第20話 ガーデンウォーカー
目を覚ましたのは陽が昇りきった頃だった。
少し寝過ぎただろうか。それだけ疲労が溜まっていたということだろう。体を軽く動かしてみた。未だに痛みはあるが昨日ほど酷くはなかった。これならなんとか動けるだろう。
一日振りにベッドから出る。軽く伸びをしたら胸に激痛が走った。まだまだ体はボロボロらしい。無理はしないほうが良いみたいだ。
よろよろと歩きながら部屋を出る。とりあえずお腹が空いたので開拓者組合の食堂へ向かう。食堂は昼食期だからかそれなりに混んでいた。空いてるカウンター席を見つけてそこに腰掛ける。メニューを眺めて今日の気分と相談しながら昼食を決めた。選んだのはステーキだ。何のステーキかは書かれていないがまぁ食べられればそれで良い。お金に関してはミストさんからアラクネにツケておけばいい、と言われたのでその通りにする。ミストさんがアラクネから許可を得ているかどうかは知らないし関係ない。
一人でステーキを食べているとチラチラと視線を感じた。こんな子供が一人で開拓者組合で食事をしているのはやはり珍しいのだろうか。好奇の視線に晒されながら食事を終えた。謎のステーキは普通に美味しかった。アラクネ、ご馳走様でした。
ご飯を食べ終えた後は医務室へ戻った。医務室へ入ると、そこにはアラクネが居た。
「帰ってきたか。ちょうど探しに行こうとしてたところだったからタイミングが良いな」
「昼飯を食べに行ってたんだ。アラクネ、ご馳走様」
「おい、どういう意味だそれ」
「ミストさんに聞いてみなよ」
「あの馬鹿何をしやがった……」
やっぱりミストさんは許可を取ってなかったみたいだ。頭を抱えるアラクネをスルーしてベッドへ腰掛けた。
「それで今日は何するの?療養って言ってたけどまさか一日寝てろとか言わないよね」
「丸一日も寝てたら体が鈍っちまう。今日は軽くリハビリがてらに箱庭を観光だ」
「観光?なんだってそんなことするのさ。それに秘密兵器とやらはどうなったの?」
「秘密兵器を使うと丸一日動けなくなるからな。その前に体が鈍らないように体を動かそうってことさ」
なんだその物騒な秘密兵器は。使いたくないぞ、そんな代物。
「それにお前が外界には滅法強いが箱庭には疎い野生児に育っちまったら、師の俺様が恥をかくだろ?」
多分そっちがメインの理由だろう。
何か釈然としないものを感じながらアラクネと共に開拓者組合を出た。
今日のアラクネは鎧を身に付けておらず、シャツの上に革素材のジャケットを羽織った普段着姿だった。俺は医務室に用意されていたシャツにズボンというシンプルな格好である。
なぜ今日は鎧を着ていないか尋ねたところ、箱庭で一体何と戦うと言うのか、という至極真っ当な答えが返ってきて驚いた。アラクネでもまともなことが言えるんだな。
表情から考えていることを読まれたのか頭を小突かれた。痛い。
開拓者組合は箱庭から外界へ出る門の近くに建っているので、とりあえず中心へ向かって歩き始めた。
箱庭の中心には大きな城が建っており王様一族が住んでいるらしい。
管理区域で生まれ育った俺には縁のない話であったが、今では開拓者組合とはいえ箱庭に住んでいるのだから、人生何が起こるかわからない。
城までは大きな一本道で道中、あれが俺の行きつけの飯屋だの、あそこの看板娘は可愛いだの、アラクネのためにならないガイドを聞きながら城へと向かった。
一時間ほどアラクネと雑談しながら一本道を歩くと城に着いた。
城は周りを堀で囲まれており、堀には唯一城へと続く大きな橋が架かっていた。橋の手前では険しい顔をした二人の騎士が門番の役割を果たしていた。
ここは魔物のいない箱庭の中なのになんで城を堀で囲んでいるのだろうか。
アラクネに尋ねると苦笑いしながら俺にもわからねえよと言われた。それはそうか。わからなそうだもんな。今度ミストさんに改めて聞くことにしよう。
再び小突かれた。痛い。
堀を四分の一ほど周るとまた大きな一本道が現れた。アラクネ曰く城から四方の門へ向けて大きな街道が通っているそうだ。
ちなみに開拓者組合の近くの門が一番大きく正門と呼ばれているらしい。箱庭豆知識。
この目の前の街道を進むと、俺が門前払いされた揺籠学園へと続いている。
一目見るだけ見に行くかと言われて大人しく付いて行くことにする。
そもそもちっぽけな箱庭だ。観光する場所が城と揺籠学園くらいしかないのだろう。そう指摘するとアラクネは顔を引きつらせた。アラクネも存外表情に出るよな。
揺籠学園へ向かっていると昼間だというのに酒場で騒いでいる連中が居た。酒瓶を片手に大声で喚き散らかす奴らは周りの迷惑など考えてはいないようだった。
そんな奴らを見かねたのだろう、酒場のオーナーらしき人が彼らへ近づき注意をした。
宴会に水を差された奴らは激昂し、一人の男がオーナーの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「天下の開拓者様に文句を付けようってのか!?お前らが箱庭でのんびり暮らせてるのは誰のおかげだと思ってんだ!」
まさかまさかの開拓者だったらしい。なんて品性のない開拓者だろうか。ミストさんを見習ってほしい。いや、あの人も中指立てたりしてたっけな。
アラクネにふと顔を向けると般若のような表情をしていた。漏れ出す殺気に体が震えた。
アラクネが奴らに向かって歩き出す。
俺は怯えて声をかけることもできなかった。
「よう、随分楽しそうなことしてんじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」
アラクネが奴らに話しかけた。先ほどの般若は鳴りを秘めているようだ。
それでも周りの人が怯えるような殺気を放っているというのに、連中は酔っ払っているせいか誰一人としてその殺気に気づいていないようだ。
「ああ?お前も開拓者様に文句があるってのか!?」
連中の一人がアラクネに掴みかかった。
「俺もその開拓者様さ。その態度はちょっと如何なものかと思ってな。ここは弱肉強食の外界じゃなくて箱庭だぜ?」
アラクネはそう言いながら掴みかかってきた腕を払いのける。
「外界も箱庭も関係ねえ!!この世界は強いものこそ正義だ!!」
「そうかい。なら俺がお前らをぶちのめしても文句ねえな?」
瞬間、連中の雰囲気が一変した。もう先ほどまでの酔っ払いではない。開拓者のそれだ。
大口を叩くだけあって俺では太刀打ちできそうにないほどのプレッシャーを感じた。
「良い度胸じゃねえか。望み通りぶち殺してやるよ」
連中で一番の大男がアラクネへ殴りかかった。
二人の体格差は圧倒的だ。
魔血もなしに一体どうする気なのだ。
俺の心配を他所に、アラクネは大男の拳を苦もなく躱すと鳩尾に肘を叩き込んだ。
大男は悲鳴をあげることもなく白目を剥いて崩れ落ちる。
「なんだ、こんなもんかよ。まどろっこしいから全員で掛かってきな」
大男が一撃で倒されたことに愕然とする開拓者達に向けて、アラクネが挑発する。
我を取り戻した開拓者達は、全員でアラクネに向けて殴りかかった。
そこからはただただ一方的な展開だった。
開拓者達の攻撃はアラクネに掠りもせず、逆に開拓者達はアラクネの一撃で昏倒して行く始末。
一人、また一人と倒れていき、一分もしないうちに立っているのはアラクネただ一人になった。
「次からは相手をちゃんと見てから喧嘩を売るんだな」
「な、何者だ……てめえ……!」
辛うじて意識を保っていたリーダー格の男が問いかける。
「天下のアラクネ様だよ」
そう言うと、アラクネはリーダー格の男の鳩尾に蹴りを入れて意識を刈り取った。
この惨状を見て、改めてアラクネが偉大な開拓者だと思い知るのだった。
良い感じに区切れるところがなくて普段の二倍くらいの文字数になってしまいました。




