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第一話 再会

タイトル通り、『ちょいと江戸まで』の続編です。

前作を読まなくても大丈夫? だと思います。

 


 白と黒を基調とした江戸の町。

 そんな江戸の町をすらりと背の高い女が歩いている。

 その女は島田髷や丸髷にする事なく、後ろでやっと結った髪を垂らしていた。

 そして、アップリケの様な小花が散らされた藍色の着物に、緋色の帯を腰高に締めて歩む姿は、一見通人の様にも見えてしまう。

 長身やその容姿も相まって、町中でも取り分け目立つようで、道行く男達の中には振り返って見送る者も多い。

 今も飛脚が仕事を忘れて立ち止まり、口を開けながら見送っている。


 女の名は「みその」。


 みそのは一年半ほど前から江戸で暮らしている。

 暮らしていると言っても、正確には人知れず現代と江戸時代を往き来しているのだ。


 今日のみそのは、両国にある古着屋『丸甚まるじん』へ赴くところだ。

 この『丸甚』の人々は、みそのが江戸へ来て、初めて交友を持った者達と言っても良い。

 主人は甚右衛門じんえもんと言い、その一人息子の甚平じんべいと、ひょんな事で知り合ったのが始まりなのだが、今ではその甚平の母親、お加奈かなと親交を深め、時折こうして遊びに行く仲になっている。

 実はお加奈はみそのと同年の今年三十八歳。

 お加奈はみそのを二十五、六だと勘違いしているが、みそのとしてはやはり同年と言う事もあり、お加奈とは馬が合うのだった。


 *


「おっ、あねさんじゃねぇでやすかぇ?」


 みそのは急に声をかけられ、ドキリとして立ち止まってしまう。


「あぁ、やっぱり姐さんだぁ。

 こいつぁどうも、ご無沙汰しておりやして面目ねぇこって、へぇ」


「ああ、あの時の伝七でんしち親分さんとこの…」


 みそのは咄嗟に名前が出て来なかったが、


「へい、弁天べんてん一家の伊達男、正吉しょうきちでごぜぇやすょ。へぇ。

 姐さんは、お元気でごぜぇやしたかぇ?」


 と、以前に関わりのあった弁天一家の若い衆だと、戯けた口調で名乗りを上げ、みそののご機嫌を伺う。

 正吉は、本人が伊達男と語るだけあり、涼しげな目元に太い鼻筋が男らしい。小柄ではあるが、ちょいといなせな男前である。


 みそのは以前、自身も関わった事件で、神隠しの名の下に拐かしに遭った娘を、一人で探していた事があった。

 その時に協力してくれたのが弁天一家で、この正吉は、弁天一家の若い衆を束ね、みそのと一緒に働いていたのだった。


「お嬢が姐さんに会いてぇって、丁度言ってたとこなんでさぁ。

 姐さんの都合のいい日に、ちょいと寄ってやってもらえやせんかねぇ?」


「ああ、お百合ゆりさんね。ふふ、お百合さん、元気にしてますか?」


 みそのは跳ねっ返り娘のお百合の悪戯顔を思い出し、思わずクスリと笑って問い返す。


「へえ、相変あいけぇらず、やんちゃの大売り出しでごぜぇやすぜぇ。

 なんせウチのお嬢は、百合は百合でも百合百合しいのたぁ真逆でさぁ。なんてったって鬼百合の方でやすよ? ちくしょうめっ、百合百合しいお嬢が見たかったんでやすがね? へへへ」


 正吉もみそのの笑いにつられてか、軽口混じりに答えて意味深に笑う。

 どうやらお百合と言う娘は、相当なお転婆娘と伺える。


「もう一年ほど経つかしらねぇ……」


 みそのはそう言ってあの時の事を思い浮かべる。


 そもそも、みそのとお百合の出会いと言うのは、正吉と知り合ったきっかけでもある、拐かしに遭った娘を捜していた最中だった。

 と言うのも、このお百合こそ、その拐かしに遭った娘の一人だったのだ。


 当時みそのは、抜け荷事件で拐われた娘の行方が気になり、自分が捉えられていた蔵を起点に、探索の真似事をしていたのだった。

 娘達の探索は、奉行所でも引き続き行われているとの事だった。しかしみそのは、次から次へ起こる事件で、その探索もお座なりになっていると感じ、自分なりに出来る範囲で行なっていたのだ。


 そんな中、同じ様に弁天一家の親分、伝七の一人娘であるお百合も拐かしに遭っていて、その行方を捜していた弁天一家の若い衆と出会い、情報交換をしながら協力して捜す事になったのだった。

 その結果、みそのがある仕舞屋に積み上げられた薪の中から、アルファベットの一部が書かれた木片を見つけ、その報告を受けた弁天一家の手で、件の仕舞屋へ踏み込んみ、事件の解決を得たのであった。

 その時に救出された娘は四人ほどいて、その中の一人がお百合と言う訳だ。

 みそのは奉行所から褒美として金一封を賜る事になったのだったが、弁天一家の伝七からは、殊更に感謝され、後日歓待を受けたのだった。

 伝七はみそのの肝の座った飾らない物言いが気に入り、それからも度々みそのを招く様になり、お百合もすっかりみそのに懐く様になったのだった。



「そう言えば、あの剣術家さんとはどうなったのかしら?」


「へえ、それなんでやすよ姐さん…」


 正吉は眉を八の字にして、良くぞ聞いてくれたとばかりに訴える。


「お嬢が姐さんに会いてえってぇのが、まさにそれなんでぇ…」


「どう言う事です?」


「へえ、あっしらには話してくれねぇんで、本当のところぁ知れやせんがね。

 お嬢もいよいよお年頃でやすから、縁談の一つや二つは当たりめぇにあるんでやすが、あの若先生と来やしたら、お嬢の縁談話しを聞いても、逆に目出度めでてぇってなもんで、そいつを喜ぶ始末でやして。へぇ。

 ま、お嬢はあの若先生に焦れちまってるんでやしょうが、その矛先と言っちゃあ何でやすが、最近じゃあ、あっしら下のもんてぇして散々でやしてね?

 あっしもどうしたもんやらと、頭ぁかけえてたところなんでさぁ」


 はは〜んと、みそのは当時の事を思い出し、二マリと頬を緩める。


 みそのは直ぐにお百合とは打ち解けていて、三度目かそこらの訪いで、恋の話しなどもする仲になっていた。

 その中で聞いた話しが、浪人の父と流浪の旅を続けた末、近所に住まうようになった若侍の話しだった。


 元来お転婆で男勝りなお百合は、弁天一家の跡取りとしての自覚もあってか、幼い頃から剣術道場へ稽古に通っていた。

 お百合は剣術の方も男勝りで素質があり、今ではちょっとやそっとの男では、敵わぬほどの腕前なのだ。

 その強さ故か、自分を娶る男は当然自分より強くなくてはならぬと決めつけ、父親の伝七の元に持ち込まれる縁談も、お見合いならぬ立ち合いから始まり、持ち込まれた縁談の全てが、その先へ進展する事が無かったのだった。


 そんなお百合は、近所へ越してきたばかりの若侍が、心に引っかかる存在として自分の中に居ると、みそのへ相談していたのだった。

 その若侍は中西なかにし順太郎じゅんたろうと言い、剣術家の父親から手解きを受けている。


 順太郎は浪人とは言え武士。

 自分は町人な上、父親は香具師やしの元締め。

 互いの身分もそうだが、生業的にも決して交わることの無い境遇だと、お百合は半ば諦めた様に語っていたのだった。

 しかし、やはりそこは年頃の娘。

 障害が多ければ多いほど、その恋心にも火がつくと言うものだ。

 お百合は叶わぬ恋とは分かりつつも、その想いは膨らむばかり。

 よってお百合は、まんじりともしない日々を過ごしていた様なのだ。


「私が話しを聞いてあげても、何も変わらないとは思うけど……。

 でも、少しはすっきりするのかしらね?」


「へい、そりゃあもうっ!」


「なんだかお百合さんって言うより、正吉さん、あなた達が望んでる事みたいね?」


「へへ、まあ当たっちゃいやすがね。

 お嬢は本当に姐さんに会いてぇって、事ある毎に言ってるんでやすよ!?」


「まあそう言う事にしておくわ。ふふ」


 みそのは大仰な仕草で話す正吉に敢えて否定せずに笑って応える。


「では、いらしてくれるんで?」


「勿論よ。会わない理由なんてありませんもの」


「ひゃ〜、そりゃありがてぇ。

 で、いついらしてくれやすんで?」


 正吉はやけに真剣な眼差しで、みそのへ聞いて来る。


「え、ええ。まあ、このまま行っても良いくらいですけど……」


 みそのは正吉の必死な表情に少し引きながらも、今日は約束も無くお加奈のところへ向かっていた事もあり、気安く答えたのであった。


「そりゃ本当でやすかぇ?」


「ええ、これからでも大丈夫よ?」


「なんだかツキがめえって来やしたぜぇ!」


「このくらいの事で大袈裟よう……」


 爛々とした目で喜ぶ正吉に、みそのは呆れて眉をひそめるのだった。



 *



 蕎麦屋の二階を借り受けた見張り場で、男達が外の様子を伺っている。

 岡っ引きの智蔵と、その手下達だ。


「おう、手配りはどうでぇ?」


 階段を上がって来た男が声をかけた。


 背丈は六尺程あろうか、着物の上からでも鍛え上げられた身体がはっきりと判る。

 凛々しい眉に、すっと通った鼻筋、涼しげな目なのだが、少し目尻が下がり気味なのが、程よい柔らかさを感じさせる面構え。

 南町奉行所、定町廻り同心の永岡だ。


「万事整ってやすぜ、旦那」


 窓辺に腰を下ろして外を覗いていた智蔵は、永岡の登場で手下の伸哉しんやに場を任せて、永岡に近づきながら答える。

 智蔵は五尺にも満たない短躯の為、永岡を見上げる形だ。

 この場には他に、元はヤクザの三下上がりの手下、翔太しょうたもいる。


「まあ、そう気張るこたぇけど、気を緩めねぇで行こうや」


「へえ」


 永岡はのんびりとした口調で智蔵や伸哉、翔太に声をかける。


「で、配置はどんな塩梅あんべぇでぇ?」


「へぇ、広太こうた留吉とめきちに裏手を張らしてやして、松次しょうじは北山の旦那と猪木で待機させてやす」


「そうかぇ。ま、そんなんで十分さね」


 永岡は智蔵と話しながら窓辺まで近づき、外の煮売飯屋の様子を眺める。

 今は昼時で、店には人足風の男の姿などが見てとれる。

 この蕎麦屋に比べれば、中々繁盛していると言って良い。


「客足が引いたら始めるとするかぇ……」


 まだ客で賑わう店の様子を見ながら、永岡は誰に言うでも無く呟いた。


 今日の捕物はこの煮売飯屋なのだ。

 これは奉行所への投げ文がきっかけで、永岡が裏を取る為、ここ十日ほど見張っていたのだ。

 投げ文には、この煮売飯屋が泥沼の加平かへいと言う盗賊の表稼業だと記されていた。

 盗人が町場で暮らす隠れ蓑として、こう言った店を構えている事は多々ある。

 しかし、泥沼の加平と言えば、奉行所でも名前の通った盗賊一味でもあるので、永岡としては、まさかこんな投げ文の様な裏切りで、呆気なくお縄になる類いの盗賊だとは思えず、誰かの悪戯とも考えられた為に、回りくどくも様子を見ていたのだった。


 この十日ほど見張った永岡は、店の者の時折見せる鋭い目や動き、客に対する対応の商売っ気の無さ、それでいて殊の外繁盛している飯屋にもかかわらず、女も置かずに全て男衆と言うのも解せなかった。

 そう言った様々な面で、怪しさを増して行ったのだった。

 そして昨夜、店から出て来た男をつけて行き、四半刻ほど歩いた先にある、寂れた祠へ消えて行くのを見届けた。

 男が引き返してから祠を確認すると、祠の下から金の入った瓶が見つかったのだった。

 その額、凡そ八千両。

 寂れた祠の下を金の隠し場所としていた訳だ。


 それを聞いた永岡は、一夜明けた今日、一斉に踏み込み、店の者全てをお縄にする事と決めたのだった。

 だが、店の者と言っても四人。

 永岡一人でも捕らえる事が出来そうな人数である。

 それでも永岡は、念には念を入れ、先輩同心の新田にも応援を頼んでいた。

 そんな訳で永岡としては、決して気は抜けないが、ある程度余裕を持っている。



 永岡が智蔵から話しを聞きながら外の様子を伺っていると、新田が階段から顔を覗かせた。


「おぅ、遅くなっちまって悪りぃな」


 のんびりとした口調で永岡へ詫びを入れる。


「いや、オイラも今さっき着いたとこですよ新田さん」


 永岡の返事に、新田はギョロリと鋭い眼光を光らせ、ニヤリと笑う。

 この先輩同心の新田は、骨と皮の様な瘦せぎすの身体な上、申し訳程度の細い髷しか結えぬほど髪が薄いので、一見かなりの老齢に見える。しかし、良く見ると肌艶も良く、凛々しい眉に大きな二重瞼が如何にも力強く、ギラギラした若さを感じさせる。しかも、骨と皮の様な身体に見えるが、永岡同様、かなりの剣の遣い手で、実は細いながらも鋼の様な引き締まった身体をしている。


「まあ、抜かりなくやろうぜ」


 くるりと腰から引き抜いた十手を回しながら、新田はもう一度ニヤリと言うのだった。



 *



「ざけんじゃないわよっ。あんた何回言やぁわかんのよ!」


「へ、へぇ。す、すいやせん。でも昨日は、あれは好かねぇって言いやしたんで、てっきり……」


「昨日と今日とで気分が変わるんだよっ!

 そんくらいのこたぁ察しなさいよっ!」


 正吉が弁天一家の裏口から中へ入ろうとした時、中から大音声が聞こえて来たのだった。


「これでやすよ……」


 案内して来た正吉は、みそのに振り返ると、両の手の平を上にあげ、肩を竦めて困り顔をして見せる。


「ふふ、大層ご機嫌がよろしいみたいね?」


 みそのは久しぶりに聞くお百合の声に、懐かしさを覚えながら笑いとともに答える。

 正吉はそんなみそのに頭をかきながら、情け無い顔で苦笑する。

 そして正吉は首をブンブンと回し、気を取り直す様にしてから、


けえりやしたぜぇ!」


 威勢良く声をかけた。


「正吉っ、あんた何処で油売っ……」


 お百合が今度は正吉に吠えかけたところ、正吉の後ろに控えるみそのを認めて目を丸くした。


「みそのさんっ!」


 お百合は転がる様にみそのの所へ駆けて来る。


「お久しぶりね、お百合さん。随分と元気そうじゃない?」


 みそのが悪戯っぽく挨拶すると、お百合はバツが悪そうに肩を竦めて舌を出した。

 声とその内容とは似つかわしく無い、肌が白く、優しげな目をした可憐な顔がそこにある。

 お百合は器量好しが狙われた拐かしに遭っただけあり、中々の美貌の持ち主なのだ。


「みそのさーん、会いたかったよーぅ」


 さっきまでの威勢の良さは何処へやら、お百合は鼻にかかった声でみそのに甘えて来る。


「あらあら、なによお百合さん。暫く見ない内になにかあったの?」


 みそのは先ほど正吉から聞いてはいたが、そこは知らぬ振りをして、お百合の背中を撫りながら返した。

 そして正吉には、ここは私に任せてとばかりに目配せをする。

 正吉は先ほど怒鳴られていた若い衆と一緒に、みそのに手を合わせて拝みながら、忍び足で去って行く。


「ほら、お百合さん。あそこで座って話しましょ?」


 みそのは縁側を指しながらお百合を促した。


「そうね、お百合さんの胸の内を当ててみようかしら?」


 みそのは縁側に腰をかけると、お百合を覗き込む様にしてニコリと言った。

 お百合は目を丸くしてゴクリと喉を鳴らす。


「あの剣術家のお侍さんでしょう?」


 みそのが言うや、お百合の整った顔はぐにゃりと歪み、見る見る泣き顔に変わっていった。



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