第3話 アラクネ先生の開拓者講座
俺はただただ引き攣った笑いを浮かべることしかできなかった。
腰を抜かしてなかったらとっくに逃げてる。
それくらいやばい。本当にやばい。頭がおかしい。
「おう、気持ち良いくらいに引いてんな。良い反応だ」
ケラケラと笑いながらアラクネが言った。
八つの足は絶賛稼働中。わきわきうねうね。きもちわりい。
「魔血を体内に取り込むとだな、血液の元の魔物の感覚を身に付けることができるのさ」
感覚?身に付ける?
わけがわからない。頭が混乱しそうだ。
「んな難しそうな顔をするんじゃねえ。ちゃんと説明してやっからよ」
八つの内の一つの足で俺の頭を小突きながらアラクネが言う。
足は金属質でとても硬く、ゴツンと良い音がした。
つまり、めちゃくちゃ痛い。
「感覚を身に付けるって言うのはな、俺の場合この魔血は蜘蛛型の魔物のものだから、八つ足で動く感覚がわかるようになるのさ。だからこの足もこうやって動かせる」
わきわきのスピードが2倍くらいに上がった。わきわきわきわき。気持ち悪さも2倍、いやそれ以上だ。
「感覚の話もよくわからないし、そもそもその八つの足が動く理由になってない!」
「まぁそう急かすなよ。八つ足が動く理由はな、魔血を体に取り込むことで魔力が使えるようになるからだ」
魔力。また謎なワードが一つ増えた。もう俺の脳はショート寸前だ。
「そもそもな、魔物の体が動くのはこの魔力のおかげなのさ。奴らは魔力で体を操って動かしてるんだ。魔力を血液で体中に巡らせることで俺たち人間もその力を得ることができる。んで、この鎧は全部魔物の素材で出来てる。もちろん八つ足もだ。その八つ足に魔力を巡らせることで自在に動かせるってことさ」
「要するに魔力とやらを使って魔物の死体を動かしてるってこと……?」
「言い方は悪いがまぁ大体そんなもんだな。蜘蛛の感覚と蜘蛛の体、この二つが合わさって初めてこの八つ足が動き出すというわけだ」
もうなんかよくわからないけどそういうものだと納得することにする。
魔血を取り込むと魔物の感覚が身につき魔物の死体も操れる。うん。意味不明だ。
「八つ足以外にもこの短剣も蜘蛛型の魔物の素材で出来ていてな、これに魔力を巡らせると……」
そう言ってアラクネは腰に着いていた鞘から短剣を抜き、柄をこちらに向けた。柄の底には丸い穴が空いているがまさか……。
「こうなる」
予想通り柄の底の穴から糸が噴き出した。
横に転がりなんとかその糸を躱す。
抜けていた腰は気合で立ち直らせた。
そもそも人に向けて糸を噴き出すとはなんたる蛮行。許すまじ。
「ちなみに刃は牙で出来てるから毒がある。低位の魔物なら一瞬でお陀仏だぜ」
そう言ってアラクネは短剣をクルクルと回した。
八つ足に糸に毒。蜘蛛が持っている特性をアラクネは全て使える。人間の形をしているだけでアラクネは蜘蛛型の魔物となんら変わりない。
理屈はわからないが、これはとんでもないことじゃないのか。人間が魔物と同じステージに立っているのだ。
これが魔血の力……。
「魔血は開拓者に必須の代物だ。魔血がなければ俺たち開拓者はただの人間だし、そもそも人類はもう絶滅してるだろう。魔血が開拓者を開拓者たらしめているんだ。これだけは覚えておけよ」
今日一番の真剣な顔でアラクネが言う。
その威圧感に気圧されて俺は何も言えなかった。
「もちろん魔血を取り込むことで身体能力もある程度強化される。動物型の魔血だとその変化が顕著だが、残念ながら俺のは蜘蛛型だ。動物型の変化はお前がその身で確かめろ」
そう言ってアラクネは腕に着いていた筒を一つこちらに投げ渡した。
俺がその身で確かめる……!?