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彼がこの世に生まれた経緯について私が知っていることは何もない。だけど、今も彼は私の傍にいます。  作者: 大野 大樹
一章 「お化け屋敷」の住人は「お化け」ではない。
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6.「あの人」と僕。

 西遠寺には、「魂の門」と呼ばれる「絵札」がある。

「西遠寺において、魂の門とは、すなわち『鏡』である」

 と、教育係の年寄りが言っていた。

 教育っていっても、そこで教わることは、普通の学校では習わないようなことでしたし、これから先実生活で何の役にも立たないであろうと思われることだけでしたが、西遠寺の子供はみんな小学校の長い休み(春、夏、冬休み)には必ず勉強合宿に参加させられる。それは、今も変わらないですね。

 といって、勉強もします。学校の成績の悪い者は、もれなく説教され、延々と補習授業を受けさせられていました。

「西遠寺の人間にバカは要らない」というとこでしょう。

 まあ、そんなレアな件はあれとして、合宿の大半は、西遠寺の歴史だとか、西遠寺の仕事だとかについて学びます。

 その他は、座禅だとか、写経だとか、精神論だとかでしょうか。

 もっとも時間をさいたのが、精神力教科授業でした。

通称『修行』もっとも、この通称で呼んでいたのは、子供たちだけでしたが。

 特にあれが忘れられません。

 ある時の『概念』の授業。

 

 同じ部屋に集めれられた子供たちが、全体での短い説明の後に、ひとりずつ隣の部屋に入るように指示を受ける。

 襖一枚で仕切られただけの部屋なのに、僅かな音が聞こえてくる以外は何もわからない。

 それが待っている子供たちに不安を与えた。

 いざ順番が来ると、一人で隣室に入り、事前の指示に従い部屋の真ん中に進む。するとその部屋の照明が総て落とされ辺りは真っ暗になる。

 何事かと立ち尽くしている子供は、知らない間に四方と頭上を屏風の様なもので囲われる。

 そして、再び照明がついた時、その屏風の様なものが総て鏡であることに子供は気付く。

 さっきまで暗かったのに、今は眩しい程明るい、しかも周りは鏡だ。

 軽く混乱している子供に

「『本物の自分』を証明しなさい」

 と、鏡の外から声がする。

 

 子供には、鏡にしか見えないそれは、外からはガラスのように見える。所謂『マジックミラー』だ。

 声の主は、ガラス越しに中の子供を見ている。


 周りから、物音一つしないし、人の気配もしない。四方と頭上を鏡に囲まれた、ミラーハウスの中に突然一人で入れられた時の恐怖、不安は想像にたやすい。

しかも、みんな十歳やそこらの子供だ。

 後から聞けば、たいていの子供は、怖がって泣き出し、最後は顔を覆って座り込んだらしい。

 その後、待っていた子供たちにその子は何も言わない(というか、泣いているし言えない)から、隣の部屋に入っていったものは、皆泣いて出て来る、ということだけがわかった。

 その先入観が、さらに子供たちを怖くさせた。

 どんな怖いことがあるんだろう。

 皆声には出さなかったが、一様に恐怖を募らせていた。

 そして、順番は僕に回ってきた。

 暗転、そして鏡。

「『本物の自分』を証明しなさい」

 外から声が聞こえてきた。

 僕は黙って手を挙げた。

「周りの総ての「あなた」が手を挙げていますよ。どれが本物の自分かは証明できますか? 」

 外の声は尚も聞く。

「『自分』とは、この顔です」

 僕は『自分』という単語を特別強調していった。そして、着ていたシャツの首を持ち上げ、頭をすっぽり覆い隠す。

「このシャツの中にあるのが『自分』です。鏡に映る他の僕の姿には、顔は映っていません」

 叫ぶと、四方の鏡が取り払われた。

「では、最後に。貴方にとって鏡とは何ですか? 」

 シャツ越しにうっすら見えていた自分の姿が消え、一人の和装の女性に変わった。

「自分を惑わせるものです。ですが、自分の姿を見ることが出来る唯一の道具でもあります」

 急に言われて、正直いい言葉は浮かばなかった。

 自分を助けてくれた「あの人」の為、僕はここで上手く装わなくてはならない。

 そればかり思った。

 女の人は頷いた。

 正解とも不正解とも言わなかった。

 そして、部屋を出た僕と入れ替わりに「あの人」‥僕の「兄さん」が部屋に入った。

 数分後、その部屋の中から、激しくガラスの割れる音がした。

 ‥すわ、何事か1

 と隣に控えていた大人たちがその部屋に入る。

 あの人は叫んだ。

 周りの鏡を粉々に割って、血だらけになった握り拳を高く挙げて。

「本当の自分とはこれです! 」

 飛散するガラスを袂で防いだ、あの和装の女の人は

「貴方にとって鏡とは何ですか? 」

 さっき僕にした同じ質問をした。

 聞いて、何事もなかったかのように、袂についたガラスの破片を、持っていた扇子で払った。

 女性の、全く動じていないその態度にも、僕は驚いた。

 あの人はまた、即答する。

「自分の最終確認です」

 めちゃくちゃだ。自分で鏡を割っておいて、最終確認も何もない。

 ‥つまり、自分が自分であることを確認するために、鏡を割ったというのか?


 その後は、遅れて駆け付けた他の大人や、部屋中に飛び散ったガラス、血だらけの「あの人」ともうそこらはめちゃくちゃな騒ぎになった。救急車も来た。

 それでも、みんな、このめちゃくちゃなあの人の事を「しょうがないなあ」って思っただけだ。

 皆あの人が大好きだった。

 僕だってそうだ。

 あの人は、僕の自慢の「兄さん」なんだ。


 

だから、西遠寺の跡取りにあの人が選ばれた時、納得しない者なんていなかった。

 あの「最終確認」発言について、あの人‥和彦さんは後にこう説明してくれた。

「大概、迷いってのは、顔に出るからね」

 表情を顔に出さない自信のある僕にとっては、不満な答えだった。

「一つなら、隠せる。でも、四つなら? それ以上なら? 」

「え? 」

「自分の横顔にも、確信って果たしてもてるだろうか」

「‥‥」

「どんなに自信があっても、本当にそうかな、って常に疑問は持っておかないといけないと思う。自分で気づけばそれでいいけど、気付かない時、傍にいて、教えてくれる人がいる人は幸せだ。‥正太郎が兄弟になってくれて、よかった」

 和彦さんは本当に満足げに頷き、そして無邪気に笑った。

 魂の門は自分のこころとの対話。

 自分のこころの最終確認。

 和彦さんは、話の最後にそう付け足した。

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