第18話 見守る二人
時は遡り、オルフェが二尾の狐と遭遇した頃。
双眼鏡を片手にオルフェを見守る二人の影があった。
アラクネとミストである。
「あちゃあ、いきなり二尾かぁ。これは五匹討伐はちとキツイかもな」
「アラクネに出会ったり初戦が二尾だったり、オルフェ君も運が悪いわね」
「おいどういう意味だそれ」
「言葉通りよ」
いつものように険悪な雰囲気になる二人の周りには、数多の魔物の死体が積み上がっていた。
魔物の尻尾の数は少ないものは三尾から多いものは七尾など様々だ。
白銀の鎧と純白のローブは見る影もなく、返り血で真っ赤に染まっていた。
「さて、オルフェはどうやってこの距離を詰めるかな?」
「どうかしらね。今のオルフェくんの装備じゃ、被弾覚悟の特攻くらいしか選択肢がないんじゃない?」
睨み合いをやめた二人はオルフェの様子を伺う。
双眼鏡の先ではちょうどオルフェが魔物を倒したところだった。
「おお、お前の言う通りになったな。まぁそれくらいしか方法がないか。しかし思いの外軽傷で済んだな。もっとボロボロになるかと思ったが」
「真正面から突撃しなかったのが良かったわね。良い判断だわ」
「にしてもあんなガキが毛針の雨に突っ込もうと思えるのがすげえわ。あいつは本当に物怖じしないよな」
「昨日初めて魔物と戦ったとは思えない決断力よね。ちょっと怖いくらい。あなたが期待するのもわかる気がするわ」
「だろう?あの決断力はあいつの大きな武器になるぜ」
二人が話している内にオルフェが一尾の魔物と遭遇した。
「お、次は一尾か。怪我した体でどこまでやれるかな?」
「私は四匹目まで倒せれば良い方だと思うわ」
ミストの言葉が終わらない内に勝負は決まった。
「……撤回するわ。もしかしたら五匹全部倒せるかもね」
「あいつ、昨日より明らかに動きが良いぞ。学習能力高すぎねえか?」
二人があれこれオルフェについて話している内にオルフェは四匹目を倒してしまった。
「一尾とはいえ無傷で三匹も突破するとは思わなかったな……」
「これなら最後が二尾でもなんとか倒せそうね」
双眼鏡の先でオルフェがある方向へ身構えた。どうやら最後の魔物を感知したようだ。
「お、最後の魔物が来るみたいだぞ。何尾が現れるかな」
現れたのは三尾の魔物だった。
「ちょっと!あれ三尾じゃない!まだ残ってたの!?」
「俺たちの索敵をうまく逃れたらしいな。これはちとまずいか?」
「何ぼーっとしてんのよ!さっさと助けに行くわよ!」
「いや、まだ様子を見よう。ギリギリまで戦わせる。格上との戦いは良い経験になるからな」
「っ!本当にまずくなったら私は行くからね!」
二人が見守る中、オルフェと三尾の戦いが幕を開けた。
お互いに様子を見ていたが、痺れを切らした魔物がオルフェに飛びかかる。
オルフェは横へ飛び退き攻撃を躱すが伸びた尻尾に弾き飛ばされてしまう。
「やっぱりあの子に三尾は荷が重すぎるわ!助けに行くわよ!」
「まだだ。あいつの目はまだ死んでない。やる気だ」
反論しようとしたミストをアラクネは目で制した。浮かした腰を下げてミストは再び双眼鏡を覗いた。
視線の先ではアラクネが三尾の連撃をなんとか躱していた。明らかに動きのキレが落ちている。
見ているだけなのが歯痒いのかミストが貧乏ゆすりを始める。アラクネはただじっと戦いの行方を見つめていた。
ここで戦況に変化が起きた。
当たらない攻撃に焦れた魔物が三尾の同時攻撃を繰り出したのだ。
「オルフェ!ここだ!」
ミストが叫ぶ。
声が届いたわけではないだろうが、オルフェはミストの思った通りに三尾の同時攻撃を利用して反撃に打って出た。
「よしっ!やっぱりお前は才能あるぜ!」
「ああ、本当に不安だわ……」
盛り上がるアラクネを他所にミストは貧乏ゆすりを激しくするのだった。
背中に食らいつくオルフェと魔物の応酬は、魔物の自滅で幕を閉じた。
「あの子、本当に一人で三尾を倒しちゃったわ……。信じられない……」
「まさか一人で倒しきるとはなぁ。良いとこまで行くとは思ったが倒せるとは思いもしなかったぜ」
ミストは不安から解放されたのかホッと一息ついた。
「じゃあオルフェ君を迎えに行きましょう」
「……いや、待て。まだ終わってなさそうだ」
「どういうこと?もう魔物は死んだじゃない」
「双眼鏡でよく見てみろ」
ミストはその手に持つ双眼鏡を覗いた。
歓喜に震えるオルフェと倒れた魔物が見えるのみだ。
しかし魔物をよく見ると浅く息をしていることがわかる。
オルフェの方向からでは体に刺さった三尾の尻尾で見えていないようだ。
オルフェが魔物に近づく。
「待て、オルフェ!そいつはまだ……」
アラクネの言葉の途中でオルフェが尻尾に吹き飛ばされる。
不意の一撃にも関わらず、オルフェは器用にも空中で体の向きを変えて受け身を取った。
「なんとか受け身は取ったか……。これだけ距離が開けばなんとか逃げきれそうだな」
「魔物も立ち上がったけど限界みたいね。これならなんとかなりそうだわ。良かった……」
二人は胸を撫で下ろした。
しかし二人の予想は外れ、オルフェは一向に逃げ出そうとしない。
むしろ新たに魔血を打ち込み闘う構えだ。
「何考えてんだあの馬鹿!どう考えたって闘える状況じゃないだろ!」
「アラクネ!急いで助けに行くわよ!」
二人は双眼鏡から視線を外し、走り出した。
二人が現場に着いたのは、ちょうど決着が着いたところだった。
魔物がどさりと倒れ、間を置かずにオルフェも倒れた。
倒れたオルフェはピクリとも動かない。
「オルフェ!!」
アラクネはすぐさまオルフェに駆け寄り、脈を確認する。どうやら気絶しているだけのようだ。
「良かった、気絶しているだけみたいだ」
「生きているのね。本当に良かったわ……」
ミストは安心からかその場にへたり込んだ。
「にしても、こんだけボロボロだってのに良い顔で気絶してやがんな」
「やり遂げたって顔してるわね」
「最後のあれは何か譲れないものでもあったのかもしれないな」
そう言ってアラクネはオルフェを抱きかかえる。
「ミスト、悪いがその魔物を運んでくれないか?オルフェがズダボロになってまで倒した魔物だ。捨て置くのはこいつに悪い」
「あんたがオルフェ君を運んで、私が魔物を運ぶのはおかしいんじゃない?」
「お前の方が力強いんだから仕方ないだろ。頼むよ」
「仕方ないわね。オルフェ君に免じて許してあげるわ」
そう言ってミストは魔物の尻尾を肩に掛けて引きずり始める。
二人はたまに襲いかかってくる魔物を蹴散らしながら狐の縄張りを後にした。
こうしてオルフェの二度目の危険区域への挑戦は幕を下ろしたのであった。




