第9話 とりあえず殴らせろ
天井の染みを数え終わる頃、ようやく二人の言い合いが終わった。
アラクネの顎を的確に捉えた女性の右ストレートが決め手のようだ。勝者、金髪の女性。
地に伏せるアラクネへ中指を突きつける女性に、苦笑いを浮かべながら話しかける。
「あの、話終わりました?」
「見苦しいところを見せてごめんなさいね……」
乱れた髪を整えながら女性が答えた。
アラクネからの返事はない。ただの屍のようだ。
「本当はこの馬鹿の口から謝るべきなんだけど、今はこんなんだから私から改めて謝罪させてもらうわ。とんでもない目に合わせて本当にごめんなさい」
女性は深々と頭を下げた。
アラクネを動かなくさせたのはどこの誰だったかな。
「いやいや、あなたが何かした訳じゃないですし、顔を上げてください」
申し訳なさそうな顔をしながら女性が顔を上げた。
人は良さそうなのに、アラクネに対するあの当たりの強さはなんなのだろうか。
「まぁなんとか生きて帰ってこれましたし、あなたが謝る必要はないですよ。それに多分ですけど、俺が危険区域にいる間はアラクネさんずっと俺のこと監視してましたよね?」
そう、魔血で鼠型の魔物の感覚を得た時に感じたあの場にそぐわない匂い、あの時は走り去ったアラクネの残滓かと思ったけど、本当はどこか遠くでこちらを見守っていたアラクネの匂いだったのだろう。
意識を失う前にアラクネが助けてくれたが、あんなに都合の良いタイミングで現れるくらいだ。どこかで俺の姿を監視していたとしか思えない。
「気づいていたの?」
やっぱりそうらしい。
「渡された魔血が鼠型のもので、強化された嗅覚でなんとなくそれらしい匂いを感じたので、もしかしたらそうかなと思って」
「初めて危険区域に足を踏み入れたのにそんなことまで考えていたなんて、あなたって結構肝が座っているのね」
感心したように女性が言う。
肝が座っているんじゃなくて、死に物狂いだっただけです。
「だろう?オルフェは結構、開拓者の見込みあるぜ」
ストレートから回復したアラクネが立ち上がった。未だに足が震えているのは見なかったことにしよう。
「あら生き返ったのね。ならさっさと謝りなさい」
相変わらずこの女性はアラクネに対して本当に冷たい。
「うるせえ。俺は悪いことなんてしてねえから謝んねえぞ」
ノックアウトされても自分の意見を曲げないとは強情な男である。
女性も呆れて言葉が出ないようだ。
もう勝手にしてくれと言わんばかりに額に手を当てていた。
「オルフェ、よく生き残った。正直、お前がここまでやるとは思わなかったぞ。決意は本物だったみたいだな」
「死ぬかと思ったよ!あんな危険なところに一人で放り出しやがって!!」
もうこの男に敬語を使う気は無いし、遠慮もしない。こちとら死にかけたんだ。
「まぁそう怒んなって。ちゃんと死にそうになったら駆けつけたろ?」
ダメだこいつ話が通じねえ。
とりあえず、その顔を一発ぶん殴らせてほしい。




