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第三十話 尾行や鼻腔

 


「どうしよ私…。

 でもこれしか無いものねぇ…」


 みそのは独り言を言いながら、男の跡をつけている。


 あの時みそのが見た男と言うのは、昨日の茶店で、怒鳴りつけて来た男と一緒に居た男だった。

 みそのは一瞬、引き返して永岡へ知らせに行こうかとも思ったが、男の歩く方向は逆方向で、永岡へ知らせた時には、男を見失ってしまうだろうと思い直し、思い切って男の跡をつける事に決めたのだった。


 永岡も名前程度しか調べが進んでいないと言っていたので、この犯罪の臭いがプンプン漂う男を、みそのはそのまま放っては置けなかったのだ。

 しかし、男の跡をつけているうち、この男がただの質の悪い破落戸なだけで、犯罪者かどうかも分からないのに、ここまでする事は無いのではとの思いも湧いて来るし、やはりこの男は極悪な犯罪者で、つけているのに気づかれたらどうしようとの恐怖も増して来るしで、みそのは自分の行動が良く分からなくなっている。

 ただ、どちらにしても、尾行をやめてしまえば良いものなのだが、興味心からなのか、責任感からなのか、無理矢理に自分を奮い立たせ、恐々と尾行を続けているのだった。

 とは言いつつも、


「でも、方向的にはラッキーよね…」


 と、呑気に独り言ちるみその。

 実は男の行き先と言うのが、みそのが向かっていたお百合の家の方角と一緒で、先程は両国橋を渡り、今さっきは一橋も渡って今はその竪川沿いを歩いている。

 もうじき弁天一家のある松井町と言う訳だ。


 前の男はゆさゆさと肩を揺らしながら、比較的のんびりと歩いている。

 みそのはそれもあって、容易に尾行が出来ていた。


「そう上手くは行かないわねぇ…」


 みそのはお百合の家がある松井町を通り過ぎると、ぽつりと独り言ちた。

 見る見る弁天一家から遠去かる。


 前の男の歩みは変わらない。

 時折振り返る事はあるが、みそのには気づいていない様子で、その後も歩みを変える事なく歩いている。


「あの長屋が住処なのかしら…」


 菊川橋の袂で立ち止まったみそのは、男が表店を抜けて行くのをみながら独り言ちた。

 そして、すぐ様みそのも通りを横切り、その男の跡を追って木戸口を入って行った。


 みそのが裏店の井戸端まで来ると、男は丁度裏店の腰高障子を引き開け、入って行くところだった。

 みそのはそれを見て、中の様子でも伺おうと店に近づこうとした時、ガラリとまた腰高障子が開き、首を傾げながら男が出て来た。

 みそのは慌てて井戸で水でも汲む素ぶりをするように、釣瓶に手をかけて誤魔化しす。

 不自然にも思えるみそのの挙動だったが、幸い男が考え事をしていたせいか、全くみそのに気づかずに、向かいの別棟の裏店の一つに入っていった。


「あんた、どちらさんだね?」


 その様子をぼうっと見ていたみそのは、その声で、側に人が立っているのに気がついた。

 この裏店の住人であろう女房然とした女だ。


「ああ、いえ…。

 そ、そう、似た人がいたので追って来たのですが、今の人って梅太郎って名前ではないですかね?」


 みそのは狼狽えながらも機転を利かせ、男が入って行った裏店を指差し、その女房に問いかけた。


「ああ、あれかぃ?

 残念だけど、梅太郎なんて名前じゃないよ。

 あいつは佐吉と言って、どうしょうも無い男なのさぁ。あんな男にゃ関わらない方がいいよ。

 まあ、あんたの知り合いじゃあ無かったみたいだけど、あんなのに似てるって事は、どうせその梅太郎って男も碌でも無いんだから、もし想いを寄せてるんなら、悪い事言わないから諦めた方が身の為だよっ。

 あんた、自分の身体を売りたかないだろぅ?

 あたしの言う事は当たるからね。その梅太郎って男だけはおやめよっ。

 それにそう言う男は、連れも碌でも無い奴だって、相場が決まってるのさぁ。

 今の佐吉だって、あの店の乙松って男と連んでんだけどさぁ。これがまた最低の男でね?

 酔っ払ってはそこらで小便して回るわ、夜中に大声上げて戸を叩いて回るわ、迷惑もいいところなのさぁ。

 あいつらみたいに働きもしないで、博打ばかりやりやがって、人様にも迷惑をかけるんじゃ、あんたも堪ったもんじゃないだろぅ?

 本当にああ言った男だけはおやめよ。いいかい?」


「は、はぁ…。分かりました…」


「じゃあ、そこをどいとくれ?」


 みそのは呆気に取られながら、女房に頭を下げると、その女房に井戸から追い立てられるようにして、裏店を後にするのだった。


 *


「ふぅー。永岡の旦那も、あのおかみさんにかかったら形無しねぇ。

 ふふ、どうせ梅太郎って男も碌でも無いってさっ」


 みそのは先ほどの女房の言葉を思い出し、思い出し笑いを浮かべながら独り言ちている。


「あれ? みそのさんじゃございませんかぇ?

 こんなところで楽しそうにして、何かあったのですかぇ?」


 みそのがクスクスとしていると、前から北忠こと北山忠吾が、お腹をポンポンと叩きながら、松次を連れて歩いて来た。


「ああ、北山さん。松次さんもご無沙汰でしたね?」


 みそのは久しぶりに見る松次にも挨拶をすると、


「いえ、ちょいと思い出し笑いをしてただけなんです。

 北山さんこそご機嫌でいらっしゃいますね?」


 と、恥ずかしげに訳を話すと、満足げに歩いて来た北忠に話を向けた。


「いえいえ、某は常に機嫌が良いのでございますよ?

 元は三男坊と言え、歴とした旗本でございますから、日々武士としての心構えとともに、心安らかにしているのでございますよ。ほっほっほ」


 北忠は見栄を切るように言うと、妙な笑い声を立てる。

 松次は後ろで申し訳なさそうに、みそのへ手を合わせている。


「こんなところでお会いするのも、何かの縁でございますねぇ?

 どうでしょう、みそのさん。これから某がご馳走しますから、団子や饅頭などでも食べに行きませんかぇ?」


「だ、旦那ぁ!

 もう勘弁してくだせぇよぅ、さっきから食ってばっかりじゃござんせんかぇ」


 北忠の言葉に、みそのではなく、松次が堪らず応えていた。


「ふふ、松次さんが、こう言ってますよ北山さん?」


 みそのは何となく想像が出来て、思わず笑いが出てしまい、北忠へ揶揄うように問いかけると、


「いや、誤解なさらずにみそのさん。

 実はこの松次と言う男はですね。少々物事を大きく言う癖がありまして、話し半分で聞くのが、上手な松次との付き合い方なのですよう。

 みそのさんも、そのようにお考えください」


「良く言いますぜ旦那ぁ。

 変なこたみそのさんに吹き込まねぇでくだせぇよう。

 旦那は昼餉にうどん食った後に、すぐ深川飯食って、そんでもって、さっきは団子つまんだじゃねぇでやすかぇ?

 これを食ってばっかりと言う他に、一体いってぇ何があるんでやすかぇ?」


 松次が北忠の理不尽に異議を唱えると、


「松次、うどんだけでは足りないだろぅ?

 時折蕎麦と一緒に、稲荷を出す気の利く店があるじゃないかぇ? あれだよ松次、あれ。分かるかぇ?

 うどんと一緒に食べるなら、せっかく深川に来たんだから、深川飯を食べるに決まってるじゃないかぇ。それで稲荷で言うあぶらげさんの代わりに、みたらし団子だよ。

 ほれみなさい。蕎麦屋で稲荷を一緒に食べるのと同じだろぅ?

 何も食べてばかりでは無いじゃないかぇ?

 だからお前は大袈裟だと言われるのさぁ。全く。

 ごめんなさいね、みそのさん。そう言う事ですので、お足の方は某にお任せください」


 松次は北忠の話にうんざりしている。

 みそのも急に松次から自分に振られたので、目をパチクリさせるばかりで言葉を返せない。

 北忠は糸のような目を更に細め、懐に手を入れると、ギョッと数ミリ目を見開いた。


「松次、さっきの団子屋に巾着忘れたかも知れないよっ、早く引き返さないとっ!

 あ、みそのさん、宜しければ、一緒に来て頂ければそこで某がご馳走しますけど、如何でしょう?」


 北忠はみそのへご馳走するのに、懐の巾着の重みを確かめようとしたのだが、そこに巾着が無い事に気がついたのだった。

 しかし、北忠は慌てながらも、みそのも一緒に行けば一石二鳥だと思ったのか、みそのを誘う事にしたらしい。


「いえ、みそのさん、お気になさらず行ってくだせぇ。

 その団子屋ってぇのは、旦那の行きつけみてぇでやして、ここからちょいと離れてるんでさぁ。半刻ほど歩かねぇとなりやせんので、本当、気にしねぇで行ってくだせぇ」


 みそのが固まっていると、松次が助け舟を出して、北忠からみそのを解放にかかった。


「あ、ああ、そうね…。

 私もこれから松井町の方へ行く用事があるので、北山さん、お団子はまた今度と言う事で?」


 みそのはほっとしながらも応え、ありがとうとばかりに、松次に目顔で頷いてみせた。

 半刻と言えば、凡そ一時間。団子を食べに行くだけで一時間も歩きたくない。


「そうですかぇ…。

 承知しました。ではまた今度と言う事にしましょう。ほら松次、そうと決まったら大急ぎで行くからね? 遅れないでおくれよ?」


 北忠は残念そうにみそのに言うと、松次へ振り返り様に言い放ち、踵を返して足早に去って行った。

 松次は申し訳無さそうに、みそのへ頭を下げると、先を行く北忠を追って駆けて行く。

 みそのは直ぐに北忠に追い付き、更に追い越して行く松次をみながら、永岡の仕事の大変さを思い知るのであった。



 *



「その死んじまった弥之助ってぇ男が、うちの賭場へ顔出してたってぇこってすね?」


「そうなんでぇ。またおめぇ名前なめぇが出て来ちまったもんだから、間も開けねぇで頼る事にしちまったのさぁ。

 悪りぃがちょいと話を聞かせてくんな?」


「そんなこたぁ気にしねぇでくだせぇよ旦那。

 でも、弥之助ねぇ…。

 ちょいと待ってておくんなせぇ。今うちの若えのに聞いてくらぁ」


 政五郎がそう言うと、腰を上げて部屋を出て行った。

 永岡は蕎麦屋で広太達から報告を受けた後、智蔵を引き連れ、浅草寺、雷門から程近い駕籠屋へ来ていた。

 この駕籠屋の主人である政五郎は、意気盛んな男達を束ねて、この辺りを縄張りにする事から、雷神との二つ名で呼ばれる男伊達の親分だ。

 永岡は先日、熊手の弥五郎の件で訪れたばかりな事もあり、その昔は随分と遣り合った男なだけに、照れ臭そうに再来の挨拶をしたのだった。


「待たせちまってすまねぇ旦那。こいつが知ってやしたんで、面倒なんで連れて来やした。直接聞いておくんなせぇ」


 若い衆を連れた政五郎は、戻るなりそう言うと、


「早く旦那達にご挨拶しねぇかいっ」


 と、若い衆をどやしつける。


「へい、あっしは平太と言いやす。以後お見知りおきを。へぇ」


 若い衆の平太は、少し緊張気味に自己紹介すると、永岡達にちょこんと頭を下げた。


「悪りぃな平太。おめぇんとこの親分から聞いてっと思うが、オイラ達ぁ弥之助ってぇ男の事を、あれこれと聞きに来たってぇ訳さぁね。

 まあ、弥之助はもう死んじまったんで、お縄にするどうこうの話じゃねぇんだけどな?

 まあ、今後に繋がるかも知れねぇんで、興に唆られて調べてるって訳さぁね。そんなんだからおめぇも気楽に頼まぁ」


「へい、あっしの知ってる事でやしたら、喜んでお話ししやすぜ」


 平太は笑みを浮かべながら永岡に応える。

 永岡が砕けた感じの町方だと分かり、平太も肩の力が抜けたようだ。


「そんで、おめぇは弥之助のどんな事を知ってるんでぇ?」


 永岡が早速問いかけると、


「へい、どんな事と言われやすと、てえした事じゃねぇんでやすが…。

 あの野郎は嘘ばっかりつく野郎でやして、碌でもねぇ野郎ってこってすかね?

 あっしはそんなこたぁ知らねぇで、大金を前借りさせちまった時がありやして、あん時は散々でやした。

 あの野郎は金があれば、あるだけ使っちまうような奴でやして、なんとか回収はしやしたんでやすが、それ以来いれぇはどんなこたぁ言われても、都合はつけねぇようにしてたんでさぁ。

 まあ、それでも時折は、小金なりゃ都合はつけてやってたんでやすがね。

 一昨日来た時も、いい仕事が見つかったとかで、近々金がへえるって話をしてたんでやすが、そんなもん信じられねぇじゃねぇでやすかぇ?

 なもんでその日も、その近々とやらが来て、本当に金がへえってから来やがれって、追っ返したんでやすよ。

 まあ、それがあの野郎との最後の遣り取りになったってぇ事でやすねぇ…。

 ああ、あの野郎が一緒に連んでた奴の名前なめぇだったら、何人か分かりやすぜ」


 平太はつらつらと語った。


「ほう、面倒くせぇ客筋だぁな?

 そんで、その連れの名前なめぇってぇのは?」


 永岡は相槌を打つようにして、弥之助の連れの名前を聞いた。


「へい、良く一緒に来てやしたのが、三次さんじってぇケチな野郎でやして、他にも別口で連んで来ていた奴らもいやして、そいつらが確か乙松おとまつ佐吉さきちってぇ男でやした。

 他にも巳之助みのすけってぇのと、栄二えいじってのとも連んでたようでやすが、やっぱり三次だったり、乙松と佐吉ってぇのと、連んでる来る事が多かったでやすかね?」


「そうかえ、そんだけ聞けたら十分でぇ。ありがとうよ平太」


 永岡は平太に礼を言うと、今出て来た交友関係の名前にほくそ笑んだ。


「平太、また何か用事が出来たら呼ぶから、もう仕事に戻っていいぜ」


「へい、親分。では旦那方、あっしはこれで失礼させてございやす」


「ありがとうよ」


 政五郎に促されて、平太が頭を下げて部屋を出て行った。


「政五郎もありがとうよ。おかげでいい話が聞けたぜ」


「そうみてぇでやすね旦那。

 なんだか旦那の頭ん中で、何かが繋がったってぇ顔してやすぜ?」


 政五郎が永岡の顔を見ながら、悪戯っぽく言うと、


「ふふ、まあな。関係あるかどうかは分からねぇが、あっても無くても、十分に面白おもしれぇ話が聞けたぜ」


 と、永岡は小さく笑い、悪戯を返すように曖昧な言い回しで応えた。


「じゃあ旦那。平太の話が役に立ったら、このめぇの件も含めた事の顛末を、土産話で聞かせてくだせぇよ?」


「ああ、そん時ゃ話だけじゃねぇで、ちゃんとした手土産もぶら下げて来らぁな。

 首を長くして待ってやがれぃ」


 永岡の言葉で二人は一頻り笑い合い、


「じゃあ智蔵、行くとするかぇ?」


 と、永岡はのんびりと隣の智蔵へ声をかけ、やおら腰を上げたのだった。



 *



「へぇぇえ。なんだか話に聞いてるだけなのと、実際に見てみるのとでは、実感が全然違いますねぇ?」


「そうですかな?

 私なぞは毎日見ていますから、実感もなにも良く分かりませんが、確かに初めて見るとなると、そんな風に感じるのかも知れませんな?」


 みそのの横に立った甚右衛門が、不思議に思いながらも、得意げにみそのへ返している。


 みそのは今、甚右衛門の小握り屋の制作現場にいる。

 ここは『丸甚』からは少し離れているが、甚右衛門の親類筋にあたる、き米屋の善兵衛のお店から程近い、元鳥越町にある。

 みそのは甚右衛門に案内され、両国の『丸甚』から、元鳥越町にある作業場の裏店まで来ていたのだった。


 搗き米屋とは、米の小売店の様な物だ。

 米問屋から米を仕入れ、百文売りで近在の庶民に売ったり、小料理屋や煮売飯屋なんかに米を卸したり、玄米を精米する手間賃を取ったりもする。


 そもそもみそのは、この善兵衛の搗き米屋の商売繁盛指南と言う事で、新たに握り飯を売る事を勧めた経緯がある。

 故に、ここ元鳥越町は、小握り屋発祥の地とでも言ったところか。


 しかし、みそのは永岡と別れた後も、その途中で見かけた男を尾行した後も、そして北忠とばったり出会い、解放された後も、常にお百合の家、弁天一家を目指していたはずだ。

 しかしながら、今みそのが居るのは、甚右衛門の小握り屋の作業場。

 元鳥越町にある裏店である。

 何故みそのが、ここ元鳥越町の裏店に来ているかと言うと、話しは簡単なのだ。

 みそのは北忠達と別れてすぐ、松井町にある弁天一家を訪れたのだったが、当のお百合が不在だったからだ。

 みそのに対応した正吉の話では、今日のお百合は順太郎と一緒に、江戸の道場見学へ行っているとの事だった。

 みそのはそれを聞いて、ていのいいデートなのだと思い、二人を捜すのも無粋なので、昨日の甚右衛門の話を思い出して、『丸甚』へと行き先を変えたのだった。

 みそのは表店に店を構えるにしても、今まで通り、小握りの辻売りを主にしたやり方は残し、それを基に構想を練ろうとしていたので、『丸甚』へ着いて早々、先ずは小握りを作っている現場を見てみたいと、甚右衛門に願っていたのだ。


「ど、どうですかな、みそのさん。

 何か妙案が浮かびますかねぇ?」


 甚右衛門が作業場を見て回っているみそのに、おっかなびっくり聞いて来る。

 とは言え、作業場を見て回ると言っても、そこは六畳一間の裏店だ。

 自然、甚右衛門はみそのの傍で一緒に見ているので、みそのの表情が変わるのを見てとり、少し期待している問いでもあるのだ。


「いえ、妙案かどうかは分かりませんが、考えていた事がありましてね?

 思っていたよりも実際に見てみましたら、現状のままでも形になるかなって思いまして…」


 みそのは食材が入っている木箱や、入ってはいないが、食材の名前が書き込まれた木箱、それに調味料の入った壺や小鉢を見ながら、甚右衛門へ応えていた。


「現状のまま?

 このままで何が形になるのですかぇ?

 えぇっと…それはどう言った考えなんでしょうか?」


 みそのの返事に困惑する甚右衛門は、そのまま材料などを見て回っているみそのに、戸惑いながら伺いをたてる。


「はい?

 ああ、何をするのかって事ですかね?」


 みそのは丁度木箱をずらして下の物を覗いてところだったので、あまり聞こえていなかったのか、甚右衛門へ聞き直すように返事をすると、


「取り敢えず、この辺の食材なんですが、少しいただいて行ってもいいかしら?

 家に持ち帰って、色々試して考えを纏めたいのですよ。答えはその後でもいいかしらねぇ?」


 と、みそのは木箱の食材をあれこれと指差し、甚右衛門へ応えたのだった。


「いや、それはもう、そんな物で宜しかったら、幾らでも持って行ってくださって構わないのですが……。

 やはり、今はお教えしてもらえないのですよねぇ?」


 食材については、何も問題無いとの甚右衛門だったが、何をするかについては、やはり気になってしょうがないらしい。

 甚右衛門は遠慮しながらも、上目遣いで聞いて来る。

 そんな甚右衛門に、みそのは可笑しさを覚えながらも、


「とにかく口で言っても、今一伝わらないと思いますし、色々試してみて、後で形にしてお見せしますよ。

 どうなるか分かりませんけど、楽しみは後に取っておいてくださいね?」


 と、言って悪戯っぽく笑う。


「ーー楽しみにしておりますぞっ」


 甚右衛門はお預けを食いながらも、期待を膨らませたようで、その鼻腔も大いに膨らませ、鼻息荒く応えるのであった。



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