第六十五話 追う背中
かなり間をあけての更新になってしまいました…m(_ _)m
「ほう、そりゃ本当かぇ?」
「なに言ってんのさ旦那。これはあちきが足を棒にして集めた情報なんだよ?
疑うんなりゃ、その手代に直接会って聞いてみろってぇのさ!」
「わかったわかった。そんなでけぇ声出すねぇ…」
永岡が耳をほじりながら顔をしかめている。
その横でお凛は口を尖らせ、「全く冗談じゃないってぇんだぃ」と、すこぶるお冠だ。
「まあ旦那。裏は広太にでも取らせやすから、ここはそう言う事にしておきやしょう」
「ちょいと親分っ! そう言う事にしておくってのぁどう言う事なんだぃ!」
智蔵にも目を剥いて突っかかるお凛。
どうにも収まりがつかないようだ。
「まあそう目角をたてるねぇ。
しっかり裏を取るのが俺のやり方なんでぇ。何もお前を信じてねえ訳じゃねぇのさ」
「ぐぐ…だったらだったで、言いようってのがあるじゃないのさっ。
全く、あちきを何だと思ってるんだぃ……」
智蔵の存外真剣な眼差しに、お凛はやっとこさ落としどころを見つけたらしい。
それでもくいくいと襟元を正しながら、大いに口を尖らせているのだが。
「そんじゃ智蔵は裏取りの手配りに走ってくんな。
おい、お凛。お前はオイラをその物乞いの男んとこへ案内しろぃ。散々っぱらつけ回しといて、この期に及んで案内出来ねぇとは言わせねぇぜ?」
永岡が仕切り直すように口を開くと、智蔵は「合点でぇ」と威勢よく頷き、お凛はニヤリと目を細めた。
「なんでぇその面? オイラを案内すんのかしねぇのかはっきりしろいっ」
「案内するに決まってんじゃないのさっ。
ふふ。なんかんだ言って、旦那もこのお凛さんと一緒にいたいんだなって、そう思ったまでさぁね?」
「ちっ、おきゃあがれってぇんでぃ。馬鹿言ってねぇで、さっさと案内しろい」
永岡はほとほと面倒くさそうに言うと、智蔵に助けを求めるような目をしつつ、仕事に取り掛かるよう目配せをする。
「では旦那。繋ぎは手薄なんで、何かありやしたら番太郎を走らせるかも知れやせんが、旦那も何かごぜぇやしたら番屋に言伝を残しといてくだせぇ」
「おうよ。今日は皆出払ってて、広太くれぇしか手すきがねぇもんな?
まあ、取り敢えず今日んとこは、火急の用はねぇはずでぇ。
それに互ぇの用が済みゃ、きっといい刻限になるってもんよ。特段何も無けりゃ『豆藤』で落ち合うとしようぜ?」
永岡が応えると、智蔵は「それもそうでさぁね」と笑い、お凛には「お凛、旦那にゃ粗相のねぇようにするんだぜ?」と眉を寄せて言い放った。
それに対して、お凛はニヤリと余裕の笑みで応える。
「…………」
智蔵は不安を抱えつつ永岡へ苦い顔で頷くと、歳を感じさせない身軽さで踵を返した。
「じゃあ旦那。遅れずにあちきの後についてきておくれよ?」
今までと逆転した形に気を良くしたのか、お凛は足の運びとともに両肩をぴょこぴょこ揺らし、すこぶるご満悦の様子で歩き出す。
「ちっ…」
そんなお凛の後ろ姿に永岡は舌打ちするも、お凛の肩の動きに合わせるように、首をフリフリお凛の背中を追うのだった。
*
「おっ。待ってましたぞ、みそのさん」
みその達を認めた善兵衛が声を弾ませた。
小握り屋の店先に立つ善兵衛は、まさに鶴の如く首を長くしている。
善兵衛の隣には先日の訪いと同じ顔ぶれも認められる。
この小握り屋で手間賃働きをしている、おちさと半助だ。
おちさは三十路ほどの女で、半助は未だ十六、七ほどに見える若い男だ。
小握り屋には総勢六名ほどの働き手がいるのだが、この二人は中でも物覚えが良いと言う事で、前回に引き続き顔を揃えていた。
そしてもう一人、額に汗を浮かべている男が立っている。
甚右衛門の息、甚平だ。
甚平の着物は、ずっしり重そうに見えるほどに汗で濡れている。
これはみその達に先行して、食材を買い揃える為に走り回っていたからだ。
今日のみそのは、新たなチャーハンのメニューを披露する事になっていた。
しかし、言ってもチャーハンである。
多少の材料の違いはあるにせよ、作り方はそう変わらない。
みそのは今回も前回同様、作業場にある食材を使って実演し、違いを口で説明するつもりだったのだが、甚右衛門の要望により、なるべくレシピにある食材を使って実演することになったのだ。
そう言った訳で、甚平は急遽食材集めに駆り出されたのだった。
ただ、そんな訳で今日はお加奈の顔が見えない。
甚右衛門と甚平の二人が他出する事になったので、今日のお加奈は『丸甚』で店番をしているのだ。
『そんな風に出迎えられると、なんだかプレッシャーよね……』
みそのは満面の笑みで出迎える面々を前に、内心では苦笑を漏らしてしまう。
「お待たせしました善兵衛さん。それに甚平さん、ご苦労さまでした」
みそのはまず善兵衛に声をかけてから甚平を労った。
甚平はその一言ですっかり疲れも取れたようで、蕩けるような笑みを浮かべる。
「半さんにちゃーちゃん、前回の手順は覚えていますね?」
「はい!」「ええ、ええ。何度も半さんと練習したんですよう」
前回仲良くなった二人にも声をかけると、半助は元気良く応え、おちさは自慢するように胸を張ってみせた。
「ふふ、では早速取り掛かりましょうか?」
心強い助手のおかげでプレッシャーも霧散したのか、みそのの顔にも笑みが浮かぶ。
空腹のお百合や順太郎、亜門たちの顔にも伝染するように笑みが浮かんでいく。
やっと昼餉にありつけるのだ。
皆の顔がその喜びに溢れるのも当然だ。
甚右衛門と善兵衛だけはまた違う、守銭奴然とした喜色の笑みを浮かべているが。
*
「いやぁ〜、コイツは美味いっ!」
亜門の唸り声が狭い作業場に響き渡る。
お百合も順太郎もそれに頷くように、コクコク頭を揺らしながらチャーハンを掻き込んでいる。
甚平は染み染みと頷きながら食べ、おちさと半助は目を丸くしながら、二人で頷き合うようにして食べている。
自分たちの仕事を誇らしく思っているのだろう。
甚右衛門と善兵衛はニチャっとした笑みを浮かべ、二人で視線を交わしながら満足げに頷いている。
亜門の声があがるまで黙々と食べていた一同は、亜門の声を皮切りにコクコク頭が動き出したのだった。
「下準備や味付けに少々違いはあるにせよ、作る手順はさして変わらないのはわかったかしら?
あとはもう練習あるのみね?」
「はい!」「こんな美味しいものをこさえる事が出来るんなら、練習のし甲斐がありますよう」
「その練習する日にゃ俺も呼んでおくれな?
たんと食ってやっからよう?」
二人は亜門の言葉に呆れたように笑うも、何かを掴んだようで、とても嬉しそうないい笑顔を浮かべている。
後にこの二人が独立し、『ちゃー半』という店を構える事になるのだが、それはまた別の話だ。
今は希望に満ちた顔で純粋にやり甲斐を覚えている。
今日の新しいメニューは次の通りだ。
・エビチャーハン
芝海老を塩茹でしたものを使用したものと、殻ごと素揚げしたものの二種類。
塩茹での方は塩味ベースで、素揚げの方は醤油味で予めラー油を少し垂らしている。
・アサリチャーハン
こちらもむき身と殻ごと使用したものの二種類。
むき身の方は薄っすら醤油味で仕上げ、殻ごとの方はニンニクと唐辛子を効かせて炒めたペペロンチーノ風。
・小松菜チャーハン
小松菜の漬物と卵のみのシンプルな味付け。
こちらはお好みで白髪ねぎのラー油和えを載せて食べている。
・納豆チャーハン
こちらも納豆と卵のみを使用して醤油で味を整えている。
はじめは顔をしかめていた面々だったが、食べてみると意外や美味いと好評の代物。
この他に鶏そぼろチャーハンのレシピもあったのだが、今日のところは鶏が手に入らず作ることは叶わなかった。
こらはレシピを渡し、おちさと半助の二人に練習してもらう事になっている。
「いや〜、美味かった!
それにしても、あれだな? なんならみそのさんがこの焼き飯屋をやった方がいいんじゃねぇのかぃ?
こいつぁ絶対流行るぜ?
みそのさん、今からでも遅くねぇや。きっと商売繁盛間違いねぇから、是非ともそうしねぇ?」
「ふふ、私は他にやる事もありますし、これはこちらで商ってもらうのが一番なんですよ
?」
みそのが亜門の言葉に笑いながら返すと、
「そ、そうですぞ亜門殿っ。みそのさんはお忙しいお方なんですから、余計な事を仰らないでくだされ!」
「そうそう、我々はみそのさんの手足となって商うようなものなのです。
謂わばみそのさんの商いと言っても過言ではないのですから、余計なお言葉は謹んでくだされ。お願いしますぞ!」
善兵衛、甚右衛門と、二人の守銭奴が後を続ける。
「とか言って、みそのさんには上がりを納めねぇんだろぃ?」
「………………」「………………」
亜門の言葉にぐうの音も出ない善兵衛と甚右衛門。
「いいんですよ、亜門さん。私はこちらにラー油を卸しますので、そこで儲けさせていただきますのですからね?」
「そんなもんこの焼き飯の上がりを考えたら儲けの内に入らねぇや。
みそのさん、やっぱり考え直した方がいいぜ?」
亜門の考えは変わらないようだ。
みそのは苦笑いをし、甚右衛門と善兵衛は引きつり笑いを浮かべている。
きっとここにお加奈がいたら、上がりをしっかり納めるよう進言したに違いない。
しかしお百合や順太郎に甚平は、そんな事には頓着せず、純粋に美味しい昼餉にありつけた喜びの笑みを浮かべている。
そしておちさと半助は希望と自信に満ちた笑み。
みそのはそんな幸せそうな表情の面々を、満足げに眺めている。
美味しいものは人を幸せにするのだ、と。
*
「みそのさん、そうしましたら申し訳ございませんが、我らは早速武具の方を当たってみます」
「そうですね。私の方は亜門さんがついてくれますし、早い方がいいですからそうしてください」
みそのが笑みとともに順太郎に応えている。
小握り屋の作業場を出たみその達は、みそのと亜門、順太郎とお百合の二組に分かれることになったのだ。
順太郎は警護を兼ねて同行していただけに、心底申し訳なさそうである。
と言うのも、みそのはチャーハンのレシピの他に、現代の剣道の武具を絵に描き、参考資料として用意していたのだ。
順太郎の道場は子供が通う予定になっているので、安全面を考えれば現代の剣道の武具が打ってつけだと思っていたみそのは、密かに武具の絵を描いていたのだった。
食後に絵を受け取った順太郎は興奮し、あれこれと材質などをみそのと相談していた。
そして善は急げとばかりにみそのは、順太郎達にこの足で武具職人のところへ行く事を勧めていたのだった。
みそのはこの後、永岡を探して先ほどのお凛の件を報告するつもりだ。
そこへ亜門が警護を買って出てくれたと言う訳だ。
「おう、みそのさんは俺に任せてくんな」
「ありがとうございます、亜門さん。ではみそのさんを宜しくお願いしますね」
亜門が胸を叩くと、お百合がそう言って深々と頭を下げた。
正吉を追い立てた手前、みそのから離れるのに負い目があるのだろう。
「ふふ。大丈夫よ、お百合さん。亜門さんはこう見えて、とっても強いんですからね?」
みそのの言葉に満更でもない顔で顎を撫でる亜門。
しかし亜門、本業はいつやるのだろうか。
一日の稼ぎなどなんのその、先ほどからひょいひょい付いて来ている。
「いい職人さんに出会えることを祈ってますね?」
「ありがとうございます。みそのさんも永岡様と直ぐに出会えるといいですね?
では亜門殿、みそのさんを宜しくお願いいたします」
順太郎が亜門に深々と頭を下げる。
「浪人とは言え、侍が往来で町人風情に頭なんざ下げるもんじゃねぇぜ?
みそのさんの事ぁ心配するねぇ。順太郎さんはいい武具を作る事だけ考えればいいのさ?」
亜門が慌てて順太郎の頭を上げさせ、照れ笑いを浮かべながら告げる。
そして順太郎と目が合うと、笑いを引っ込めた真剣な目で頷いてみせた。
「じゃあ、愛しの八丁堀の旦那を探しに行きやすかぇ?」
亜門がわざとらしく自棄気味に言って歩き出す。
みそのは順太郎とお百合に肩を竦めて笑ってみせ、「じゃあまたね」と手を振ると、小走りに亜門の背中を追うのだった。
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