第27話 デスゲーム
魔物は相変わらずこちらへ一歩ずつ近づいてくる。悠然と歩く様は正に強者のそれだ。
魔物とは異なり、俺は足を止めた。10mを維持していた距離が徐々に縮まっていく。穂先の無い槍を魔物へ向けて構えた。
足を止めたのにはもちろん理由がある。
あの尋常じゃ無い反応速度を見るに、遠距離からの攻撃では一撃を与えられそうにないからだ。
遠距離が無理ならば近付くしかない。直撃すれば死亡確定のあの見えない鎌を躱しながら、魔物の懐へ潜り込まなければならない。
策はある。躱せるはずだ。
魔物との距離はもう5mほどだ。覚悟を決めて、槍に魔力を込めつつ駆け出した。
殺傷能力を失った槍で狙うのは頭だ。傷つける事は出来なくとも、生き物の弱点である頭にぶつければ怯ませる事くらいはできるだろう。
魔力を吸収した槍が、尾骨の関節と関節の間を繋ぐ筋繊維の膨張により伸びる。
頭に槍が迫るが、空を切り裂く音と共に槍が再び短くなった。しかし、短くなろうが関係ない。何故ならこの槍は伸びるからだ。更に魔力を込めて柄を伸ばして頭を目指す。再び風切り音が鳴り響き、断ち切られる。構わず魔力を込め続けるが、もう槍はその柄を伸ばす事はなかった。
限界か。よく頑張ってくれた。
今まで俺を支えてくれた槍に感謝しつつ、最後の抵抗として魔物の頭を目掛けて全力で槍を投げつけた。しかし、頭を逸らして苦もなく躱されてしまう。
魔物が再び鎌を振り上げた。
槍は無くなった。
果たして、次に切り裂かれるのは俺か魔物か。
今の攻防の間に腕を伸ばせば届きそうな距離まで近づいた。懐に潜ったと言っても良いだろう。
そして、ここは同時に魔物の間合いでもある。少しでも気を抜けば即死のデッドゾーンに突入だ。
鎌が振り下ろされるのを見てからでは間に合わないのは最初の一撃でわかっている。初めて戦った鼠の魔物の時のように、振り下ろされる直前の筋肉が軋む音から攻撃を先読みして躱すのだ。
ここからは強化された聴覚が俺の生死を分けると言って良い。聴覚に全ての意識を集中させてタイミングを計る。
魔物の筋肉が軋む音を強化された聴覚が拾う。同時に右へステップ。左耳の傍で空を切り裂く音が響いた。髪が数本宙を舞う。
鎌は俺の直ぐ真横に突き刺さっていた。あと一瞬遅れていたら、舞っていたのは髪ではなく俺の頭だっただろう。本当にギリギリだ。冷や汗が噴き出るのを感じた。
何はともあれ初手は無事に生き残った。次を躱せばこっちの番だ。
さぁ、二度目のデスゲームだ。
全神経を聴覚に注ぐ。ぎしりと筋肉が軋んだのを察知した瞬間、今度は左上へ全力で飛んだ。再び空を切る音が響く。
同時に右足首から先の感覚が失くなった。
一瞬の間を置いて、右足に焼けるような激痛が走った。歯を噛み締めて何とか耐える。奥歯がぴしりと割れる感覚がした。
躱すタイミングは完璧だった。ここに来て鎌を振り下ろすスピードが上がったらしい。とことん化け物だ。
しかし、二度目も生き残った。
右足は失ったが、両腕の鎌は共に地面へ突き刺さった。
もう攻撃する手段はないだろう？
その首、頂いたぞ！
空中で体を回転させると同時に尻尾に魔力を込める。遠心力が上乗せされた一撃だ。耐久力の低い蟷螂の魔物では耐えられないだろう。
体が回転することで真下の光景が目に入る。
地面に突き刺さっているはずの切っ先が、こちらを向いていた。
空を切る音が響く。
