5話-8
階段。
まず目に付くのは前述の小ささだろう。中央の階段と比べると1/3程度くらいだろうか、ともかく人が1人昇るのがやっとの幅しかない。その小さな階段では子どもでも1人が限界だと思う。あと、異様に暗いのだ。快晴の昼下がりにその暗さはおかしいと思う。振り返ってもう一度屋上へと続く階段を見たけれど、明かり取りの窓でもあるのだろうかってくらいに明るい。(まぁ、後に屋上へ上がる機会があったので知っているけど、普通の階段と同程度の明るさだったと思う。)でも対比だろうか、この時は本当にとても明るく見えたのだ。
しかし、「おかしなところ」の最たるものは階段の昇り口を大きなロッカーでぴったりと塞いであることだった。鈍色の巨大なロッカーは意識するとその存在は半端ないけれど、普段はこの暗い階段の横にそっとあるのだと思う。まじまじと見上げていると「それ大きいよね」という姉の言葉が少しだけ辺りに響いた。手すり部分の斜めな空間は天井から金網で覆われ、そこが階段であるという事は、金網越しに分かるものの、全ての立ち入りを禁止されている状況だった。
僕が呆然とその階段を眺めていると姉は運んできた机を金網の一番低い箇所(とはいっても姉の胸ぐらいの高さはある)まで持って行き、その上にひょいと飛び乗った。そのまま金網の端っこ部分をそっと押し込むとカシャリと少しだけ音がして、金網はびっくりするくらい簡単に姉が通れるくらいの隙間ができたのである。たぶん経年劣化で金網の留め具が壊れていたのだろう。錆びた針金がだらりと垂れ下がっていたので、姉がニッパーで切ったとかではなさそうだった。
姉は目を丸くする僕の方を振り返り、眉を少し下げたような表情で「どうする?」と聞いたのだった。
姉はあからさまに侵入を禁じられている空間に入ろうとしている。
行くわけがない。
行けるわけがないのだが、僕はここに来ても天秤にかけてなくてはならなくなってしまった。
真っ暗なそこに入るのか、それとも静寂に包まれたここに1人で残るのかを。両方とも日常とはかけ離れた異様な空間なら、姉と一緒の異界のほうがまだマシな気がした。
何故だろうか、今考えても図書室に戻って姉の帰りを穏やかな空間で過ごせば良かったのではないだろうかと思うのだけど、この時は切り離された空間に思えてならなかった。たとえこの異質な階段前を離れても図書館はおろか、校舎からさえ出られないのでないかという予感めいた考えが僕を捉えてしまっていた。
さんざん考えて結局僕は「・・・一緒に・・行く」と声を絞り出す事に相成ってしまった。とても不本意だったけど。
まだ続きます。