序幕 街の終わりと少年の始まり
これはもう、駄目かもしれない。
周りの景色を見て、そう思った。
右を見れば道端に死体、左を見れば壁際にこれまた死体、正面を向けば虎のような姿をした魔物が飛びかかってきた。
両手に握りしめた大剣を勢い良く振り下ろす。魔物の力で強化された一撃は、容易く魔物を一刀両断した。
殺した魔物は数え切れないが、もう100匹は超えている気がする。
大剣にこびり付いた魔物の血を振り払った。
この動作も一体何回目だろうか。良い加減嫌になりそうだ。
この区域に魔物が侵入したという報告を受けて、駆けつけてきたのが1時間前だ。
到着した時点で、この街はもう限界だった。
住民の為に整備された街道は魔物が我が物顔でのさばっていたし、住民の帰る場所であった家からは魔物が死体を咥えて出てきた。俺の姿を見ると、新たな獲物がやって来たと言わんばかりに、四方八方から魔物が襲い掛かって来た。
それからひたすら迫り来る魔物を斬り捨て続けて今に至る。
そら、考え事をしている間に後ろからまた1匹お出ましだ。即座に振り向き大剣で斬り伏せる。
もう30分ほど前から生きている人間の姿を見ていない。視界に入るのは死体と魔物ばかりだ。
昨日まで沢山の住民が暮らしていたこの街は、もう見る影もない。
あれだけ綺麗に清掃されていた街道は、住民と魔物の血で赤黒く染まっている。
壁には逃げ惑う住民のものだろうか、血糊の手形が散見される。手形の主に逃げ延びてくれた事を祈るばかりだが、手形の直ぐ傍の血飛沫を見る限りだと厳しそうだ。
建物の窓は軒並み割れて、至る所から火の手が上がっている。
例えこの街から魔物を駆逐出来たとしても、復興するには膨大な時間が必要だろう。
唯一の希望は死体の数が住民より遥かに少ない事だ。それだけ魔物の腹に収まった可能性も捨てきれないが、希望的観測をしたって罰は当たらないだろう。
そろそろこの街に見切りを付けて撤退しようか考えていると、家の屋根を軽々と超える、小山のような大きさの魔物がこちらへ向かってくるのが見えた。
この大きさは非常にまずい。並の腕では太刀打ちできないだろう。俺が止めるしかない。
こんな所で死ぬつもりはなかったが、俺が死んで悲しむ人間もそう多くはいないだろう。この命で大勢の人間を救えるのならば願ったり叶ったりだ。
そういえば到着して直ぐに、魔物に襲われているところを助けたあの少年は無事だろうか。名前は確か……。
「……オルフェ、だったかな?」
そうだ、オルフェだ。オルフェと名乗っていた。
この俺が命を賭して助けたのだから、オルフェくんには何とか逃げ延びて欲しいものだ。こんな物騒な職業に就かず、結婚でもして幸せに暮らしてくれると嬉しい。
今日初めて会った少年の事を考えていると、一面が黒い影で塗りつぶされた。
さぁ化け物のお出ましだ。
人生最後の大一番、盛大に散ってやろうじゃないか。
新たに魔物の血液を体に打ち込み、俺は駆け出した。