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第六十八話 振り回される二人

 


「北山の旦那、あの屋敷は三千五百石の旗本で、伊沢いざわ忠信ただのぶってぇのが殿様らしいですぜ」


「ふ〜ん。そりゃまた大層なお家だったんだねぇ。

 そこまでのお家だと、ある程度は何をしたって許されるとでも思ってそうだよねぇ?

 次男三男ともなればもっとタチが悪そうだし、あの武家が平気で破天荒な行動をしているのも、家格を考えると頷けるってもんさねぇ?

 でもアレだよ松次しょうじ。同じ旗本の三男でも私のように立派な武士がいる事を忘れちゃいけないよぅ?

 まあ、その伊沢忠信って殿様も、もう少し厳しく躾けてれば違ってたんだろうねぇ?」


「はぁ……」


 北忠のドヤ顔に松次が面倒くさそうに曖昧に頷いている。


 北忠と松次は左官職人の太郎松たろまつの案内で、ここ小川町のとある武家屋敷に来ていた。

 松次は到着するや、武家屋敷の家主の名前などの聞き込みに走っていたのだ。

 これは北忠が一目で町方と分かる出で立ちだったからで、不浄役人と蔑まれる北忠と一緒に聞き込むよりも、自分一人の方がはかどるとの判断だった。

 が、きっとそれだけではないのだろう。

 単に相手が北忠だからに他ならない。


「それにしてもだよ松次。ここらは武家屋敷ばかりだから待つのも一苦労だったし、なによりする事ないから退屈したんだよぅ?

 ま、おかげで太郎松の要望が聞けて、帰りは例の天麩羅蕎麦を食べて帰る話になったんだけどねぇ?」


 ここは小川町でも川を渡れば直ぐに小石川や本郷へ行ける立地だ。

 北忠が言っている天麩羅蕎麦とは、昨日お凛らと行った本郷の屋台を言っているのだろう。


「いえ旦那、あっしはそんなこた一言ひとっことも言ってやせんぜ?」


 太郎松が北忠の話は寝耳に水とばかりに、目をパチクリさせながら抗弁する。


「太郎松、目は口ほどに物を言うって言うじゃないかぇ?

 逆を言えば口より目の方が弁がたつんだよ? わかるかぇ?

 それならせめて口は食べる事に集中させなきゃ、口の存在価値がないじゃないかぇ? そうだろう?

 だからこそ私は、その存在価値を証明する為にも、美味しいものを提供してあげなきゃって思うのさぁ。

 そのお前の目が私にそんな使命感を与えていたって事なんだよぅ?」


 北忠に目を指差された太郎松は、ポカンと口を開けたまま『何言ってんでやすかね、この旦那?』と書いた顔を松次に向ける。

 ただ松次は太郎松には微かに首を振るに留め、


「とにかく旦那、ここいらは身を隠す場所が少ねえんで、取りえずあっこの川べりで休んでる振りでもして、あの武家の出入りを待ちやしょう」


 本来の目的である探索の段取りを口にした。

 松次としてはこれ以上脱線されては堪らないのだ。


「私はこんな形りをしてるんだよぅ? こんな錦絵にでも出て来そうな粋な町方の私が、あんな川べりで休んでる方が怪しいってもんさぁ。何処か他に団子でも摘める手頃な茶店は無いのかぇ?」


「ねえから言ってるんじゃねぇですかぇ。

 旦那はちょいと羽織でも脱いで、少しでも町方と知られねぇ努力をしてくだせぇよ……」


 松次は気乗りのしない北忠に口を尖らせる。

 突っ込むのも面倒だとばかりに、粋な町方云々は聞かなかった事にしたようだ。


「努力ねぇ? そんな中途半端な努力だったらしない方がいいんじゃないかぇ?

 改めて明日にでもしっかり変装して来た方が、下手な努力で気づかれるより余程確実だろう?

 今日のところは屋敷の場所と名前が知れただけでも儲けものだよぅ。松次、手柄を立てたいのは分かるけど、功を急ぐと碌な事がないんだよぅ?」


「…………」


 何を言っても無駄のようだ。


「悪い事は言わないから、今日のところは天麩羅蕎麦を食べて帰るのが一番さぁね?」


 北忠はそう言うや、今日の仕事は終いとばかりに手を打ち、満面の笑みでいそいそと歩き出す。


「ちょ、旦那……」


 こうなったら下っぴきの松次としては従うしかない。


「えーと……」


「…………」


 ポカンと二人の遣り取りを見ていた太郎松が口を開くも、松次は恨めしそうに太郎松を睨みつけるだけだ。

 太郎松は「あっしのせいですかい?」とばかりに、ポカンとしながら自分の鼻頭を指す示す。

 松次はそれには答えずガシガシと乱暴に鬢を掻き毟ると、大きな溜息を一つ残して歩き出してしまう。


「なんだかなぁ〜」


 太郎松は首を傾げながら呟くと、不承不承といった面持ちで二人の後を追うのだった。



 *



「もう、二人とも一体どうしたんですよぅ?」


 みそのが沈黙にたえきれずに声を上げる。

 ただ、その声は可笑しさで震えている。


 永岡と別れたみその達は近くの茶店に入ったはいいが、顔を赤らめながら黙りこくる亜門とお凛に苦笑するしかなかった。

 ただ、注文すら出来ない二人に声をかけざるを得なかったのだ。


「あ、甘いものでも食べますかな?」


「そ、そうね。の、喉も渇いたけど、ちょいと甘いものを食べたい気分かも……」


 みそのの声で慌てて話し出す二人。

 なにやら三文芝居のようなたどたどしさだ。


「もうお茶と一緒にお団子も頼んでおきましたよ?」


 そんな二人に水を差すつもりは無くとも事実を告げるみその。


「そ、そうでしたか。かたじけない……」


「亜門さんもお凛さんも、もう少し肩の力を抜いた方がいいわよ?」


 みそのは『せっかく好きな人と一緒にいるんだしね?』との言葉を呑み込んで笑う。


「それにしてもお凛さんが永岡の旦那と一緒だったなんて本当偶然よね? 良かったわね亜門さん?」


 みそのが悪戯っぽく亜門に話を振る。


「た、確かに……」


「あちきに用があったんですかぇ?」


 恥ずかしそうに認めた亜門に、お凛が覗き込むように問いかける。


「あ、まぁ、いや……用があった訳ではないと言うか……顔が見れて嬉しかったと言うか……」


「あらやだ……」


 またまた顔を赤らめる二人。そして沈黙。


「本当、二人は似ているって言うか、お似合いよね?」


「なっ、お、お似合いって……」「み、みそのさんっ!」


 みそのの言葉にドギマギと返す亜門とお凛。

 みそのはそんな二人には構う事なく、


「それに、お仕事でも亜門さんの画力はお凛さんの力になると思うし、お凛さんが書く読売は人気だから、亜門さんの才能を世に広める事が出来ると思うのよ?」


 と、思いをそのまま口にする。


「お待たせしました〜」


 お茶とお団子が運ばれて来た。

 みそのはこし餡がたっぷり絡まった団子に目を細める。


「ふふ。このお団子みたいな関係かも知れませんね?」


「団子?」「お団子?」


「そう、このお団子よ?」


 みそのが団子の串を手に取って笑う。


「餡はお団子を活かし、お団子は餡を活かしてるでしょ?

 二つの要素が混じり合って単体では成し得ない、幸せな味を作り出してるんですよ。

 二人もそんな関係だと思うんですよ?」


「…………」「…………」


「ふふ。まあ、食べれば誰もがわかる事ですよぅ?」


 みそのはそう言うとパクリと団子をかじり、「んん〜」と唸りながら満面に笑みを浮かべる。


「みそのさんにゃ敵わねぇやっ」


 亜門が照れ臭そうに言いながら団子にかじり付く。


「んまっ!」


 お凛は亜門の素っ頓狂な声に吹き出し、自分もパクリと一口団子をかじる。


「本当にこんな美味しい関係になれるんですかねぇ……」


 お凛が照れ臭そうな笑みを浮かべながらボソリと呟く。


「ふふ。なれるんじゃなくて、自然になってるんですよ?

 これは必然なんですよ、お凛さん。

 色んな味付けがある中、飛び切りの出会いなんです、このお団子と餡は?」


 みそのはそう言うと、美味しそうに団子をかじって茶を啜る。


「とにかくいい機会ですし、お互いの事を良く知る為にも、お仕事を一緒にしてみるといいんじゃないかしら?」


「仕事ねぇ……」「仕事ですか……」


 二人は同時に言うや顔を見合わせる。


「そう難しく考えなくてもいいんですよ?

 例えば弥平さんの死因を究明した読売だっていいじゃないですか?

 亜門さんは元々弥平さんと知り合いだった訳ですし、お凛さんだって、弥平さんに心中騒ぎの真相を聞き出そうとしてたんでしょ?

 この事件は元々お二人に接点がありますしね?

 それに、この前の美味しい食べ物屋さんの事なんかでもいいじゃないですか?

 とにかくお二人に興味があって、それでいて世間の関心を引きそうな事柄を挙げて、一つ一つ形にして行けばいいんですよ。

 そうやってお仕事をこなして行けば、お二人だったら間違いなく結果を残すでしょうし、なにより面白いお仕事が出来ると思いますよ?」


 みそのはそう言うと手に持った団子を二人にかざす。


「では、お二人の素晴らしい門出を祝してお団子で乾杯しますよ?」


「へ?」「は?」


 みそのは目をパチクリさせる二人に構わず、


「かんぱ〜い!」


 と、楽しげに声を上げながら団子をかじる。

 亜門とお凛は困惑しつつも、みそのに押し切られるように団子をかざしてパクリとかじる。

 団子を頬張った三人は沈黙となって咀嚼している。


 そんな沈黙が流れる中、三人の顔には自然と笑みが満ちて行くのだった。



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