4.鎮守の杜は、迷わないための目印になる前は、目的地だった。
尊は、「どこ」に来ていたんだ?
八幡神社に「参ること」はなかった尊。神社に来るのは「誓約」する為。
そんな尊が、一人で神社に来て、それを「黙っていて」っていうかな。
でも、そんなこと‥どうでもいい。
「尊、どこにいるんだよ。ここが、‥わからなくなったわけじゃないだろ? 目印があるだろ? 」
大島は知らず、声に出して呟いていた。
迷子、かあ。
そして、ふと自分が迷子になったことを思い出した。
あれは‥いつだっただろうか。
地理感のない子供の頃のことだ。それが、いつだったか、どこだったか、今ではわからない。
そんな迷子の記憶は誰しもあるだろう。
‥だけど、あれは‥
「社は目印‥」
――「鎮守の杜」――
誰だったか、今では顔も思い出せない、大島にこの言葉を教えてくれた人物。
「目印」の社に引き寄せられて何度もここにきて、何度も帰れなくなって迷子になった。まだ小学生前の大島。‥あの時は、まだ優磨達とも会ってなかったんだっけ。
‥そういえば、ここで会って一緒に遊ぶようになったんだったっけ? ‥でもまあ、それもまだ後の話。あの頃は、まだ、そこにただいる自分とは関係のない近所の子供たちだったんだ。
この子供たちには、自分が「迷子になっている」って知られたくない。
そう思ったのも、確かだ。
だから黙って座ってた。
そしたらその内、母親が迎えに来る。
迷子になって、でも、大島はいつもここにいる。
母親にしたら「またお気に入りの場所に行っている」って思うのだろう。パートの帰りに迎えに来てくれて、一緒に帰った。(大島がいっていない時も、一応覗きに行っていたらしい)
‥放任っぽいところがある母なのは、認める。だけど、田舎ってそういうとこあるでしょ?
「ここから動いちゃだめよ」
と、ちょっとお小言は言ったけど、だけど、反対もせずに迎えに来てくれた。
だから、‥安心して目印に引き寄せられることが出来たのかもしれない。
「今日もお友達に話しかけられなかったの? 」
って、友達になりたくて、あの子供たちに会いに行っているって思われてたのは不本意だったけど。
でも、あの日は天気が急に悪くなって、神社で遊ぶ子供も一人帰り二人帰り、気が付いたら大島は一人になっていた。
まだ、雨は降っていない。
だけど、降りそうな雲が出ている。母親はまだパートの仕事中だ。
「雨が降りそうだよ」
近所の中学生が一人でぽつりと座る大島を気遣い話しかけてくれた。
顔見知りではないが、何度も見たことがある顔だ。学生服を着て帰宅しているのを何度も見かけたことがある。その制服も、近所の公立中学のものだった。
だから、警戒心はなかった。(今考えると、まずい話だが)
大島が、母親を待っていることを告げると、一緒に待ってくれて、その間話をしてくれた。
「鎮守の杜っていうんだ。この森はこの土地を鎮め守り神聖な場所なんだ。昔は木や草、総てのものが神聖なものとして信仰されてきたんだろうね。
元々人々は、総てのものに神が宿ると信じていた。天地の恵みに感謝し、また畏怖してきた。
神社とは、土地の神が祭事の際に、降臨する場所、いわば儀式を行う臨時の祭場が常設化したものと言われているんだ。
海には海の神、山には山の神がいる。神社もまた歴史の伝承者と言えるかもしれないね」
と、その話はおよそ子供が面白がる話ではなかったが、大島の頭には強烈に残った。
今日の大島が、この言葉に影響を受けているいるということは疑いようはない。
大島は天を仰いで、息を大きく吸い込んだ。
気が付けば、空はただ青く青く。遠くなっていた。
もうすぐ秋が来る。
秋が来て、そして冬が来る。
社が目印みたいにみえる冬が。
「‥尊は、どこに来ていたんだろう」
迷子の事を考えて、またそこに戻った。
尊は迷子になっている。だけど、尊は、ここに戻って来れる。
ここに戻って来たかったら。
「‥違う。‥ここだとばかり思ってて、考え違いをしていた。大羽に会った尊が八幡神社に来ていると‥。もしかしたら‥」
ふと、思い当たる節があった。
尊を、時々この辺りで見かけることがそういえばこの頃あった。その時は、いつも一人で、そして‥その尊がいつも見ている‥睨んでいるのが‥
「ここだ。‥この社をじっと見ていたんだ」
大島は、たぶん初めてその鳥居をくぐった。興味の有無の以前に、小さすぎて、個人所有の神社に見えて入りづらかったという事もある。
やはり何の変哲もないお稲荷さんに見える、
大島の眼鏡に夕日が反射したのか、社の前に置いていある金属が鈍く光った。
「何か光った。鏡か。‥ん? 」
大島はさらに近づいて、鏡を覗き込む。
「どうしてこの神社、社の外に鏡が置いてあるんだろう? 鏡ってご神体じゃないのか? ご神体って普通、この扉の中側にあって見えないのがふつうなんじゃ‥、でもまてよ‥まてよ‥俺は以前この神社に来たことがある気がする‥」
ついつい独り言の声が自分でも驚くほど大きくなっていたことに気付き、正気に返った。
赤面しておそるおそる辺りを見回す。
一見目撃者はいなくて、大島はほっとした。
‥のだけど、隣の家の門の中、濡れ縁に座って崩れた門の間から、彰彦がその様子を半笑いで眺めていたことには、大島は気付かなかった。
一人で焦る大島の様子に、彰彦は耐えきれず笑いだしてしまった。
「‥‥」
大島の足が止まる。大島と、門越しに彰彦の目があった。
‥そして、さっき、今さっきまでのセピア色だった回想ににわかに色がつく。
「あなたは‥」