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第三十四話 備えあれば憂いなし



「ほうほう、それはまた厄介な輩なのですなぁ。

 でもみーさん。だからと言って、もうこんな事はおよしなさいよ?」


 酔庵はみそのと尾行しながら事のあらましを聞き終え、窘めるように口を開いたのだった。

 あれから二人は順調に尾行を続け、今は霊岸島までやって来ている。


「そうなんですけどねぇ…。

 でも永岡の旦那の為になると思ったら、やめられないのよねぇ?

 とは言いつつ、このスリルが堪らないってのもあるんだけど…」


「す、すりる? なんですかなそれは?」


 みそのは酔庵に言い訳をしつつ、つい横文字を使ってしまい、酔庵が不思議そうな顔を向けて来る。

 みそのは自分の失言に気づいて、


「あ、いえ、掏摸みたいで堪らないって言う意味ですよう?

 不謹慎ですよね、ごめんなさい…」


 と、慌てて誤魔化すが、


「いやいや、そうですな。

 実は私も、先ほどから年甲斐も無く、その掏摸ると言うヤツで、ゾクゾクしていたのですよぅ。

 偉そうに言っておいてなんですがな?」


 と、酔庵はみそのと同じように、このスリルを楽しんでいたようで、バツが悪そうに語って破顔してみせる。


 そうこうしている内に、前を行く佐吉の歩みが変わり、一軒の茶屋の中を覗くようにして立ち止まった。


「みーさん、あの佐吉と言う男は、どうやらあの茶屋に用事があったようですな?」


 みそのと二人で用水桶の陰に隠れながら、酔庵は岡っ引きにでもなったように、楽しげに声をかけて来る。


「あの茶屋に、どんな用事なんでしょうねぇ?」


「いや、みーさん。あれは出会茶屋ですから、用事もなにも分かり切った事ですよぅ」


 酔庵が曰く有り気に返していると、佐吉はお目当てを見つけたのか、ひょいと中へと入って行った。


「あ、中へ入りましたねぇ?

 思い切って、私たちも入ってみましょうか?」


 その様子を見たみそのが酔庵へ声をかけると、


「い、いや、二人で行くのもあれですから、もし行くのでしたら、私だけで行って来ますよ…」


 と、酔庵は慌てて否定する。

 出会茶屋と言えば、今で言うラブホテルのようなものだ。酔庵が慌ててしまうのも頷ける。


「あ、もう出て来ましたよ?」


 酔庵が顔を赤らめながら慌てていると、佐吉が茶屋から出て来たようで、それを見たみそのが声を上げた。

 佐吉はみその達には気づかず、来た道を引き返すように用水桶を素通りして行く。

 そしてみそのは、その姿を見送りながら、


「ちょいと何があったか聞いて来ましょうかね?

 すーさんは先につけていてくださいな」


 言うや、酔庵の返事も聞かずに茶屋へと駆けて行く。


「ああ、もう。みーさんは…」


 みそのの背中を見ながら、酔庵はそう呟くと、迷った挙句にみそのに言われた通り、佐吉の跡を追うのであった。



 *



 その頃永岡は、みその達と然程離れていない、霊岸島のある裏長屋に来ていた。

 お目当ての三次の住処が、ここ霊岸島にあったのだ。

 永岡と智蔵が三次の裏店へ顔を出すと、当の三次は惰眠を貪っていたようで、永岡達の訪いで飛び起きたところだ。


「ど、どうしやした旦那?

 あっしは番太郎に正直に話しやしたぜ?

 ま、まさか、未だあっしを疑ってんでやすかぇ? 弥之助の野郎は、心の臓の発作でぽっくり逝ったんでやしょう?!」


 涎を袖で拭いつつ、三次は恐々としながら訴える。


「いや、おめぇって決まった訳じゃ無ぇんだが、弥之助は殺しの疑いが出て来て、調べ直してるってとこよぅ。

 ま、気楽にしてくんな?」


 とは言いつつも永岡の目がギロリと光り、ゾクリと三次は恐怖する。


「ふふ、旦那もおめぇが殺ったなんて思ってぇやな。

 取りえず、おめぇにゃ、弥之助関係で聞いときてぇ事があって来てんでぇ。

 そいつに答えてくれりゃあ、直ぐに用事も済むってもんよ。そのけぇり、正直に話すんだぜ?」


 智蔵がビクビクする三次に語りかけると、三次はコクコクと細かく頷いて寄越した。

 そんな三次の様子を見ながら、永岡は板敷きに腰をかけると、


「まあ、オイラが聞きてぇのは、そう難しいこってもぇ。

 弥之助の交友関係のこった。

 おめぇは弥之助から、佐吉に乙松、巳之助と栄二って野郎の名前なめぇを聞いたこたぇかぇ?」


 と、茶店で屯していたと言う男達の名前を挙げた。

 それを聞いた三次は、少し考えるようにして、


「うぅぅん、そん中でやすと、佐吉と乙松って野郎の名前なめぇは、聞いた事がありやすねぇ?

 めぇに、ここいらで飲んだとかで、一度泊めてやった事があったんでさぁ。

 そん時の奴が確かそんな名前なめぇだったはずでやすぜ?

 でも、他の二人の名前なめぇは聞いたこたありやせんや」


 と、四人のうち、二人の男達に心当たりがあると語る。

 ただ、その言葉には深い付き合いでは無い事が伺える。


「そうかぇ?

 じゃあ、佐吉と乙松ってぇ野郎のこったが、そん時ぁどんな話をしたか覚えてるかぇ?」


 永岡は、元々三次は繋がりは薄いと見ていた事もあり、思わぬ手応えを受け、智蔵に目配せしながら問いを続けた。


「いや、あっしが寝てる時に叩き起こされて、泊めただけでやしてね?

 そうてえした話はしてねぇんでやすよ。

 まあ、翌朝起きてけえる際に、ちょくちょくこの辺りの出会茶屋に来るんで、また寄せてもらうなんて言ってやしたが、あっしは勘弁してくれってなもんで、突っぱねたくれぇなもんでさぁ」


 しかし、三次の二人との付き合いは希薄な物のようで、本当に大した話は聞けなかった。


「そうかぇ。じゃあおめぇは、それ以来いれぇその二人とは会ってぇんだな?」


「へぇ、一度も見てやせんや」


「そんなりゃ、最近の弥之助からはその二人の話は出てたかぇ?」


「いや、名前なめぇは出ておりやせんでしだが、弥之助の野郎はいい仕事をもらって、近々金がへえるとか言ってやしたから、どうせその先ってぇのが、あの二人なんだろうとの、当たりはつけておりやしたがね?

 あの二人ぁ、碌でもねぇ小悪党面してやしたからね?」


「ふっ、おめぇも、その二人と同じ面ぁぶら下げてっけどなぁ?」


 永岡は弥之助の話に戻したが、これも大した話は聞けず、最後は揶揄うように言い捨てた。

 そして、永岡がもう頃合いだろうと、智蔵へチラリと視線を送り、立ち上がろうとした時、開けっ放しの腰高障子の前に男が現れ、永岡を見るや慌てて逃げ出して行くのを目にした。


「智蔵っ」


 永岡が智蔵の名前を呼ぶや、直ぐさまその男を追い、智蔵もそれを直ぐに察して、永岡の後を追った。


「どきゃあがれっ!」


「ひゃっ」


 男が大声を上げながら、木戸門を走り抜け来たところへ、丁度酔庵が鉢合わせて男に突き飛ばされた。

 永岡はそれが酔庵だと気づいたが、今はそれどころでは無く、それを捨て置き、男を追って行く。

 そして永岡の目が、酔庵から前の男へ向いた時、


「ギャァ!」


 と、悲鳴を上げた男が地面に転がり、のたうち回っていた。


「なっ、やっぱり手前てめぇかっ!」


 永岡はのたうち回る男の横にみそのを見つけ、思わず怒鳴りながら駆けつける。

 男は永岡が近づいて来ているのも構わず、呻き声を上げながら、相変わらずのたうち回っている。


「やっぱりって、何よっ!

 それより、すーさんが大変じゃないっ!」


 みそのは永岡に文句をつけると、そのまま酔庵の元へと駆けて行く。

 永岡はみそのに気を呑まれながら、のたうち回る男を見ると、


「ああ、ああ、ああ、ああ…。

 おめぇも逃げねぇで大人しくしてりゃあ、こんな酷え目に遭わねぇで済んだのによぅ…」


 と、痛そうに顔を顰めながら男を哀れんだ。

 永岡が見たものは、赤い液体まみれの男の顔だ。

 この液体には永岡も心当たりがある。

 ラー油だ。

 みそのは、酔庵が男に突き飛ばされるのを見るや、お披露目会で使ったラー油を取り出し、男の顔にぶちまけていたのだった。

 まともに喰らった男は堪ったものでは無い。

 目にラー油が入り、釣り上げられた魚のように、ビチビチとのたうち回っている。


「旦那、こりゃなんでやすかぇ?」


 追いついた智蔵は、不思議そうにその光景を見ながら、目を丸くして永岡に聞いている。


「いや、適量をチロリと垂らすくれぇなりゃ、美味うめぇんだがな。

 かけ過ぎっとこうなるモンさね?

 ふふ、おめぇも気ぃつけた方がいいぜ?」


 永岡はそう言うと、呆れたように笑った。

 智蔵はなんの事やらと言った顔で、首を傾げながら、もう一度男がのたうち回る姿を見る。


「すーさん、大丈夫ですか?」


「ええ、ええ。派手に転ばされてしまいましたが、この通り、私は大丈夫ですぞ?」


 みそのが酔庵へ駆けつけると、着物を叩きながら立ち上がった酔庵が、何事も無かったような物言いで応えた。

 酔庵の言葉通り、所々着物に土が付いてはいるが、幸いにも怪我は無さそうだ。


「ごめんなさい、すーさん。私に付き合ったばかりに、こんな事になってしまって…」


 みそのは酔庵の着物の土を落としながら、すまなそうに謝っている。


「いや、本当に幸いにも痛いところなぞも無いですし、気にしなくても良いのですよ、みーさん。

 ただ、これがみーさんだった事を考えましたら…ね?

 これからは、もうこう言った事は控えた方が宜しいですぞ?」


「そうだぜっ!?

 これで良ぉうく分かっただろぃ?」


 酔庵の言葉を引き取るように、後ろから永岡が声をかけて来た。


「はぃ…」


 流石にみそのも先ほどとは打って変わって、神妙な顔で頷いている。

 そんなみそのに苦笑いしながら、永岡が智蔵の方へと振り向くと、


「智蔵、そいつで目ぇ擦っちゃいけねぇぜっ!」


 と、慌てて大声を張り上げた。

 智蔵はのたうち回る男、佐吉に縄を打った智蔵が、汗を拭おうとしたのか、その手を顔へと持って行ったところだった。


「うっ」


 智蔵は短く呻き声を上げ、顔面を全力で顰めて固まってしまった。

 遅かったらしい。


「ったくっ」


 永岡はチラリとみそのを睨み、智蔵に駆け寄って行く。

 みそのは肩を竦めて、バツが悪そうにその光景を眺めていた。



 *



「そんで、ここまでつけて来たってぇんだな?

 ったく、おめぇってヤツぁ、どんだけ言っても懲りねぇ野郎だなぁ…。

 すーさんもすーさんでぇ。お加奈がそんだけ止めてんのに、すーさんまでこいつと一緒んなってりゃ、世話ねぇやな?

 これからはこんなこたねぇように頼むぜぇ?」


 永岡が二人を叱りつけている。

 みそのは元より、酔庵も年甲斐も無く、親に叱られる子供のように小さくなっている。


 あの後永岡達は、捕らえた佐吉を連れ、近くの番屋まで来ていた。

 智蔵は今、佐吉と一緒に井戸端で目を洗い流している。

 永岡はその間にみそのから経緯を聞き、二人を叱りつけていたのだ。


「まあ、後はオイラ達に任せて、おめぇらはもう行っていいぜ」


 永岡は、酔庵が神妙に畏まって反省する姿に、可笑しみを覚えながら言い捨てる。


「はぃ…」「申し訳ありませんでした」


 二人は揃って、神妙に永岡に頭を下げる。

 永岡はその様子に笑いを堪えながら、努めて厳しく見ていると、


「でも旦那、あのままだったら逃げられたんだろうし、お礼の一つくらい言ってもいいと思うのですが?」


 と、頭を上げたみそのが、悪戯っぽく言い出したので、


「煩えやいっ。おめぇが居なくとも、あのまま追いついて捕らえてらぁ!

 ふざけたこたぁ言ってんじゃねぇやい」


 と、永岡はどやしつけたのだが、先ほどの佐吉の身のこなしを考えると、みそのの言葉もあながち戯言では無く、的を射ていたので、言っていて無性に腹も立つのだった。


「はいはい、分かりましたよぅ。

 じゃあ、すーさん、行きましょうかぇ?

 心の狭いお人の側にいると、私達にも移ってしまうかも知れませんからねぇ?」


 みそのは嫌味っぽく言って立ち上がると、ぷいっと番屋を出て行ってしまった。

 酔庵はバツが悪そうに永岡へ頭を下げると、そそくさとみそのを追って番屋を出て行った。


「ちっ」


 永岡は盛大な舌打ちをすると、やれやれとばかりに小さく笑うのだった。


「すいやせん旦那、やっとこいつも落ち着いたようで…」


 みその達が出て行き、程なくすると智蔵が佐吉を連れて現れた。


「みそのさん達ぁおけえりになったんで?」


 智蔵はみそのと酔庵の姿が無いので、それを口にする。


「ああ、あいつらがここに居てもしょうがねぇかんな?

 それよかおめぇ、もう大丈夫なのかぇ?」


「へい、旦那。でも、さっきはびっくりしやしたぜ?

 あっしは未だ軽かったんであれなんでやすが、こいつぁ相当なもんだったんだと思いやすぜ?

 そのラー油って奴ぁ、存外、捕物で使えんじゃねぇでやすかぇ?」


 永岡の心配に応えた智蔵は、ラー油を捕物の武器に最適だと考えたらしい。

 毒薬や唐辛子の粉末などを使用した、目潰しと言った物もあるのだが、粉末では風向き次第で自分や味方にも被害が広がる恐れもある。智蔵としては、一考の余地があると思ったのかも知れない。


「まあ、蕎麦なんぞ食う時にも使えっかも知れねぇし、携帯してんのも悪かねぇかも知れねぇな…。でも、オイラはお断りだぜ?

 ところで佐吉はもう話せんのかぇ?」


 永岡は軽口でそれに付き合うと、佐吉に目を向けて問いかけた。

 智蔵は声も無く笑うと、捕縄を引き寄せて、佐吉を永岡の前へ突き出し、


大丈夫でぇじょうぶでさぁ旦那。

 もし話せねぇようでやしたら、またラー油をぶっかけてやりまさぁ」


 と、みそのからもらった小さな壺を見せながら、永岡へ応えた。

 実際にはその中身は入っていないのだが、その効果は絶大のようで、佐吉は「ひっ」と、短い悲鳴を上げて畏まっている。


「おめぇ、今日はこの近くの出会茶屋へ、乙松を捜しに行ってたみてぇじゃねぇかぇ?」


 永岡は早速佐吉へ問いかける。

 今し方みそのから聞いた情報だ。

 みそのは出会茶屋へ入り、今出て行った男は何をしに来ていたのかを、聞いていたのだった。


「ど、どうしてそれを?」


「どうしてとかは関係ねぇんでぇ。

 オイラは、おめぇが乙松を捜しに行ったのかって、そう聞いてんでぇ。おめぇはそれに答えりゃいいのさぁ」


 永岡がギロリと睨みつけるように言うと、佐吉はあわあわと震え上がる。


「どうなんでぇ?」


 あわあわと口を半開きにしている佐吉に、智蔵が捕縄をグイッと引きながら促した。


「い、いや、そ、その通りでごぜぇやす。へい」


 佐吉が慌てて応えると、


「そんで、なんで乙松をおめぇが捜してんでぇ?」


 と、永岡は直ぐさま問いを続ける。


「いや、あの…。

 一昨日から乙松の野郎の顔が見えねぇんで、ちょいと捜していたんでやすよ。

 昨日から捜していたんでやすが、今日は昨日も捜しに行った船宿へ行ったけえりに、もしかしたら、そこの出会茶屋で入り浸ってるのかと思いやして、行ってみたんでやすが、野郎は顔を見せて無ぇようで、そんで、めぇに泊まった事を思い出したんで、あの裏店へ行ってみたってだけでやすよ。

 知り合いを捜してただけでやすよ?

 あっしは、なんか悪りぃこたぁしやしたかぇ?」


 佐吉は話している内に、だんだん開き直って来たようだ。


「いや、オイラもそれが悪りぃとは思っちゃいねぇが、おめぇ、弥之助って男は知ってんだろぃ?」


「へ、へい。な、なんでまたそんな事まで…」


「なんでとかはいいんでぇ。お前はオイラが聞いた事に答えてりゃいいんでぇ」


 永岡は調子に乗って来た佐吉を低くどやしつける。


「へ、へいっ。すいやせん…。

 弥之助ってぇのも、あっしの知り合いっちゃ知り合いでやす…」


 佐吉は永岡の剣気を放った言葉に恐れをなし、またビクビクと返事をした。


「おめぇはその様子だと、弥之助が死んじまったのは知らねぇようだな?」


「えっ!」


 永岡の言葉に佐吉が目を剥いて驚いている。


「もしかして、おめぇが捜してるってぇ乙松って野郎は、大柄で右の頬にでけぇ黒子があったりしねぇかぇ?」


「へ、へい。確かに乙松は大柄でやして、頬にこんくれぇの黒子がありまさぁ」


 永岡の問いかけに応えながら、佐吉は自分の右の頬に指で丸を作ってみせた。

 それを見た永岡は、


「ほう、そりゃあれだ佐吉。乙松は捜しても見つからねぇぜ?」


 と、自分の推測が当たっている事を確信した。

 永岡は北忠から死体の特徴を聞いていて、その特徴が乙松と一致していたからだ。


「ま、まさか捕まったんじゃ…」


「まあ、捕まったと言やぁそうなんだが、乙松を見つけた時にゃ、もう奴は冷たくなってたってぇ訳でぇ?

 それよか、この話から捕まったってぇ話になんのは、やっぱりおめぇらは、なんか後ろぐれこたぁしてるってこったな?」


 佐吉はまさか死んでいるとは思わず、一番心配していた事を口走り、永岡からネタばらしと共にその墓穴をほじくり返された。


「い、いや、そんな旦那。ま、まさか死んでるなんて、思いもよりやせんでやしたから、酒癖悪りぃ乙松のこったから、なんかやらかしちまって、捕まっちまったんじゃねぇかと思った次第しでぇでやすよ。か、勘弁してくだせぇよ旦那」


 佐吉はあくまでもシラを切るようだ。

 そんな佐吉に、永岡は呆れながら、


「勘弁するもしねぇも無ぇんだが、おめぇ、この状況が分かってぇみてぇだな?

 おめぇは弥之助の他に、巳之助と栄二って野郎にも心当たりがあんだろうよ?」


 と、他の二人の名前を出して問い質す。


「い、いやぁ…」


 それでも惚けようとする佐吉を、永岡はギロリと睨め付け、


「あんだろうよっ!?」


 と、ドスを効かせて繰り返すと、


「へ、へいっ…」


 と、佐吉はぶるりと身震いさせて小さくなった。


「おめぇはそいつらと、盗みでも働いたんだろぃ?」


「………」


 続けての永岡の問いかけに、佐吉はあわあわと言葉を無くしてしまう。


「ふっ、だんまりかぇ?

 まあいいや。オイラはその金の分けめえをケチろうとして、弥之助や乙松を殺しちまったんだと見たんだがな?

 おめぇがそんな様子なりゃ、その二人か、どちらか一人の仕業だろうな?

 可哀想だが、次はおめぇの番だと思うぜ?」


「ひゃっ」


 永岡は自分の推察を語り、最後はギロリと佐吉を哀れむように見ると、佐吉は小さく悲鳴を漏らし、途端にブルブルと震え出した。


「だ、旦那ぁ、あっしはどうすればいいんで?」


 佐吉は震えながら永岡へ訴えかけて来る。


「おめぇは、巳之助と栄二って野郎の住処は知ってんのかぇ?」


「い、いえ、あいつらのこたぁ、名前なめぇくれぇしか知らねぇんでさぁ。

 旦那、なんとかしてくだせぇよ? このままだと、奴らに殺されちまうんじゃねぇでやすかぃ。なんとかしてくだせぇよ旦那!?」


 佐吉は二人の住処は知らないようで、ただ頻りに永岡へ助けを求めた。

 永岡もその様子を見る限り、佐吉は嘘をついていないと見て、


「住処を知らねぇんなりゃ、どうにもならねぇやな?

 精々殺されねぇように備えるこった…。

 でもまあ、その憂いを拭い去る手伝てつでぇは、してやれねぇ事もねぇけどな?

 要はおめぇをお縄にすりぁ、奴らから護れねぇ事もねぇってこった。

 しっかし、そんでおめぇがさっきみてぇにシラを切るんじゃ、奴らの手掛かりも掴めねぇ。洗いざらい話すんなりゃ、おめぇこたぁ護ってやってもいいがな?

 そんでもって、奴らの囮になってもらうってのはどうだぃ?

 まあ、それが嫌なりゃ、勝手におっ死んでもらっても、オイラはなんも困りはしねぇや。

 どうでぇ、二つに一つってこった?

 まあ、オイラは囮を勧めんぜ?」


 と、脅すように畳み掛けた。


「だ、旦那。あ、あっしが知ってるこたぁ何でも話しやすんで、な、何とかお助けくだせぇよ。囮でも何でもしやすから、おねげぇしやすよ旦那ぁ」


 佐吉は永岡の脅しにぶるりと身震いさせ、必死に懇願するのだった。



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