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第三十五話 話のネタと蒔いたタネ

お読みくださり、ありがとうございます。


そろそろ毎日が難しくなって来ているのですが、今日から予約投稿の時間を18時に早めてみました。


夕食前に是非 m(_ _)m







「みーさんや。あんな風に言うものじゃありませんぞ?

 あれではいくら何でも、永岡様が可哀相じゃありませんかぇ?」


「いいんですよ、すーさん。

 あのくらい言っておかないと、後であれこれ小言を言われるに決まってるんです。

 作戦ですよ作戦。それに、永岡の旦那はあんなんで怒ったりくよくよしたりなんかしませんから、可愛そうな事なんてないんですよ?

 ふふ、あの永岡の旦那が、そんな柔なはず無いじゃないですか?」


「そんなもんですかねぇ?」


「ふふ、そんなもんですよ、すーさん?」


 二人は目を合わせてクスリと笑っている。

 あの後、自身番を後にしたみそのと酔庵は、当初の予定通りに、お百合のところへと向かっていた。


 しかしみその達が弁天一家へ着いてみると、通りの掃き掃除をしていた正吉に出くわし、


「いやぁ、せっかくいらしてもらいやしたのに、またもやどうもすいやせんねぇ。

 お嬢は直心影流の長沼道場へ行くとかで、例の若先生とお出かけんなってやすぜ?

 何でもみそのさんから防具の視察がてら、若先生を稽古へ連れてけって言われたってぇ、話しでやしたが、そう言うこっては無いんでやすかぇ?」


 と、眉を下げながらすまなそうに説明された。

 どうやら、また入れ違いになってしまったようだ。


「うぅん…。

 まあ、言うには言ったのですけど、待ち切れなかったみたいね…」


 みそのは苦笑しながら正吉へ応える。


 実はみその、正吉がお百合から聞いたように、お百合には長沼道場への視察の話しをしていたのだが、自分も一緒に行って、二人を案内するとの話であった。

 お百合は順太郎との二人の時間を確保する為に、上手い事この話をネタにしたようだ。


「そしたらみーさん、二人の邪魔をしてもなんですし、今日のところは引き上げますかね?」


 酔庵も話しを聞いて全てを察したようで、みそのに帰るよう声をかける。

 と、その時、


「あっ」


 と、みそのが酔庵の後方を歩く男を見て声を上げた。


「ん?」


 酔庵もみそのの視線に気づき、振り返ってその男を目にする。

 酔庵はその男の剣呑な風貌に眉をひそめ、


「みーさん、あれは誰ですかな?」


 と、今までと違う声音で囁きかけた。


「す、すーさん、例の茶店で絡んで来た男ですよ…」


 みそのも声音を落とし、目で男の姿を捉えながら囁き返す。

 男は茶店でみそのに絡んで来た男だったのだ。


「み、みーさん、まさか…」


 酔庵はみそのの様子に嫌な予感を覚え、不安な声を上げると、みそのは逡巡を見せながらもコクリと頷いた。


「あの男は一体いってぇなんなんでやすかぃ?」


 二人のただならぬ様子を見た正吉が、男を横目に見ながら聞いて来る。


「いえ、八丁堀の永岡様が捜している輩の一人でしてね。みーさんは茶店で一度絡まれたようで、それで連中の顔を見知ってるのですよ」


 みそのの代わりに酔庵が正吉に応えると、


「永岡の旦那は、あの男の顔を知らないんです。だから私が教えてあげないと…」


 と、みそのは男を見据えながら、酔庵の言葉に続ける。

 それを聞いた正吉が声高に、


「いやぁ、悪いねどうも。

 丁度さっき出かけたばかりでやしてね?

 いらしたこたぁあっしから伝えておきやす。へぇ」


 と、みそのの話を無視したように返すので、みそのは正吉に目を向けて眉をひそめる。

 が、次の瞬間、みそのはその意図を直ぐに理解した。

 男が通り過ぎ様、みそのをジロジロと睨め付けて行ったのだ。

 みそのはゾクリと冷たい物を感じる。


「姐さん。ありゃ、やめといた方がいいですぜ?」


 男をやり過ごすと、正吉が再び口を開いた。


「そ、そうですな…。

 みーさん、先ほど永岡様から釘を刺されたばかりですし、あの男は、ちと厄介な感じですぞ?」


 酔庵も正吉の意見に同調する。

 今も男はチラリと振り返り、その鋭い目をみその達へ向けている。


「やけに警戒されちまってやすしねぇ。

 やめときやしょう、姐さん」


 正吉は首を傾げて歩いて行く男を見ながら、もう一度みそのへ釘を刺す。

 それを聞いたみそのは、


「そ、そうね…」


 と、男に睨まれた事もあり、恐々としながら頷いた。

 流石に茶店で怒鳴られた記憶が蘇り、無謀を自覚したのだろうが、みそのは男が歩いて行く先を見て、昨日の佐吉の裏長屋ではないかと予測して、後は北忠達に任せれば良いとの思いも浮かんだのだった。

 北忠達が詰めている事は、先ほど自身番で永岡から聞いている。

 みそのはそう納得させ、気持ちを入れ替えると、


「では、すーさん、今日はどうしましょうかね?」


 と、今日の予定を酔庵へ問いかける。


「では、また庄さんのところヘでも行きますかな?

 今日は客人が来るとの事でしたから、みーさんにも庄さんの腕前を見て頂く、良い機会でもありますしね?」


 酔庵は良い案が浮かんだとばかりに提案すると、


「すーさん、それはあれでしょう?

 その後で、昨日の負け越しを取り戻したいのでしょ?」


 と、みそのは酔庵を覗き込むように目を細めた。

 みそのは今朝、酔庵から昨日の首尾を聞いていて、その時に酔庵は、庄左右衛門との再戦を口にしていたのだ。

 酔庵は悪戯を咎められた子供のように、上目遣いでみそのを見ている。


「そうしましたら、すーさんは庄さんのところヘ行ってくださいな。

 私はこの時間ですし、直ぐに帰る事になってしまいそうだから、今日は家に帰って、甚右衛門さん達の件を色々練ってみようと思います」


 みそのがそう言うと、酔庵は残念そうにしながらも、


「そう言えば、みーさんにはその話もあったのでしたな。

 まあ、私なんぞと四六時中一緒に居ては、そう言う時間も取れませんものねぇ…。

 では、今日のところは、そう言う事にしましょうかね?」


 と、割りかしあっさりと応えるのだった。

 なんだかんだ酔庵も、昨日久々に碁を打ってみて楽しかったのか、負けず嫌いなところが出たのか、今日は駄々をこねずに、すんなり認めたようだ。


「でもみーさん、あの男の事は捨て置くのですぞ。いいですかな?」


 聞き分けの良い酔庵は、みそのに釘を刺す事を忘れずに、目を細めてみそのを見て来る。

 みそのはその仕草にクスリと笑いながら、


「分かってますよ、すーさん。

 きっとあの人の行き先には、永岡の旦那のお仲間が見張ってますから、その方々にお任せすればいい事ですもの」


 と、先ほど思った事を口にする。

 それを聞いた酔庵は拍子抜けしたように、


「なんだ、みーさん。行き先に見当が付いていたのですかぇ?

 なれば跡をつける事も無いですな。良かった良かった」


 と言って、一安心するのだった。

 みそのはそんな酔庵へ笑って応える。

 そして正吉にお礼を言って、お百合に宜しくと別れを告げていると、酔庵が思い出したように、


「ああ、そうだみーさん。例の献立が出来ましたら、私にも試食させてくださいよ?」


 と、みそのにせがむ事を忘れなかった。

 酔庵は楽しみが増えてご満悦だ。


「では、明日もし良かったら、奉行所の帰りにでも寄ってみてくださいな?

 もし出かる前だったら、先ずはすーさんに味を見てもらいますよ?」


 みそのはそう言って酔庵を喜ばせ、いよいよ弁天一家を後にするのだった。



 *



 みそのは弁天一家を後にすると、酔庵とも両国橋を渡ったところで別れていた。

 そして、ゆるゆると散歩するように家路についていると、向こうから源次郎が歩いて来るのが目に入った。


「あら、源次郎さん、もしかして私に用があります?」


 みそのは先日の事があったので、源次郎が口を開く前に聞いていた。


「ふふ、その通りで御座るよ」


 源次郎は出鼻を挫かれる形になり、頰を緩めながら肯定する。


「しっかし、源次郎さんはどうやったら、この広い江戸で人探しなんか出来るんです?

 何か秘訣とかあるんですか?」


「ふふ。既に上様は、みそのさんの仕舞屋でお待ちであられる。

 悪いが、少々急いで頂いても宜しいかな?」


 源次郎は、みそのの問いを笑いで誤魔化し、用向きを口にしながら体を入れ替え、みそのと並んで歩き出した。


「新さんがもう家に?」


「うむ。何やら伝える事がお有りだとかで、四半刻程前からお待ちで御座る」


「文とか源次郎さんへ言付けでも無く、直接話す事って何かしら?

 昨日繋ぎを付けた事かしらねぇ…。

 将軍様って案外暇なのかしら?」


「ふふ、上様も息抜きになっておられるので、そう勘繰らずにお会いしてくだされ」


「でも、勝手に人の家に上がって待ってるって言うのもねぇ…。

 まあ、この江戸は新さんの物でも有るのだから、これは仕方無いのですかね? それに、外でポツリとお待たせするのもなんですしね?

 ところで新さんって、お茶とか一人で淹れられるのかしら? 飲まず食わずで待たせてると思うと不憫よね? その辺の身の回りのお世話をするお方は、一緒じゃないんですか?」


 またみそのの質問責めが始まり、源次郎は苦笑で相槌を打ちながら歩いている。

 みそのも然程答えを期待している訳でも無く、ただ一方的に話して満足しているようだ。

 苦笑でも相槌を打ってくれる相手が居るだけ、独り言にならずに済んで良いのかも知れない。

 こうして、それでも源次郎がポツリポツリと答えながら、かろうじてみそのは独り言にならずに会話していると、あっという間に仕舞屋へ到着したのだった。


「おぅ、帰ったかぇ?」


 みそのが家へと入ると、新之助は一人で佃煮を肴に酒を飲んでいた。


「帰ったかぇ? って、新さん。ちょいとくつろぎ過ぎなんじゃないですか?

 一人寂しく、ひもじい思いでもしてるかと思ってたのに…。心配して損しましたよう」


 みそのの心配もなんのその、新之助の一人楽しむ姿に、みそのは半ば呆れてしまと、


「ふふ、悪い悪い。流石に口寂しくてのう?

 勝手にやっておったわぃ」


 と、新之助は悪戯小僧のような笑みを浮かべ、動じる事なく言って酒を呷る。


「ふふ。まあ、その方が私も良かったのですけどね…。

 新さん、今日はお時間あるのですか?」


 みそのは肩透かしにあいつつ小さく笑うと、先日は慌ただしかった事を思い出し、新之助の予定を聞いてみる。


「うむ。今日は角兵衛を呼んでおるで、暫くは居るつもりじゃよ」


「角兵衛さん、ですか?」


 新之助から出て来た名前に、みそのは不思議そうに首を傾げて聞き返す。


「ああ、そうじゃったな。

 角兵衛とは、ほれ、先日話した加納久通の事じゃ。顔合わせも兼ねて、ワシの町歩きに理解を示してもらおうと思ってな?

 何か美味い物でも食わせて、機嫌を取ってくれんかの?」


 新之助は悪戯っぽく言って片目を瞑る。


「加納久通様と言えば、順太郎さんの出稽古先のお方じゃないですか?!

 そうならそうと、前もって言ってくれないと困りますよう…」


 みそのは新之助へ口を尖らせながら非難するも、


「じゃあ、丁度今朝の残りご飯で、新しい献立を試そうと思っていたのですが、そんなんで良いですかね?

 あとは、その佃煮で繋いでくださいな。加納様には日を改めて、ちゃんとおもてなしさせてもらいますので、新さんからも、そうお伝えくださいね?」


 と、久通には後日の饗応を約して勘弁してもらい、予定通りの試作で済ましてしまおうと、瞬時に切り替えたらしい。


「うむうむ。十分じゃ。この酒と佃煮だけでも、角兵衛は喜ぶじゃろぅ。

 しかし、新しい献立とは、どのような物なのじゃ?」


 新之助も元々特別な事は望んでおらず、逆に新しい献立と聞いて心を踊らせたようだ。


「どのような物と言われましても…。

 まあ、新さんも一緒に楽しみにしていてくださいな? ふふふ」


 みそのはチャーハンの説明が面倒で、後のお楽しみとばかりに笑って誤魔化した。

 そしてみそのが、「では用意をして来ますね?」と、声をかけて部屋を出ようとすると、


「ああ、料理に入る前に、少し良いじゃろうかぇ?」


 と、新之助がみそのを呼び止めた。

 みそのが、「何かしら」と言った具合に首を傾げると、


「なに、角兵衛が来る前に、ちっとばかし話しておきたい事があるのじゃよ。

 お前さんもそこへ座って聞いとくれ?」


 と、新之助は、より砕けた口調でみそのを自分の前へ座らせた。


「この文の事なんじゃがな?」


 そう言って新之助は、一枚の折り畳まれた書状をみそのの前へ滑らせた。


「何です?」


 みそのは怪訝な顔をしながら文を開くと、更にその眉が寄って行く。


「その子の父親と言うのは、どうも病気らしくてな?

 母御も早くに亡くなっておるのじゃよ」


「へ?」


 新之助の次なる言葉に、みそのは訳が分からず、思わず妙な声で相槌をしてしまう。

 みそのが開いた書状には、たどたどしさの残る仮名文字で、「しごとくれ」との文字と、所在と名前しか書いていなかったのだ。


「その子は妹も居ってな?

 今は町場で御用を聞いて回って、駄賃をもらったりしながら、何とか暮らしを支えておるのじゃ」


 新之助は、みそのに構わずに話しを続ける。


「中々健気な子じゃろ?

 未だ七つとの事じゃ。そうそう出来る事では無いものよう」


 新之助は遠くを見つめるようにして、感じ入る。


「お前さんは、どう思うね?」


「ど、どう思うって、確かに健気な良い子で、立派だとは思いますけど…。

 ちょ、ちょっと良いですか?」


 おもむろに意見を聞いて来た新之助に、みそのは相変わらず意味が分からず、答えはするも、堪らずに一旦話しを切った。


「この文と今のお話が、関連してると言うのは想像が付くのですが、この文は何で新さんが持っていて、そしてこれが私と、どのような関係があるのですか?

 もしかして、この文の子供は、私の知り合いの子供か何かなのですか?」


 と、見えない話しを、仕切り直すように問い正す。


「ん? まあ、この子はお前さんとは関係の無い子なんじゃが、何でワシがこの文を持っているかを考えると、あながち関係が無い話しでも無いのじゃよ?」


 との新之助の言葉に、


「…と、言いますと?」


 と、みそのは益々眉を寄せながら聞き返し、首を傾げている。

 新之助は、そんなみそのに声もなく笑い、


「これはあれだ。目安箱に投書された目安状じゃ」


 と、言い放つと、したり顔でみそのを覗き込む。


「…………え?

 それだけですか?」


 みそのは話の続きが無いので、思わず前のめりに聞き返し、


「目安箱くらい私も知っていますけど、それと私と何の関係があるんですか?」


 と続けて、新之助の説明不足に眉を寄せる。


「いつだったかお前さんは言ったろぅ?

 町の者はワシの子も同然で、その声を耳に入れんとは親として失格とな?

 それでああして目安箱を置いて聞いておるのじゃよ。

 お前さんの言葉がきっかけで設置したのじゃ、お前さんにも関わりがあるじゃろうに」


「はあ?」


 新之助の言葉に、みそのは頓狂な声を上げるも、


「じゃから言い出したお前さんが、この子の面倒を見ないでどうすると言うのじゃ?」


 と、新之助はみそのの困惑を無視して畳み掛けた。


「えぇーっ、な、何でそうなるんですかぁ!?」


 みそのは仰け反るようにして驚きの声を上げた。



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