第33話 鹿の縄張り
箱庭を出てから1時間ほど歩くと目的地である鹿の縄張りに着いた。この二週間で随分と体力が鍛えられたのか、歩くスピードが大分早くなった気がする。
目的地に着いたので早速仕事を始めようか。
鹿の縄張りは大体の広さはわかっているので、今回は土質や川がどこにあるかなどの環境面について調べるのが目的だ。
リリカさんに言われたことを思い出しながら、作業を進める。とりあえず土のサンプルをたくさん持ち帰れば良いらしいので、渡された地図に土を採取したポイントを書き込みながら、危険区域を進んだ。
黙々と土のサンプルを採取し続けて、30分程が経った。未だに魔物との戦闘はゼロである。索敵を上手く活用して遭遇を回避しているからだ。
今日も今日とて使用しているのは狐型の魔血だ。草食型の魔物は肉食型に比べて索敵能力が高いので、鹿の魔物には索敵能力で若干負けているのだが、その辺は身体能力の高さで上手くカバーしている。
ちなみに余談だが、草食型の魔物であっても容赦なく共食いをしたり、人間を食したりする。あくまで元の生き物が草食なだけであり、魔物は全て例外なく肉食だ。
順調に土のサンプルを集めながら縄張りを散策していると、水の流れる音が聞こえてきたので、そちらへ向かうと大きな川に出た。川の幅は15mはあるだろう。深さはそれほどでもないようだ。水は澄んでいてとても綺麗だ。
目的の一つである川の場所を地図に書き込み、他にやることがないかマニュアルを確認する。
マニュアルには川を見つけた時にやることが一覧で載っていた。川の場所、幅、深さ、水質をそれぞれ確認するらしい。更にできれば川の長さも調べて欲しいとのこと。とりあえず幅と深さを地図に書き加える。水質はサンプルを持ち帰れば良いとマニュアルに書いてあるのでそうすることにしよう。
後は川の長さだが、どうしようか。時間にまだまだ余裕はあるし、調べてみても良いだろう。
調べるのは決定として、川を登るか下るか。下りは俺が来た方向なので、縄張りの散策も兼ねて登ることにしよう。
水のサンプルを懐にしまいながら、俺は川を登り方向に歩き始めた。
川沿いを歩き始めて1時間が経った。川幅は多少狭くはなったがまだまだ続きそうだ。登りの傾斜はとても緩やかなので足に疲労はそれほどない。
そして、この1時間で遂に魔物に遭遇した。とは言え、出会ったのは1m程の小さな魔物だ。川でじっと水を飲んでいたので近づくまで気づかなかった。
俺が魔物に気付くのと同時に、向こうも俺に気付いたようだった。
そして、俺に気付いた魔物は戦うそぶりも見せずに一目散に逃げ出してしまった。ポカンとする俺を他所に魔物は森の中へと消えて行った。
どうやら、1mサイズの魔物が逃げ出す程度には強くなったらしい。
魔物でも逃げることがあるという事実に驚きである。
魔物に逃げられてからも川をひたすらに登り続けた。15mはあった川幅も今では5mもない。そろそろ川の源泉が近いのだろう。
川の源泉を見つけたら今日はもう帰ろうかと考えていると、こちらへ近づく何かが索敵に掛かった。
すぐさま聴覚に意識を集中する。距離はおよそ300m程。この速さだと20秒程で出会うだろう。気配は二つだ。
足音から察するに魔物と……、人間か?
どうやら開拓者が魔物に追われているようだ。加勢に行くべきだろう。
遂に新しく作った武器の出番のようだ。
背中に差していた新たな武器を両手に握り締めて、俺は駆け出した。




