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第28話 嫌な予感は良く当たる

 音が響くと同時に視界の左半分が真っ赤に染まった。左目を切り裂かれたのだろうか。

 残る右半分の視界に、飛び散る俺の血液が映る。


 咄嗟に尻尾を地面へ放っていなかったら間違いなく死んでいた。


 身動きの取れない空中で必殺の一撃を躱せたのは、尻尾を地面に突き刺して自分の体を横へ押しのけたからだ。鎌を振るわれたのが尻尾を攻撃に使う前でなければ、左目ではなく頭そのものを真っ二つに切り裂かれていただろう。


 左目を切り裂かれたのに不思議と痛みは感じなかった。右足の痛みに脳が耐えかねて、痛覚が麻痺しているのだろう。それが今はありがたい。痛みで思考を遮られる事がないのだから。


 どうすればここから勝てるのか、よく考えねばならない。片方の鎌を振るうことが可能なら、残るもう片方も当然、振るわれるだろう。奇跡的に初めの一撃は躱したが、次は躱せそうにない。間合いの外に逃れるべきだろうか。

 しかし、逃れようにも右足からの出血が多過ぎる。さっさと治療しないと失血死だ。魔物から逃げながら治療するなんて器用な真似は俺にはできない。

失血死する前に魔物を倒して治療をする。これしか俺が生き残る道はない。お互いに命に手が届く今この瞬間が唯一の勝機だ。逃してはならない。


 地面に突き刺さっている尻尾を足場として使い、左足を全力で踏み込む。

 回避のために横へ逸れた体を、魔物へと無理矢理に軌道修正した。

 そのまま蟷螂の細い胴体へと飛び込み、勢いを利用して胴体をぐるりと一回転する。片手で尻尾の根元を掴み、もう片方の手で先端側の尻尾を掴む。更に左足を魔物の胴体へ押し付けた。ちょうど魔物の胴体でクラウチングスタートをする様な格好だ。


 さぁ、殺す準備は整った。覚悟しろよ。


 そして、俺は全力で両腕を引いた。


 魔物の胴体が巻きついた尻尾で締め付けられる。魔物の表皮へと尻尾が食い込んでいく。みちみち、と魔物の胴体が押し潰される感覚が尻尾越しに伝わった。

 予想通り魔物の体は柔らかい。


 このまま捩じ切ってやるよ!


 体が徐々に潰される感覚に耐えかねたのだろう、魔物が無茶苦茶に暴れ出した。鎌が何度か体を切り裂くがこの手を死んでも離すつもりはない。


「ガァァアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


 獣の様な雄叫びを上げながら、両腕を思い切り引き抜いた。


 ぶつん、という音が響く。


 魔物の体が、胴体を境に二つに分かれた。


 魔物の体から尻尾が離れて、背中から地面へと落ちた。上から魔物の血液が雨の様に降り注ぐ。

 蟷螂なのに血は赤いんだな、と降り注ぐ血液を見て思った。


 全身から溢れ出る血液と共に、体に残っていたなけなしの魔血(トランサー)が切れるのを感じた。魔血が先に切れていたら、あんな力技はできなかっただろう。何もかもがギリギリの、綱渡りの様な戦いだった。どこかで一つでも選択を誤ったら死んでいた。


 しかし、喜びに浸っている余裕はない。戦いには勝ったが、このままでは失血死してしまう。さっさと右足を見つけて治癒しなければならない。

 5mほど先に落ちていた右足を見つけて、地面を這いながら近づいて右足を掴む。

 自分で自分の右足を持つと、何とも気持ち悪い気分になった。


 右足の切断面同士を丁寧に合わせながら、コートから取り出した飛蝗型の魔血を体に打ち込んだ。

 右足の再生が始まる。余りにも鋭い切断面だったからか表皮はすぐに繋がった。

 豹に片腕を持っていかれた時は腕がくっつくのに一日、動かせるようになるのに更に二日もかかったが、今回はすぐに繋がりそうだ。


 暫くはこのまま動けないが、10匹の魔物を倒したのだ。すぐにアラクネ達が来るだろう。


 この二週間で一番厳しい一日だった。本当によく死ななかったものだ。

 生き残った事実に安堵していると、地面が揺れるのを感じた。


 地震だろうか?


 そう思った直後にまた揺れた。微かにだが、先ほどより揺れが大きい。これは地震ではない気がする。


 ひしひしと嫌な予感がした。


 揺れは止まずにどんどん大きくなる。


 遂に座っているのもやっとな程に揺れが大きくなった時、前方の茂みからアラクネとミストさんが飛び出してきた。


 アラクネは俺を見つけると足を止めて、ぜえぜえと肩で息をしながら話しかけてきた。


「ようオルフェ。よく試験を突破したな」


「本当にギリギリだったよ。もう動けそうにない」


「そんなオルフェに良いニュースと悪いニュースがあるんだが、どっちから聞きたい?」


 悪寒がねっとりと体にまとわりついた。


「……良いニュースから」


「これでお前は一人前の開拓者(ストレンジャー)だ。これからお前の好きな様に生きていけるぞ。おめでとう」


 言葉とは裏腹に、アラクネの表情に祝福の雰囲気は微塵も感じられなかった。


「……悪いニュースは?」


「これさ」


 そう言ってアラクネは親指で後ろへ向ける。


 アラクネの後方へ視線を向けるのと、10mを軽々と超える巨大な蟷螂が木々をなぎ倒して現れたのはほぼ同時だった。


 ……どうやら嫌な予感は見事に的中したようだ。


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