2話-9
記憶の中で積み重なっていく「大丈夫」に僕は少し気分が悪くなっていた。それほどに姉が発する場違いなその言葉というのは数が多かった。姉の口癖なのかと思う程度には・・・僕の友達に「お前の姉ちゃん過保護?」とからかわれる位には。
今回の事だって、姉がそんなあやふやな言葉じゃなくてちゃんと伝えてくれていたら僕だってこんな目に合わなかったのかも知れない。次第に恐怖や驚愕が怒りにすり替わっていくのを感じる。
「姉ちゃんのせいだから!なんで僕がこんな目に・・・もう!いつまで続くんだよ!」
頭のどこかの冷静な部分では姉のせいにするなんてそんな理不尽なと思わないでもなかったけど、この時は自分が訳の分からない事に巻き込まれた混乱の方が強かったのだと思う。
そんなぐちゃぐちゃの感情で姉に当たり散らした僕に、姉は反論するでも怒るでもなく、ただ目の前から動かなかった。
「大丈夫」
再び発せられたその言葉にカッと頭に血が上る。
「どこが?なにが?ちゃんと説明してよ!!!」
そんな強めの僕の言葉に姉は一つ小さく息を吐いて口を開いた。
「あれは・・・境界から覗くモノだろうね。一回覗けた境界をもう一度覗こうと思って隙間を作ろうとしてただけだよ。
でも、もうその境界は潰したからもう覗かれないよ」
分からない。分からなかった。説明してと頼んだのはこっちなのに、なぜか聞いたら更に混乱するという変なスパイラル。
まだ、ここは霊の通り道でとか・・・成仏しきれない地縛霊のおっさんがとか・・・僕がどこからか連れて帰ったとかそんな風に言われた方がマシだった気がする。まあ幽霊なら理解できるというのもおかしな話ではあるけれど。
人間本当に理解できないものには恐怖を感じるようにできているようで、底知れぬ感情に揺られながらも僕は姉との問答を続けた。さっき飲んだ野菜ジュースの水分はもうとっくの昔になくなっていて、喉がすごく乾く。そんな現実的な思いを少しだけ拠り所にしながら。この訳の分からない姉ワールドに飲まれないようにするにはとても小さな拠り所だったけど。
「・・・潰したってどういう事?」
「境界って普通は家の中にはないんだけどね。なんであったかは分かんないけど。お父さんが普段いないからかな?」
なんでそこに父が出てくるのか。本当に姉の話はアレだと思う。そんな感想を述べる隙もなく姉は話を続けた。
「とにかくソコにあったし、困ってたみたいだったから潰したんだよ」
そう言って、やっといつものようにヘラリと姉は笑うと、今回の出来事を語り始めた。
やっと帰ってきました。まだ続きます。