第26話 不可視の一撃
魔力を吸収した槍がその柄を伸ばして魔物に迫る。茂みの中からの不意の一撃だ。狙いは先ほどと同様に胴体である。
魔物に直撃するかと思われたその瞬間、こちらを振り向くこともなく、魔物は体を逸らして槍の一撃を呆気なく躱した。
こちらを見るそぶりもなく躱されただと……?
魔物がゆっくりこちらへと振り向いた。
魔物は額から生える二本の触覚を両腕で撫ぜながら、茂みの中の俺を見据える。
恐らく、槍の穂先が空を切る振動をその触覚で察知して躱したのだろうが、明らかに先ほどの2mサイズの魔物より反応が速い。
これは注意しなければならない。先ほどの相手より格上だ。
魔物と目が合う。何の感情も宿っていない無機質な目だ。ギラギラと輝いていた三尾の狐の瞳とはまるで違う。何か薄ら寒いものを感じてゾッとした。
魔物はこちらを視認すると一歩、また一歩と近づいてきた。こちらも槍を収縮させて手元に戻し、茂みから出て魔物と相対する。
改めて正面からその巨体と向かい合うと、その圧倒的な存在感に気圧される。
魔物は俺を何の抵抗もなく両断するであろう、恐ろしいほどの切れ味を誇るその鎌を振り上げると、羽根を広げてこちらを威嚇する。
こちらも槍を握り直して構えた。
先手を打ったのは俺だ。
足に力を込めて右へ駆け出した。槍に魔力を込めてその柄を勢いよく伸ばして魔物を狙う。
両者の距離は10mほど。見る限り魔物に遠距離攻撃の手段はない。この距離からなら一方的に攻撃することができるだろう。
槍の先端が魔物と2mほどの距離まで近づいたその時、穂先が突然、姿を消した。
目を疑うような光景だった。
振り上げていた鎌がブレたかと思うと、風を切る音が聞こえた。その時には既に、槍の穂先は姿を消していた。鎌の切っ先がいつの間にか地面を向いていることから、穂先が切り落とされたというのは何となく理解できた。ただ、切り落とされるその瞬間が全くわからなかった。穂先に元々、切れ目が入っていたかのように自然と落ちていったようにしか見えなかった。視覚が強化されているにも関わらず、鎌が振り落とされるその瞬間が影も形も見えなかったのだ。
先端を失って重さが変わり重心がずれたため、槍は大きく狙いを外して魔物の斜め後ろにある木にぶつかった。勢いを失った槍は地面に落ちる。
地に伸びる槍を縮ませることもできず、俺は驚きに言葉を失っていた。
今まで戦ってきた魔物とは、格が違う。どれだけ速い魔物であっても、その姿が見えないということは一度としてなかった。
見えない攻撃なんて一体どうすれば……。
魔物がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
慌てて槍を収縮させて手元に戻し、後ろへ飛びのいて距離を取った。
そうだ、魔物は待ってなんてくれない。ここは弱肉強食の外界だ。驚いている暇なんてない。
再び距離を取られた魔物だが、急ぐ様子も見せずにそのままゆっくりと近づいてくる。まるで、俺なんていつでも殺せると言わんばかりだ。明らかに格下に見られているが、時間をくれるのはありがたい。
この間にこれからの戦術を練ることにしよう。
現状を冷静に整理するが、戦況はかなり厳しい。槍を失ったのが痛手だった。こちらの残る武装は、コートの下に隠してある尻尾のみ。この尻尾も無策に攻撃すれば、槍と同様に切り捨てられるだろう。必ず一撃で仕留めなければならない。尻尾を失えば、もう俺に打てる手段はない。後は魔血が持つ限り逃げ続けるだけだ。
膠着状態は2分ほど続いた。その間も魔物は特に変わりなく、ゆっくりと近づいてくるだけだった。向こうから何かを仕掛けてくる気配はない。打てる手段のなくなった俺を狩るつもりだ。例え、俺が逃げ回ろうと必ず殺す自信があるのだろう。
こちらの策は決まった。その油断が命取りになることを教えてやる。開拓者を舐めるなよ。




