第2話 八つ足のアラクネ
開拓者組合を出た男はそのまま箱庭の門へと歩いて行った。
歩いている途中にいろいろ質問をしたが黙ってついてこいとしか言われないので黙ってついて行くことにする。
ついて行くこと3時間ほど。
そろそろ黙っていることに限界を感じ始めていた頃に男がついに立ち止まった。
ここは管理区域のさらに先、危険区域と呼ばれる開拓者のみが立ち入ることのできる文字通りの魔境である。
こんなところに連れてこられて、俺は一体どうなるのだろうか。
「小僧、お前は開拓者についてどれだけ知っている?」
男がこちらに振り返り尋ねる。
「外界を切り開く命知らずな人たちってことくらいしか……」
今まで管理区域で農作業をして生きてきたのだ。詳しい話なんて何も知っているわけがない。
「なんだ小僧。本当に何も知らないのか?よくも開拓者になるなんて言えたものだな」
嘲るように男は言う。
今まで通り平穏に生きていけるなら生きていきたかったさ。それが許されないからこうしてついてきたんだ。
今までの事情を詳しく説明し、開拓者になるしか道がないことを切に説いた。
「なるほどな。まぁ確かに金もコネもないただのガキが生きていけるほど優しい世界ではない。その判断は間違っちゃいない」
男は顎を撫でながら頷いた。
やはり俺の判断は間違っていないらしい。世知辛い世界だ。
「ただし、何も知らないでやっていけるほど開拓者も優しい職業じゃあない。お前に今から開拓者がなんたるかを説いてやる。八つ足のアラクネ様直々の講義だ。感謝して聞け」
八つ足のアラクネ。さっき野次馬たちが口にしていた言葉だ。なんだそれは。
「八つ足のアラクネってなんですか? あなたの名前ですか?」
「自分で言うのもなんだが、八つ足のアラクネって言えばこの道じゃ結構有名なんだがなぁ……。まぁ、あだ名みたいなもんだ。とりあえず今は俺のことだと思ってくれればいいさ。八つ足ってのはな……」
アラクネはそう言うと纏っていたコートを投げ捨て、隠されていた鎧を露わにする。
鎧は白銀に輝いており、背部に奇妙な突起が八つ着いていた。
背中が膨らんでいたからコートの下に何か背負っているのかと思ったらこれのせいだったのか。
「こういうことだ!!」
アラクネは鎧の腕に着いている複数の筒の一つを深く押し込み叫んだ。
瞬間、背面の八つの突起が展開し、まるで蜘蛛の足のように動き出した。
「な、な、なんだそれ!きもちわるっ!!」
あまりの気持ち悪さに腰を抜かし、敬語も忘れて叫んでしまった。
「気持ち悪いとはなんだ。失礼な小僧だな。かっこいいだろうよ」
腕を組み背面の八つの足をわきわきと動かしながらアラクネが言う。
「きもちわるいよ!!ていうかなんで動いてるんだ!?きもちわるっ!!」
「二回も気持ち悪い言うな殺すぞ。これが八つ足のアラクネって呼ばれてる理由だ。わかりやすいだろ? なんで動かせるかって言うと、こいつのおかげだ」
アラクネは腕に着いている筒を一つ引き抜いてこちらに見せてきた。
筒は黒ずんだ赤色をしており、よく見ると中に入っているのは液体で筒が何かの入れ物であることがわかる。
「これは魔血って言ってな、魔物の血液だ」
「魔物の血!? なんだってそんな物騒なものを……」
ドン引きである。開拓者とは、魔物の血液を持ち歩いて悦に浸る異常者だったのか。
というかさっき押し込んだ筒をよく見ると赤色ではなく透明になってないか?
中にあった魔物の血はまさか……。
「お前の思ってる通りこの中に入っていた魔血は俺の体の中だぜ?」
アラクネはニヤリと笑った。