第38話 一尾のオルフェ
開拓者組合を後にして、訪れたのは再びの管理区域だ。
もちろん魔物を狩りに来た訳ではない。先の話を聞いて尚、魔物を狩ろうとするのはただの阿呆だ。
ならば、何をしに来たのか。
答えは一つしかない。
イオの戦闘訓練だ。
だが、ここにいるのは俺とイオの二人だけだ。他に人影はない。
ということはイオの相手は必然的に俺ことオルフェということになる。
対魔物の経験を積む筈なのに何故、人である俺と戦うのか。
答えは、魔力酔いという現象に秘められている。
先程のリリカさんの言葉がヒントになった。
俺を魔物に見立てればいい。
思い出して欲しい。魔力酔いを克服する以前、俺はどのようにして戦っていたのかを。
そう、魔物の様に四足歩行で戦っていたのだ。
魔力酔いの克服とは人間の感覚と魔物の感覚を両立することである。普段は人間の感覚を優先して二足歩行で戦っているが、かつての様に魔物の感覚の四足歩行で戦うことも可能なのだ。
「ということで、これからイオは俺を魔物に見立てて戦ってもいます」
「えーと、本当にそんな方法で大丈夫なんですか?」
訳も分からぬまま管理区域まで連れて来られ、俺を魔物に見立てて戦えと言われたイオは明らかに怪しんでいる。
まぁ、その気持ちは分からなくもない。ていうか俺も正直どうなるか分からない。ただ今の所これ以外に方法がないので物は試しという訳だ。
「やるだけやってみよう!」
「はぁ……」
未だに納得がいかなそうな顔でイオは魔血を取り出す。
それに合わせて俺も狐型の魔血を取り出した。
そして、二人同時に魔血を取り込む。
魔血が体内を巡り、魔力が満ちる。そして魔物の感覚に身を委ねて、四足歩行へと移行した。つい数日前までしていた四足歩行だが、少し懐かしく感じた。
新しい相棒は両手で持たなければ使えないので、今回はお留守番である。使える武器はこの体と伸縮自在の尻尾だけ。例えるならば、簡易版三尾の狐と言ったところか。
「さぁ始めようか。行くぞ、イオ!」
長剣を構えたイオへと勢い良く飛び込む。
動き出しに反応できなかったのか、イオは長剣を振るうことなく横へとステップを踏んでなんとか躱す。
だが残念。その行動は悪手だ。
通り過ぎざまに尻尾を伸ばして横薙ぎに振るう。
突進を躱す事に意識を集中していたイオは尻尾に直撃。強く弾き飛ばされてしまう。
宙へと飛ばされたイオだが、空中で上手く体勢を整えて片手で地面に手を着き、バク転の要領で着地する。
直撃の瞬間に後ろへ体を逸らして衝撃を軽減した様だ。
「結構良い感じに魔物を再現してると思うんだけど、どうかな?」
5mほどの距離を挟み、イオへと問い掛ける。
「そうですね。まるで魔物の様ですよ、オルフェさん!」
喋りながらイオが斬りかかって来る。
長剣が振り下ろされる前に後ろへ下がりながら一回転。同時に尻尾を伸ばして遠心力を乗せた一撃を放つ。
前方を広くカバーする一撃にイオはたまらず長剣で尻尾を受け止めた。
しかし遠心力の乗った一撃を完全に受け流すことは出来ず、長剣が上方へ弾かれる。
その隙を逃さず更にもう一撃。
今度は間合いを詰めるために前方へ宙返りをする様に回転し、尻尾を叩きつける。
長剣を弾かれ体勢を崩したイオは受け止められないと判断したのか横へと転がることで回避した。
なんとか尻尾の二連撃を躱したイオだが、全ては俺の予想通りだ。
横へと転がるイオへ着地と同時に詰め寄り、その細い首へと手をかけてニヤリと笑って告げる。
「俺の勝ち!」




