第21話 箱庭の守護者
「待たせたて悪いな、オルフェ」
何事もなかったのようにアラクネが戻ってきた。
あまりの出来事に酒場のオーナーですら呆然としているというのに、アラクネは相変わらずマイペースだ。
「俺は全然平気なんだけど、むしろあそこで倒れてる奴らの方が心配だよ」
「ちゃんと手加減はしたから安心しな。一時間もすれば目を覚ますだろうよ」
「何だってあんな奴らに構ったのさ。放っておけば誰かしら通報しただろうに」
「開拓者だからだよ。開拓者の不始末は同じ開拓者が責任取らないとな」
周りがようやく立ち直ったのかざわざわし始めた。其処彼処でアラクネというワードが飛び交っている。やっぱり有名なんだろう。
倒れている男達を円形に囲んでいた人混みを掻き分けて、統一された鎧に身を包んだ騎士達がやって来た。
騎士とは箱庭を警備する選りすぐりのエリート部隊である。治安維持も仕事の一つであり、犯罪行為を取り締まるのも彼らだ。
「我々の仕事を取らないでいただきたいな、八つ足のアラクネ殿よ」
先頭にいた騎士が話しかけて来た。
騎士達を率いて先頭を歩いていたから、おそらく隊長格なのだろう。
「暴れているより気絶している奴らの方が取り締まりやすいだろう?」
「気絶した彼らを運ぶのも我々なのだがな。まぁ次からは騎士である我々に任せてくれたまえよ」
そう言うと倒れている男達を肩に乗せて騎士達は去っていった。
「お前らに任せたら問答無用で切り捨てる癖に、何言ってやがる」
去っていく騎士の背中にアラクネが悪態を付いた。
「騎士ってそんな物騒な奴らなの?」
「あの開拓者達、俺の殺気に気付かないくらい酔っ払ってたろ?声を掛けたのが俺じゃなくて騎士でも気にせず殴りかかってただろう」
確かに尋常じゃない殺気にも関わらず、気づく気配もないくらいにあいつらは酔っ払っていた。あれなら騎士達に殴りかかっても不思議じゃない。
「敵対行動を取る開拓者には、騎士達は容赦しないからな。あいつら開拓者が嫌いなんだよ。自分たちを差し置いて賞賛されるなんてありえない!ってな」
「ただの嫉妬じゃん」
「その通りなんだけど、声がでかい。あいつらに聞こえたら捕まっちまうぞ」
「こんな子供でも捕まえるの?」
「開拓者だとわかれば老若男女関係ないぜ。それだけ俺たち開拓者が嫌いなんだろうよ」
「なんだか箱庭も色々あるんだね」
「箱庭にまた一つ詳しくなったな。観光も捨てたもんじゃないだろ?」
「今の出来事は観光と関係ないんじゃないかなぁ」
そう言って俺たちは歩き出した。
それから20分ほど歩くと揺籠学園に到着した。
「ここが開拓者育成学校、揺籠学園だ。まぁ、オルフェは一回来たことがあるから知ってるか」
揺籠学園は開拓者組合と同じように外界へと繋がる門の近くに建っている。
訓練などで外界へ出やすいようにこの立地なのだろう。
「金がない奴に用はないって追い出されたんだよね。開拓者になりたい人なら誰でも受け入れてくれると思ったのに」
「ここは貴族御用達のお坊っちゃま学校だからな。最近じゃ、ここの卒業生は開拓者より騎士になる奴らの方が多いんだぜ?」
「開拓者育成学校を卒業したのに騎士になれるの?」
「そっから説明が必要か。そもそも騎士と開拓者はほとんど変わらなくてな。騎士も魔血を用いて戦うんだ。違うのは戦う場所だけだ。箱庭で戦うのが騎士、外界で戦うのが俺たち開拓者って訳だ」
「箱庭で何と戦うっていうのさ?」
「俺たち開拓者だよ」
開拓者と戦う開拓者が騎士?
どういうことだろうか。
「基本的に開拓者は箱庭内で魔血を使うのは禁止されてるんだが、このルールを無視して犯罪行為に走る馬鹿な奴らが少なからず居てな。こういう奴らを相手にする特別な開拓者が騎士って訳さ」
「なるほど。でも箱庭から出ないなら、外界を切り開く開拓者に比べて目立たないのも当然じゃない?そんなに賞賛されたいなら開拓者になれば良いのに」
「騎士なんてのは殆どが貴族だからな。常に死が付き纏う危険な開拓者なんてやってられないんだろ」
「命を賭ける覚悟がないのにただ褒められたいだなんて、ワガママな人たちだね」
「プライドが高すぎるのさ。こんな窮屈な世界で威張って何が楽しいんだろうな。俺にはわからねえよ」
やれやれと言った具合にアラクネが呟き、歩き出した。
俺もそれについて行き、揺籠学園を後にしたのだった。
これで箱庭観光は終わりらしい。
残りはほとんど住宅街で観るものがないそうだ。
今までは箱庭のことを、魔物に侵されることのない人類の楽園のようなものだと勝手に思っていたけれど、中は中で色々ゴタゴタがあるみたいだ。
今回の箱庭観光で色々と箱庭に関して詳しくなれたので、素直にアラクネに感謝である。




