八話 頓悟 と 信頼
「どうしたの、これ?」
「ユナさん……。いや、参りました。僕の魔法は、どれも馬鹿みたいな出来損ないです……」
僕は俯きつつ、傍の氷の塊を軽く蹴った。
「これとか、あの盛り上がった地面を見てくださいよ。どれもこれも、巨大すぎて強すぎるんです。程度っていうものを知らない。こんな魔法じゃ、何の役にも立てられませんよ」
僕は、かなり深刻に落胆していた。
しかしユナさんは、僕が望んでいたような同情を示してはくれなかった。
「別に、魔法なんか使わなくたっていいんじゃない?」
あっけらかんとしたその言葉に、僕は驚いて顔を上げた。
「だって! ユナさんやコオさん、ランさん達は、それぞれの魔法を村の為に役立てているじゃないですか!」
「それは、たまたま便利な魔法が使えたからってだけで、たとえそれが使えなかったとしても、私達はきっと、別の形で村の為に頑張っていたと思うよ」
「そうかもしれませんけど……」
「魔法なんて関係ないのよ。梅ちゃんだって、昨日村長の牧場のお手伝いした時、魔法は使わなかったでしょ? それでも、村長にとっては、それはありがたい事だったと思うよ」
ユナさんは僕の目をじっと見つめ、暖かな声で語る。
話を聞いていると、心の中で渦巻いていた自分を卑下する自虐的な感情は徐々に薄れていくようだった。
「無理して使おうとしなくていい。使った方がいいと、自分で思ったのなら、その時は使えばいい。魔法なんてそんな程度に考えておいた方がいいよ。他人から強要される事なんて、ほとんど無いんだから」
「そう……なんですか、ね?」
「そうだって! 少なくともワコウ村では、そうなのよ」
目から鱗だった。
僕は、魔法という超常現象がある異世界に来て、そしてその魔法が自分にも使えるという事で、浮かれていたみたいだ。
魔法があるのだから、使わねば、役立てねばと、一種の強迫観念のようなものに支配されていたのかもしれない。
ユナさんからの諭しで、今、その呪縛が解けた。
自分で自分を苦しめていた考え方は頭から消え去り、なんだか、とっても心が軽くなった気分だった。
「魔法を使わない僕でも……皆のお役に立てますか?」
僕が聞くと、ユナさんは太陽のような笑顔を浮かべ、「もちろん!」と即答してくれた。
僕の胸には熱いものがこみ上げてきた。
「ありがとうございます! 僕、自分のできる範囲で、皆の為に頑張ります」
「よしよし。でも、あんまり気張んなくても大丈夫だよ。普通でいいのよ。普通で」
ユナさんは、口元を押さえて、ウフフと微笑んだ。
少し休憩しようということで、僕達は献血ルームの中に入り、待合室のイスに並んで座った。
座った時、自身のポケットの膨らみを見て、ジョウさんから頂いた、白い野菜の事を思い出した。
「そうだ。これ食べませんか?」
「あら、いいもの持ってるじゃない」
「朝、ジョウさんから貰ったんです。これは、すぐに食べられる物ですか?」
「うん大丈夫。生でもとっても美味しいの。半分ずっこしましょ」
ユナさんはナイフを取り出し、手際よくそれをカットし、皮を剥いていった。
中の果肉は薄いオレンジ色をしており、種子だと思われる黒い細かな粒が、全体に散りばめられている。
ユナさんは切り取った皮を皿代わりにして、そこに一口大に切った果肉を載せていった。
手を合わせて「いただきます!」といい終わるや、ユナさんはその1つを取り、無造作に口の中へ放り込んだ。
「ん~……。美味!」
頬をおさえて、感激に打ち震えるように感想を漏らす。
いつも楽しそうなユナさんの顔は、食事時には特にその幸せの度合いを増す。
僕もその幸せを感じようと、それを1つ食べてみた。
野菜かと思っていたそれは、柿や梨のような果物系の甘さを持っていた。果肉は柔らかいのだが、全体に広がる種がポリポリと小気味の良い食感を与えてくれる。つまり……。
「美味しい!」
「でしょでしょ」
「これ、なんて野菜ですか? 果物?」
「名前? え~っと、たしか白丸とか言うんだったかな」
ハクエン。やっぱり元の世界では聞いたことのない名前だった。
この世界の食べ物は、大体が元の世界の物よりも美味しく感じる。それは、この混乱した現状においては、数少ない嬉しい事の1つだった。
「そうだ。名前と言えば、この世界はなんていう名前なんですか?」
僕は咀嚼の合間に、なんとなく思いついた質問をしてみた。
「世界に名前? 名前、名前……名前? あるのかな?」
悩みながらも、ユナさんも食べる事を中断しなかった。
「……解んないや! 私は知らない。梅ちゃんのいた世界はなんて名前だったの?」
逆に問われてみると、僕も考えこんでしまった。
国や大陸の名前なら決まったものがあるけれど、世界という漠然としたものの名前となると……。
日本の世界? 平成の世界? 地球の世界? 太陽系の世界?
どれもピンとこない的外れな表現な気がした。
「そうか、言われてみれば僕のとこにも、世界に名前なんて無かったと思います」
思えば、名前のついた世界なんて創作物の中でしかお目にかかったことはなかった。
この世界だって、その辺の事情は僕の世界とそう変わらないのかもしれない。
「梅ちゃんってさ、結構、名前の事気にするよね。名前ってそんなに大事?」
残った白丸の、最後の1つを口に入れつつ、ユナさんは不思議そうに訪ねてきた。
「え? だって言い表す時とか、区別する時に必要じゃないですか」
思ってもみない質問に、僕は少し面食らった。
「そうかもしれないけど、無くても困らないよ。見れば解るし、『アレ頂戴』とかでも十分通じるでしょ」
「そうか……そうですね!」
僕はまた、元の世界の固定観念によって、固く考えすぎていたようだ。
全くユナさんの言う通りだと思う。名前なんて重要じゃない。ようは、それが何か、どんなものかを知ることの方が大事なのだ。
僕とそう年齢の変わらないユナさんからの言葉は、自分でも不思議なくらい、素直に聞き入れる事ができてしまう。
きっと僕はもう、ユナさんの事を心から信用、いや、信頼しているのだろう。
それは助けられたからとか、お世話になっているからといった恩義からではなく、ユナさん自身の人間性に、強く惹かれたからなんだと思う。
「はぁ~、それにしても僕の魔法、もう少しなんとかなりませんかね」
食後の一息、僕は未練たらしく愚痴った。
「梅ちゃんさ、魔法使う時、ちゃんとしたイメージを作ってる?」
「イメージ?」
「例えば、私の場合なんだけど、爆発を起こす時、こんな風な爆発の仕方をしろぉ。って頭の中で爆発の画を思い描くの。そうすると、起こる爆発も、その通りの形で現れるんだ。怪我治す時も同じね。どんな風に治したいか、頭で想像するの」
「そ、そうだったんですか! たしかに僕は炎ぉ。とか氷っ。っていう漠然とした感じしかイメージしていなかったです。明確な形を考えた事は、ないな」
「じゃあ、それ試してみたら?」
「はい!」
僕は小走りで献血ルームを出た。後ろからユナさんも歩いて着いてくる。
さっきまで試行錯誤していた場所まで戻り、閉じかけていた傷口を再び広げ、少量の血を出す。
イメージ……。
まずは炎だ。どんな炎か? じゃあ、形はいつもの火柱でいい。
ただ、炎が伸びる方向は、上ではなく、『前』に!
地面に沿うようにして突っ走る炎のイメージを頭に思い描いた。
「では、行きます!」
後ろにいるユナさんに告げた。
もしかしたらそれは、自分自身を激励する為のものだったのかもしれない。
スイングした腕から飛んだ血液は、地面に着くと火炎へと姿を変えた。
その進行方向は、天ではなく奥へと向かっていった。
僕のイメージした通りだ!
炎が向かった先には、ハリネズミのような氷塊があった。
猛烈な勢いの炎は、そんな障害物に怯む事も無く突っ込み、そして氷塊を飲み込んだ。
「すごっ」
僕の魔法を初めて生で見たユナさんは、短い驚きの言葉を呟いた。
数秒後、炎が消え去った後には、氷塊は元の十分の一程度の大きさしか残っていなかった。
辺りには大量の水蒸気が発生し、薄い霧のようになっていた。
「本当だ、できた……。できましたよ、ユナさん!」
ユナさんは「おめでと~」と軽い拍手を打ち鳴らした後、「イェイイェイ」と言って、ピースサインをした。
成果をあげられ、僕達は満足して家路に就いた。村に着いたのは、丁度ランさんが明かりを灯す頃合だった。
「はい、これ」
家に着くなり、ユナさんから大き目のタオルを渡された。
「何です?」
「今日は男の人が水浴びする日。湖行って体洗ってきて」
「あぁ、そういうのちゃんと決まっているんですね」
「男女で使う日が分かれてて、その時は異性は湖に近づかないって、決めてあるだけだよ。女も男も使わない日は、いくらでも自由に水浴びしていいんだよ。覗かれてもいいならね」
目を細め、顔をくしゃらさたユナさんは、うっしっし。という笑い声を出した。色々な笑い方を持っている人だ……。
僕は言われた通り、湖へと向かった。
辺りはもう薄暗かったが、ランさんの光が点々とあり、その小さな光源のおかげで迷ったりすることはなかった。
そして農場を越えた先の湖にも、小さな灯りは三つあった。
驚いた事に、光は水上に浮いていた。それはまるで、大きな三匹の蛍のようだった。
湖の水は冷たかったけれど、元々の気温が暖かかったので、苦痛を感じるほどのものでは無かった。
じゃぶじゃぶと体を洗う。考えてみれば、この世界に来て以来、初の入浴だ。皮膚に張り付いた汗や垢が落とされていくようで、とてもさっぱりとした。
その後、誰の目も無いのをいい事に、豪快なバタ足のクロールで泳いでみたりして、遊んだ。大きな銭湯に来たような気分だった。
そうだ……。
この光の魔法、僕にも使えないかな?
ふと思い立って、すぐにやってみることにした。
光なら、たとえ大規模なものが起こったとしても、村に実害は無いだろうと思ったのだ。
またも指の傷を開け、湖の奥に向かって、思いっきり遠投した。
少し待っても何の変化も起きない。
失敗かと思い、帰ろうと後ろを振り向いた瞬間、強力なライトが僕を背後から照らした。
直視すれば目を痛めてしまいそうなほど、とても強い光だった。
朝になったかのような突然の明るさに、村人達は慌てて家から飛び出てきた。
数分後には、村に住むほとんどの人が湖にやってきた。
皆一様に光に目をやられないよう、下を向き、両手をひさし代わりにしている。
僕は、集まった方々に対して、事情を話し、平身低頭謝るばかりだった。
裸のままで……。
当然、その集まりの中にはユナさんの姿もあり、僕は恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだった。
光は、およそ十分後には消えた。