1.突然の来訪者
突然の来訪者のタイミングは、驚くべきものだった。
普段から来客など殆どない彰彦宅にとって、ブーというレトロな呼び鈴がなると、嫌な予感しかしない。
門の外には、インターホンを設置していない。
呼び鈴は玄関の外についている。
つまり「敵」に敷地内まで侵入されていることを意味している。
また警察かなあ。
気は思いが、居留守を使うわけにもいかない。
重い腰を上げて玄関に対応に向かった彰彦がその意外な人物の姿を確認したのは、ちょうどさっき、その番組内容を夏から送られてきたダビングされたDVDによって把握し終わった時だった。
「たしか梶原」
もっとも、この番組を作ったのが梶原だと知るのは、少し後の事で、この地点で彰彦が知っている情報は
来訪者が、(以前、お化け屋敷撮影で来た)梶原だということだけだった。
それは、彰彦にとって忘れられない顔と名前だった。
庭先に視線をやり、左右を確認して咄嗟に身構えた彰彦に、梶原はカメラが来ていないことを強調すると、突然、深く頭を下げた。
「あの時のことを許さないと言われることは十分承知しているが、どうか俺の話を聞いて欲しい‥! 」
悲痛な声で、叫ぶように言った。
玄関先の騒ぎに、古図も奥から出て来て、梶原の姿を確認すると黙って冷たい視線を送る。
土下座しそうな勢いの梶原に、折れたのは彰彦だった。
‥玄関前で騒がれるのは、世間体が悪い。
それに、ちょっと情にほだされたのもあるかもしれない。
仕事を解雇されたという梶原は、あの時よりやつれて、変に迫力があったのも確かだけど。
「で、またなにしに来たんですか」
梶原をとにかく玄関先に招き入れ、玄関をきちんと閉めた古図が上がり框に座る梶原を見下ろして睨み付ける。
怒り心頭という風には見えなかったが、いつもの穏やかな表情ではない。
「私の解雇の理由を、西遠寺さんの方がご存知かと思って伺ったんです」
不躾に失礼なことを言った梶原だったが、その口調にも表情にも力はなかった。
挑発している様には見えない。
ただ、多分本当にそう思っただけ、そういった感じなのだろう。
(失礼な話だが)
梶原が鞄から一本のDVDを出してきて、彰彦に渡した。
「丁度一週間前に放送された番組です。午後2時から三十分の番組ですが、ご覧になられましたか」
「まさか‥」
彰彦がさっき見たDVDの内容を言って確認すると、梶原が頷く。
「ご覧になられたんですね」
「‥‥」
こいつの番組だったのか‥。
さっき聞いた時間帯がちょっと引っかかった。
‥えらく、深夜枠だ。
こいつは、一応売れっ子じゃなかったか?
「で。それが何か? この番組は、西遠寺の噂の検証と『Souls gate』と西遠寺の関係の真相みたいなことを討論されていたようですが、まあ、最後になっても結論らしいものは出ていなかった。まあ、はっきり言って劣悪な番組ですよね」
古図が毒づいた。
「で、ここにはどういったご用で? もしかして、俺が何か真相を知っているとでもお思いですか? それとも、この番組を作ったことで、西遠寺からなんらかの圧力がかかって解雇されたとでも言いたいんですか? 」
何かと血の気の多い彰彦が、苛立ち気に低い声で言った。
放送時間、時間帯。
それにもかかわらず、出演したコメンテーター(中には有名な知識人もいた)。
そして、これが番組として世に出たのは事実だ。
それが、世間の関心度を表していることは分かる。
‥だけど
「その両方です。解雇されたとはいえ、私はあの番組を制作した者として、また私個人的にも、この問題を中途半端なままで、放って置きたくないんです‥」
梶原が言った。
「貴方の、興味を満足させるためにこの放送を流したの」
貴方の、を強調する。
あえて、世間のとは言わなかった。
驚くほど、冷たい声が出たのには、彰彦は自分でも少し驚いた。
梶原は何も言わなかった。
「梶原さんが、西遠寺には何かある。そして、それに関わったせいで解雇されたと恨む気持ちはわかりましたが‥」
「いや‥」
口を挟もうとする梶原の言葉に被せる様に彰彦が口調を強くする。
「じゃあ! 」
そして、黙った梶原を確認すると、小さく息をつく。
「‥じゃあ、何もしていないのに、こんな噂流されて、興味本位に騒がれる俺たちはどうなんだろう。‥そこらへんも考えて欲しい」
その口調は驚くほど静かだった。
そして、もう一度大きく息をついて、彰彦が梶原の腕を取って立たせた。
梶原はそれに静かに応じて、黙って立つと、帰って行った。