の呆れた声。

 さっきまでの怒りはそげた様だった。

「‥‥‥」

 絶句する彰彦。

 受話器の向こうから夏の笑い声が聞こえて来た。

「房子さん、よくあのお化け屋敷にお嫁に行ったよね。って、僕は昔彰彦兄さん家に泊まりに行ったとき本気で思った。恋愛結婚って聞いた時、二度驚いた」

 房子、とは彰彦の母親の名前である。

「昔は綺麗だったんじゃないか? 」

「そりゃそうだわな」

 夏の笑い声がまた聞こえた。

 夏は「じゃあ、また分かったことがあったら電話する」とだけ付け加えて電話を切った。

 再び時計を見た彰彦は、土間で待っていた古図に「ごめん」と肩をすくめた。



「夏君ですか? 」

 さっきから気になっていたのだろう。真っ先に古図が聞いた。

 彰彦が頷く。

「何かわかりかけたらしい。夏君の報告を聞いてから報告するから」

 本当の家族ではない古図。しかも、親戚ですらなかった。

 今まで知らなかったことを知って、古図の事情を知り、その境遇には親近感がわいた。しかし、家族として見るのならば、遠くなった。

 そんな感じ。

 裏手に駐車している車を古図がバックで出すと、彰彦が助手席に乗り込んだ。

 そのセダンタイプの乗用車は、家族の共通のものだったが、彰彦自身が車を運転することは、めったにない。

 出掛けるときは、徒歩か電車で移動する。

 非常勤講師として働く塾や大学にも、電車を使用している。

「どうかしたのですか? 」

 前を向いて運転しながら、古図が穏やかに微笑んで聞いた。

 父親のように彰彦の成長を見守ってきた古図だ。彰彦の微妙な態度の変化に気付いたのだろう。

「え? 」

 彰彦は、ぎくり、とした。

 ‥距離を測りかねてるなんて、言えるわけがない。

 そんな彰彦を気遣ったのか、

「‥この前、京都の大会の時の話をしたとき、彰彦さんが思い出せないって言ってた時の事、言っておかないといけなかったですね」

 古図が話を変えた。

「親父が、俺に特別な能力がないって分かった時、俺にした顔って話? ‥確かに覚えていないけど、想像はつくよ。「情けない」って顔したんでしょ? 」

 ああ、やっぱり忘れていた。と、古図が笑った。

「いいえ。反対です。‥すごく嬉しそうだったんです」

「嬉しそう? 」

 彰彦が首を傾げる。

「ええ。和彦さんは彰彦さんに西遠寺の術者になってもらいたくなかったんですね。‥自分と同じ思いをして欲しくなかったんだと思いますよ。表であれ裏であれ、自由がない生活を子供に望む人じゃないでしょ。だから、彰彦さんも和彦さんも負い目を感じることはないのですよ」

「‥‥‥」

 今まで彰彦の心の奥に常にあったわだかまりを、まるで何でもない事のように言う。

「そういうこと、むしろ気になさるタイプじゃないでしょ」

 ふふ、と笑う古図に

 ‥そりゃあ、そうだな。

 ってすとん、と納得できた。

 確かに親父は、俺に西遠寺を継げなんて言ったことはない。

 ‥あんまりにも親父が西遠寺命だったから、‥俺が勝手にそう思ってただけだ。

 だけど、今思ったらワーカーホリックなだけで、別に「西遠寺命」ってわけじゃなかったかも。

 あんまりに家に帰って来ないから、おふくろも幼少期の俺も「家族より西遠寺が大事なんだろうか」って思ってたのは確かだけど。

「でもさっきの‥。親父も俺に負い目を持っていたってこと? 」

「ええ。‥京都に彰彦さんが行ってた時の事です。検査だ、診断だ、訓練だって、彰彦さんの貴重な学生時代を無駄にしたことを和彦さんはとても悔いてらっしゃいましたよ」

「悔いて? 」

「彰彦さんは、京都の大会の後、その成績から将来の後継者候補としての勉強をする為に京都に行かされた。だけど、西遠寺の望むような特別な「霊的な能力」は彰彦さんになかったことが分かった。その為、彰彦さんはこっちにかえされた。彰彦さんはそう記憶されている。違いますか? 」

 彰彦が頷く。

「結果だけ言えば、そうなんですが、違っていることは、能力がなかったから帰されたという点です。

結論を先に言うと、この決定に、西遠寺の人間は関わっていません。関わらせなかったんです。

彰彦さんに「適正がない」と判断したのも、こちらに帰る手配をしたのも和彦さんです」

「親父が? 」

 古図が頷く。

「彰彦さんは、当時、裏と表の両方に狙われていたんです」

 彰彦が息を飲む。

「裏と裏の両方? 」

 ‥唯一「鏡の能力」が使える、と「知っている人がいた」と天音が言っていた。だけど、天音はその能力を「預かる」と言った。つまり、それ以降「使えなくなっていた」。でも、それはその「知っている人」には分からない事情だ。

 つまり、彰彦には依然として能力があると思われていたのだろう。

 そして、そのことを知っている人間が、彰彦を表だか裏かだかに「狙っていた」

「表の方は、和彦さんの方で「適正なし」と突っぱねるのは簡単だった」

「それは、能力の云々の話? 」

「いいえ? 表の‥後継者には特別な能力は要りませんよ? 和彦さんにもありませんでした。ただ、和彦さんに似た人を惹きつける容姿とよく通る声、それとカリスマ性の様なものを買われたんでしょうね。他には、‥人を束ねる能力は必要ですが、それらは訓練次第で何とかなりますからね。能力‥彰彦さんが持っているのが「霊能力」ではなく「記憶力」だという事は、皆分かっていたとは‥思いますよ。まあ、だからその上‥っだったんでしょうね。記憶力がいいっていうのも、ある種接客業である表の仕事には強みとなります」

 古図が首を傾げる。

 記憶が戻った今は、分かる。

 表の人間は、親父も含め、彰彦の能力を正確に分かりかねていたのだ。

 映していたのではなく、暗記しているのだと思ったのだろう。

「裏は何を彰彦さんに求めていたのですかね‥」

 ‥表は、能力を必要としない。そして、能力を判断することもまた、出来ない。

 能力を必要としたのは、裏だ。

 多分、天音ちゃんの言う彰彦の能力を「知っている人」は裏西遠寺の人間だ。そして、彰彦を裏西遠寺に、と狙っていた。

 しかし、表の後継者育成の為に京都に来た彰彦に接触を計ったであろうその人物は、彰彦にその能力がないことに気付いた。

 元からなかったのか、と思っただろう。(こっちの事情はわからないわけだし)

 表の接触を断ったのは、親父。

 裏の接触は、普通にあっちから用なしと判断されただけなんだろう。

 ‥それには、しかし思いのほか時間がかかり、親父は俺の貴重な学生時代を無駄にしたことに負い目を感じている、か。

 ‥親父が負い目を感じることでもないとは思うけどな。悪いのは、裏と表の西遠寺の人間なわけだし。というか、まあ。彼らも仕事なわけだし。

 だけど、西遠寺のことが第一で、いつも息子に無関心だと思っていた父親の意外な一面を知ることが出来た。

 彰彦は心がほんのり温かくなるのを感じた。

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