第8話 知らない天井
一番最初に目に入ってきたのは、知らない天井だった。
目を覚ますと知らない部屋の、知らないベッドの上に寝かされていた。
体を起こして周りを確認する。
他にもベッドがいくつかあり、薬棚や何かよくわからない器具が収まっている棚もある。
ここはどこかの医務室か何かだろうか。
何気なく周りを眺めているが、体が思い通りにちゃんと動いている。当たり前のことなのに、何故かとても久しく感じた。
体が自分のものではないような、えも言われぬ感覚を思い出すと自然と体が震えた。
思い通りに動く体をしみじみと眺めていると、改めて自分が生きていることを実感した。生き残ったんだ。あの人外魔境の外界から。
手を握ったり開いたりしながら、思い通りに動く体の素晴らしさに感動していると、ノックと共にこの部屋に一つだけある扉が開いた。
入ってきたのは、看護服を着た女性だった。腰まである金色の長い髪がよく似合う綺麗な女性だ。
体を起こしている俺を見ると、女性は笑顔で話しかけてきた。
「あら、目を覚ましたのね。良かったわ。ご飯、ここに置いておくわね」
女性は手に持っていた食事をベッドの脇に用意されていた机の上に置いた。
「ありがとうございます」
状況がよく飲み込めていないが、とりあえず頭を下げる。親切にされたらお礼を言うのは当たり前だ、と母親から厳しく教育されていた賜物である。
「体はちゃんと動くようね。アラクネの馬鹿が無茶させて、本当にごめんなさい。ちょっとあの馬鹿を呼んでくるから、ご飯を食べながら待っててね」
申し訳なさそうに眉をひそめて苦笑いを浮かべながらそう言うと、女性は部屋を出て行ってしまった。
色々と聞きたいことがあったのだが、まぁアラクネに全部聞くことにしよう。
言われた通り、ご飯を食べることにした。
メニューはパンと付け合わせのスープにおかずが少々。
パンをスープに浸して食べる。うまい。ここ最近で口にしたのが魔物の血液だけなので、より美味しく感じた。
一心不乱にご飯を食べていると突然、扉が勢いよく開いてアラクネが放り込まれてきた。
アラクネは額を床に強打したようで、額を抑えて蹲りながら呻いている。
呻いているアラクネを他所に、投げ飛ばした張本人であろう、先ほどの女性が部屋に入ってきた。
「ほら、早く謝りなさいよ」
ガツンとアラクネに蹴りを入れながら女性が言う。
「蹴んなって!相変わらず喧嘩っ早い女だなほんとに……」
額を抑えてそう言いながらアラクネが立ち上がった。
アラクネと目が合う。
アラクネはへらっと笑いながら口を開いた。
「よう、オルフェ。元気そうで何よりだ」
「謝りなさいって言ってんでしょ」
ぺしんと女性が頭を叩く。
「こいつが開拓者になりたいって言うから手伝っただけだっての!」
叩かれた頭を抑えながら、女性に向かってアラクネが反論する。
「加減ってもんがあるでしょ!いきなり危険区域に放り出す馬鹿がどこにいるのよ!」
正にその通りだ。俺はこくこくと頷いた。
「こうして生きて帰って来たんだから結果オーライだろ。この歳で魔血使って魔物と戦う経験ができたんだ。開拓者になるなら儲けもんじゃねえか」
悪びれもせずにアラクネがそう言うと、ただでさえつり上がっていた女性の眉がさらに角度を増す。
「そういう話をしてるんじゃないの!」
そのまま女性とアラクネは言い合いを始めてしまった。
完全に俺を置いてきぼりである。
アラクネがやばいのは前からだが、女性もそれなりにおかしい人なのかもしれない。
言い合いを続ける二人を見ながら、一人放置された俺は溜息をつきながら、知らない天井を見上げた。




