1話-2
滅多に見ないような顔で姉に拒否られた。
「お母さーん、付いてこないように言って~」と強権を発動させてまで僕の追尾を阻止しようとした。
帰ったら遊んであげるからとか、チョコレートあげるよとかあの手この手で僕を留まらせようとする。
ここまでされると幼児としての浅はかな思いが燃え上がる。
つまり姉はこれからその条件以上に「楽しいこと」があるのだと。
そして僕は留守番する振りをして勝手口から出てそっと姉達についていった。
特にいつもと変わった遊びをするでもなく、楽しい所へ行くわけでもない。いつもと同じいつもの情景。
拍子抜けしながら姉に駆け寄ろうとすると、振り向いた姉は大きな目を更に見開いて僕の名前を呟いた。
いつも飛び越えている低い生け垣をひょいと跨いだ時、姉の「あっ!」という声がした。それを聞いた瞬間、僕の体は斜めに傾いていった。
え?っと思ったけど重力に逆らうことはできずにそのまま生け垣の向こうにポテンと転がってしまった。立ち上がろうとして手を見たら変なところで曲がっていた。
あんまりなことにびっくりしすぎて呆然としていると、姉が駆け寄ってきた。
「だから来ちゃダメって言ったのに」と震える小さな声でそう言った。
青い顔をして目にも涙が溜まっている。姉のそんな顔に僕は火が付いたように泣き出した。
手はもちろん痛かった。それに姉の言うことが単純に怖かった。そしてそんな顔を見てしまったこともただただ悲しかった。今考えればそんな顔をさせたことが悲しかったのだろうけど、当時はいつも見ることのない姉の顔を見たことがとても悲しかった記憶がある。
当時小学2年生だった姉におぶられて家に帰ると、涙でぐしゃぐしゃの姉弟の惨状を見て、母は大いに慌てた。もともと血を見るのが苦手な母はパニクりながら父の会社に電話していた。
子ども部屋で遊んでいると思っていた息子がおぶられて帰って来たのだ。ギャン泣きで。そりゃ慌てるだろう。手は折れているし、足もなんか擦り傷や切り傷で血が出ている。20代後半そこそこの母がパニクってもしょうがない。まぁ、今でもパニクる可能性は高いが。
姉は父が帰ってくるまでずっと隣にいてくれた。眉根を寄せた難しい顔をして折れた手でも怪我をした足でもなく背中というか腰のあたりをずっと擦ってくれていた。
その後会社から急いで帰って来てくれた父に連れられて病院に行き、帰って来ると姉はいつもの雰囲気に戻っていた。
一体何がどうなっているのかは姉は一切語らなかった。なんとなく聞いてはいけない感じがして僕もその時聞くことはなかった。それに初めての大怪我で熱を出し、熱が下がった時にはすっかりそんなことは忘れ去っていた。脳細胞に詰め込む途中の幼児など、日々の新しい出来事に対応するだけで精一杯だった。
因みにその後何だったのかも聞くことはなかった。
擦られていた背中に手形があったとか、黒い痣が・・・なんてこともなかった。
大人になった今、姉に聞いても答えは返ってこない。
なので、オチも何もないのだけど、姉がアレだという方向性は掴めたかと思う。
こんな感じの記憶を記録していくつもりなので、よければお付き合いを。