1.プロローグ
Souls gate sideB
「神社を見れば、その土地の様子が分かる。海系の神様を祀っている神社があるのだったら、そこに海があったって言える。例え今は埋め立てや地形の変化で海から遠ざかってたとしても、さ。寧ろ、昔の地形なんかも分かって興味深い気がする」
「そういう意味でさ、神社はその土地の歴史の一つであるって言えない? 」
何てもっともらしい仮説を、いっぱしの学者ぶって言っていたのは、確か小学生の頃。あの頃に戻れるなら、その口を塞ぎたいくらい生意気な口ばかり利いていた。
秀才ぶっていた大島 保少年は、この後、自分の想像力の限界を知る。
現在は埋め立てられて住宅地になっているが、昔は辺り一面海だったはずのこの場所にある神社は、あろうことか「農耕神」だった。
仮説はあっさり覆されたのだった。
「開拓以降の新しい神社なのかしらん」
進まない郷土研究にヤキモキする。
夏休みももう半ば。生まれ育った町をデジカメ片手に歩き回ってもう半月。「神社から分かる郷土の歴史」のタイトルもむなしく、研究ノートは真っ白だった。
「土地を増やす必要性に駆られた人々が海を埋め立てて開拓し、農耕を始める。豊作を祈って農耕神を祀った、かなあ。思っていたのとは違ったレポートになっちゃったな。こう、海系の神社がまつってある神社を繋いで、昔の海岸線の地図ドーンと出して、一致しますよ。みたいなのを期待してたのに‥」
結局、望んだものは得られず、不本意に中途半端な結論で締めくくった夏休みの宿題であったが、この時の経験は大島に物事の歴史を見る、という癖を付けさせたわけだから、全くマイナスってわけでもなかった。
神社を調べれば何かが分かる事は、間違いない。
今でも信じているのは、ただ意固地になっているだけか。
あれから六年。大島も高校2年生になっていた。
じっとしているだけでじんわりと汗のにじむ8月。
夏期講習を終えた大島は一人のんびりと家路についていた。
さして急ぐ用事もない。
樹冠を走る風の立てた、鳥の葉音の様な葉擦れの音の大きさに、おもわず足を止め、見上げた空はきんと晴れ上がり、視界に広がるのは、この町で入り版大きな神社を包む社寺林。照葉樹の厚い葉に跳ね返った日差しは、白く強い射光になり、辺り一面に強い生命の香りを充満させていた。
夏の照葉樹は、照り返しが強い。
眩しさに視線を落とすと、アスファルトにはカシ類の厚い葉が重なった濃い影が出来ていた。
「鎮守の杜」という。
この町の中で最も木が茂っている。人の手を加えられることもなく古代からそこにあるであろうその社は、関東以西の遷移の通例に違わず、クスノキ、シイ類、ツバキを中心とした常緑広葉樹が茂る照葉樹林の杜だ。照葉樹のおおくは、新しい葉が出るときに古い葉を落とし、葉の全くない季節がない。
冬なお茂る杜だ。
その神社の名前を「八幡神社」といった。
八幡神社は全国的にも多い。
別名八幡神と呼ばれる応神天皇が祀られる神社の総称だ。
応神天皇と母神の神功皇后が合わせて祀られる。「弓矢の神」として古来、武士が信仰していた武神としての性質の外に、水の神として知られている。
その点で、辺り一面海だったこの辺りにふさわしい神だともいえまいか。
この神社は、勿論のことだが八幡神の分霊を祀っている数あまたある神社の一つだ。
徳が高く全国で信仰されている=著名な八幡神を勧請して八幡社とした神社は多い。稲荷神社と共に勧請型の神社の代表格だが、中にはここの神社のように、神功皇后もしくは応仁天皇の伝説が風土記等に残っている神社もある。
ここ播磨には、他にも多くの神功皇后や応神天皇の伝説が残っていた。
鳥居をくぐり中に入れば、しめ縄が巻かれ、ご神木に指定されたクスノキの見事な大木を見ることが出来る。
ご神木は、神の降臨にあたっての指標であり、神の依り代でもあるという。
紅葉の秋が過ぎ、周りの落葉樹が総ての葉を落とすどこかモノトーンの冬ともなれば、町のどこにいてもこの神社は見えた。
そこだけ、こんもりと木が茂っている森に見える。
―― 「迷わないための目印なんだよ」――
なんて、同級生の大和 尊が冗談めかした杜の姿は、今は真昼の月みたいに周りの眩しい景色に同化している。
―― 「知らない街に行って、右も左もわからない時にも、一部だけ樹がこんもりはえているとこ見つけたら、あ、神社があるんだなって思うじゃない。神社ってそういう役目もあるよね。何ていうの‥迷わないための目印? っていうかな‥」――
面白いこというなあ――。と、第一印象はそれだけ。以後、もともと友達を沢山つくるタイプではないどこか冷めたところがある大島の、数少ない友達になった。
それに、尊の居候先の娘で、かつ従兄妹でもある郷宇 優磨が加わるのは、ごく自然なことだった。
優磨は、まるで尊の保護者みたいに、尊の傍にいつもいたから。
そして、その関係は気付けば5年目になろうとしていた。
「鎮守の杜‥社寺林の木はあまり切られたりはしない、人手の加わっていない森だ。だから、歴史のある神社には、得てして巨木が存在する‥」
そんなことを考えながら「八幡神社」をみていた彼の視界に、ツバキとクスノキの若木が整然と植わった小さな社が目に入った。足元に敷き詰められた石も新しい。
真新しい額束には「鏡神社」。
「よく会社内に奉られてる神社と同じ規模の神社だな‥」
‥新しい神社ってのは、なんか違和感を感じる。
歴史もなくって宙ぶらりんな感じが何とも頼りない。
人為的な思惑しか、感じない。
信仰ってのは、そもそも形からはいるもんではないと大島は思っている。
大島は冷めた視線を新しい社に落とした。
ただ、彼の興味から除外されているだけで、それがそんな扱いを受けなければいけないのは、明らかに理不尽なわけなんだけど。
つまり、大島の興味をちっともひかなかった。ただそれだけのことだ。
まあ、その神社が特に目立たなかったのには、もう一つ理由があった。
大島は、若宮神社の横にある、かなり年代ものの屋敷を目にした。
「相変わらず、禍々しいな。‥台風で壊れたりしないだろうな。このお化け屋敷」
さて、このお化け屋敷。
空き地に見える寂れた見かけからそう呼ばれるようになったのだろうが、人が出入りするのを大島は見たことがあった。
ただそれが住人であるかは勿論確認すべくはないんだけど。
それが、その当たりでよく見る「興味本位の肝試し客」とは違った感じだったから、何となく印象に残った。
‥なんとなく、住人って感じだった。
その時は、確かにそう思った。
同じ地域といっても、町が違えば誰がどこに住んでいるかを把握するなんて案外できないもんだ。高い土塀を乗り越えて、庭に忍び込んで、荒れた庭木の向こうの平屋を覗き込めば、夜には電気がついていたから、人が住んでいることだけは、違いないとわかった。
大島がまだ中学生だったとき、その偉業(しかしながら、じっさいは只の不法侵入という違法行為だが)を成し遂げた同級生が英雄扱いされていたことを覚えている。
そして、この超問題行動なんだけど、時間が割合に早い時間というのが中学生らしい。曰く、「幽霊屋敷の住人」は、殊の外早寝の習慣があるのか、七時以降には電気が消えているらしい。
‥健康的??
なんにせよ。
人が住んでいる家に「お化け屋敷」はないだろう。
失礼じゃないか、とも思うが、同時に(その家の住人に)「住んでいるなら庭やらの手入れ位しろよ」とも思う。でも、別にゴミ屋敷になっているわけではない。野のものが野のもののまま、ありのままに生えている(いい言い方をすると)野趣あふれたお庭なのだ。別に誰かに迷惑をかけているわけではない。
だとしたら、他人がどうこう言える問題ではないんだけど、この頃毎年、夏になったら噂を聞きつけた近隣の若者が、「肝試し」しに来て、その若者がゴミを捨てていく。大騒ぎをして煩い等という近隣からの苦情も出ているから、もはや個人的な都合だけでは済まない気もする。
しかも、いくら寝ていても庭に不法侵入されたら起きたり、文句の一つも言ったり、‥警察に訴えたり何かあるだろうが‥! とも思う。
考えられることは、よほど人付き合いを好まない人が住んでいるのだろう。
それに対しておせっかいで関わろうなんていう近隣の住人もいない(まあ、気持ち悪いしね)。
その結果が、「隣は何をする人ぞ」になっちゃったんだ。