第30話・誓い
■――戦いの意義――
ヒロシは、急いで日本支部に戻った。
黒い翼はなぜかヒロシの思うように動き、地面に降り立つとふわっと羽が舞って、
翼は瞬間的に消えた。ヒロシがミリアを担ぎ込むと、
すぐにマーシャが血相を変えて駆け寄ってきて、医務室に運び込んだ。
ミリアが治療を受けている間、ヒロシはジッと黙って待っていた。
アリアも黙ってヒロシの肩に座り、一緒に静かに待っていた。
しばらくして、医務室からマーシャが出てくきて、ヒロシが駆け寄ると、
マーシャは少しほほえんで、
「一命は取り留めたわ」
とため息混じりに言った。
その言葉を聞いて、ヒロシとアリアは深く息をついて肩を降ろした。
マーシャはその様子を見て、少し苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻り、
「何があったの?」
と尋ねてきた。
ヒロシは、悲しそうに報告をした。
そして、自分が暴走してミリア傷つけてしまった事を伝え終えると、
ヒロシはマーシャから目をそらした。
アリアはヒロシの首筋をそっとなでて、
「あんまり、ヒロシはんをせめんといてください」
と、つぶやいてマーシャを見つめた。
マーシャはヒロシのうつむいた顔を見て静かに話を聞いていた。
「このことは、俺が一生をかけて償います」
ヒロシは、マーシャに向けて頭を下げた。
マーシャはその姿を見ると、ため息をつき、
「それは、謝る相手が違うんじゃない?」
「え?」
「だから、謝るのは私じゃなくて、ミリアじゃないの?」
「あ・・・」
「まあ、そこまで気にすること無いと思うけど」
「・・・」
ヒロシは悲しそうに笑い、
「ありがとうございます」
と、答えた。
「それに、命とか、一生とかそういうのは、全部一人合点だと思うし、
そんなに簡単に命をかけるとかいうもんじゃないよ」
「そうやね」
アリアも笑った。その笑顔に、ヒロシの心は、とても救われていた。
ヒロシはこれ以上、自分の手のひらの大切な物を傷つけさせないと誓った。
たとえ、この身を犠牲にしても・・・。
その日の夜。
皆が寝静まり、アリアも静かに寝息を立て始めたころ。
「ウィン」
ヒロシは一人、訓練室に入っていた。
「訓練レベル、5。開始します」
とジックの声がして、鎧の形をしたシガールが3体出現した。
ヒロシはゆっくりとシガールを、睨みつけ空間から剣を取り出しかまえた。
「ミッション、開始」
その一声と同時にシガールが動き出し、ヒロシは深く踏み込んだ。
「うおぉぉぉぉ」
と叫び、攻撃を繰り出してくるシガールをきれいにかわし、次々と3体を切り伏せた。
「ふう・・・」
一息ついて、呼吸を整えたが、しかし、乱れた心は落ち着かなかった。
心の中に感じる影に問いかけた。
「出て来いよ・・・、見てんだろ・・・」
そう言うと、ヒロシの影が、浮き上がり人の形をして赤眼の瞳が現れた。
ヒロシは振り向かず、背後でそれを感じ取り、
「頼みがある」
と振り返りながらつぶやいた。すると、影は笑みを浮かべ、
「この私にか?」
馬鹿にしたように訊いてきた。ヒロシはその笑みを冷笑で受け流し、
「ああ」
と静かに真っ直ぐ影を見据えて短く答えた。
影はそれを聞くと大笑いをして、
「私はお前を狙ってるんだぞ、それに恨んでいるのだろう。私を。
それでも協力しろというのか?」
と、おさまり始めた笑みでヒロシを見つめた。
ヒロシは表情を変えず、
「そうだ・・・」
とはっきりと強く答えた。
それを聞き、影の笑みは一瞬で止まり真面目にヒロシを見つめた。
「協力してもらえれば、俺の体を好きに出来るチャンスはいくらでも増えるだろ?」
ヒロシは、影を強くにらんだまま煽るように見つめた。
影はしばらく黙ったまま、少し笑みを浮かべると、尋ねてきた。
「体を明け渡してくれるわけじゃないのか?」
「それは、許可できないな」
ヒロシが強気な口調で答えた。
すると、影の口元が、徐々にゆがみ始め、小さく息が漏れた。
「フハハハハハハ。これはまた、滑稽な。
いいだろう、その代わりスキさえあればすぐに付け入ってやろう」
「・・・お手柔らかに」
ヒロシはそれだけ言うと、影に背を向けた。
(ここまで・・あいつに似ているとはな・・・・)
そのまま、影はゆっくりとヒロシの影に戻っていった。
ヒロシは地面におちた影に、目を落としていたが、
小さくうめき声を上げながら右目を押さえ始めた。
「グアッ」
すぐに、痛みがひきヒロシはゆっくりと押さえていた手をはずした。
ヒロシの右目には鎖のような黒いあとが出来ていた。
「それは、私との契約の証だ」
頭の中に、どす黒い声が響き、その声を聞きながら、
もう苦しみを味あわせないことを誓った。
「ミリア・・・ごめんな」
そう、静かにつぶやくのだった。