8.彰彦の異能力(ちから)
彰彦について言うと、
彰彦は、例の『八卦合わせ』が強かった。
いつも、一回で八卦が揃い、しかもその番号が総て10という最高の組み合わせを集められた。
一回ではなく、二度も三度も同じ卦を揃えられる『異能』と皆の尊敬と畏怖の念を抱かれていた。
この子は、大変な異能力者だ。
将来は、陰陽師として、西遠寺で働くだろう。
と。
しかしながら、なんてことはない。
彰彦は、常に一番最初に札を選んでいる。
そして、札の『顔』を総て覚えている。
『引き当てている』のではなく、ただ「同じものを揃えているだけ」だという。
つまり、彰彦の異能は、その記憶力と運であり、霊能力的なものではない。
それに気づいた時の周りの反応が微妙だった。
‥凄いが、違う。
まあ、これがその場を制した意見だった。
その彰彦の異能は、別にこのカードゲームに限定されたものではない。
彰彦は、ここで会った西遠寺の親戚の名前と顔を統べて覚えている。
勉強についても、授業で聞いたこと、教科書で読んだことは一度で覚えている。
ついたあだ名は、
『人間データベース』
『百科事典』
よくいる、頭のいい子に付きがちなあだ名だ。
「あの時、‥彰彦さんが札を引き当てたのは、霊能力の様な特別な能力ではなく只の運と記憶力って分かった時‥の、和彦さん(彰彦の父)の顔を覚えておいでですか? 」
古図が懐かしそうに聞いた。
「ん? 」
彰彦はそれを思い出そうとしたが、‥なぜか思い出せなかった。
‥あれ? 忘れることなんてあるだろうか? そもそも、見ただろうか?
「いや、覚えてない。‥あの頃の記憶で今浮かんでくることは、修行の厳しさ位だな」
彰彦はそういってごまかした。
‥忘れてるんだろうか?
心の中では、その不安は依然として消えていない。
「西遠寺の子供は、そんなものかもしれませんね」
ふふと笑う古図に、ふと、
そういえば、古図の昔の話って聞いたことがない。
と思った。
「古図もそうだったの? 」
思わず聞いてすぐ、しまった、と思った。
聞いたことがないのは、言いたくなかったからかもしれない、と。
古図はしかし穏やかな表情のまま
「十二歳でここに来てからは、そうだったのかもしれませんね」
昔を想う様な、懐かしそうな顔にほっとした。
「来て損したって思った? 」
古図は、本当の彰彦の叔父ではない。十二歳の時にこの家の養子にはいったのだ。
彰彦の父の弟として、だ。
和彦さん(彰彦の父)に拾ってもらった。
古図は今でも、折に触れてそう話した。それは穏やかな顔で。
今も、古図は穏やかな顔で首を振る。
「僕は、家が嫌いだったんです。いや、‥苦手だったんです。僕を産んでくれた両親が急に事故で死んで、天涯孤独になった僕が預けられた家には、同じ年の子供がいて‥」
「‥虐められたの? 」
心配になって聞いた彰彦に、古図が首をちょっと傾げて「いいえ? 」という。
「いいえ。いい人たちでしたよ。ただ。‥幸せそうでした」
「何でだろ。なんか分かる気がする」
「所詮、無いものねだりなんですよ。人間なんて」
古図が笑った。
いや、‥なんでだろう。確かに、人間として多かれ少なかれ抱きがちな感情だが、‥なんだかそれ以上に‥。
俺はこの感情について知っている。
俺は、この「悲しみ」を知っている。
古図に対する「共感」ではなくもっと‥。
彰彦君、お父さんもお母さんもいないの?
‥大丈夫だよ。私の家もいてもいなくても同じようなもんだし。
お父さんとか、私の事全然見てないよ。そんなもん、そんなもん。
いない方が、楽じゃん!
古図も俺も、そして「あの子」もおんなじだ。
‥あの子?
さっき、何かを思い出しかけた。
忘れないはずの、俺が「何かを思い出しかけた」つまり、何かを「忘れている」
「幼馴染だったんですよ。僕と和彦さんは。だから、和彦さんは僕を産んだ家族が死んだとき、すぐに家に来いって言ってくれた。だけど、僕の親戚はそんなわけにはいかない。正太郎には、私たちがいるから、って。それが、さっきの家族でした。だけど結局僕は馴染めなかった。今思えば馴染む気なんてなかったんでしょうね」
どこか両親と比べてみてしまうことに対する罪悪感。
本当の家族ではないという、いじけた感情。
和彦の事。
気が付いたら家出して、和彦の家に転がり込んでた。
それから、何があったかは分からないけれど、和彦の両親と古図の親戚が何かを話しあったんだろう。そして、古図は和彦の弟になった。
そして、今でも古図はここにいる。
彰彦の叔父として、教育係として。
「俺が京都に戻った後は、彰彦と、房子(彰彦の母)を頼む」
和彦との約束だった。