七話 祖母 と 巨大
翌日、僕は自分が使える魔法を調査することにした。
しかし、もしもまた大規模な魔法が発動してしまうと、村にも被害が出てしまうのではないかと考えた。
昨日は幸いにも農園から少し離れた場所で、かつ水辺にも近かったから、炎が広がる事はなかった。
でも次はどうなるか解らない。もしかしたら、この小さな村に、壊滅的な打撃を与えることになるかも……と。
そんな危機感を抱かせるほどに、僕の血から噴きあがった炎には度を越した力があった。……と思う。
いずれにしろ、これ以上村の人達に迷惑をかける事はできない。
どこか周りに人がいない場所を、と考えた時、献血ルームの事が頭に浮かんだ。
正確には、献血ルームがある荒野の景色が。
ユナさんは今日も森に行くというので、事情を話して、僕も同行させてもらう事にした。
「たしかに、自分に何ができるのかは、知っておくべきよね」と、ユナさんも言ってくれた。
出発前、僕は村長とジョウさんの元を訪ね、同じように事情を説明し、手伝いができない事を謝罪した。
「そんなかしこまらんでええ。行ってこい、行ってこい」
二人は異口同音にそう発し、村長は絞りたての牛乳を。ジョウさんは、何だか解らない白くて丸い野菜を僕にくれた。
牛乳はその場で飲んだ。
生ぬるかったけれど、栄養満点で、活きた味がした。
野菜は服の左ポケットに入れ、後で食べる事にした。
ユナさんの家に戻ると、物置として使われている部屋が、盛大に散らかされていた。
「何してるんですか」
「あ、ナイスタイミング! ちょうど今見つけたとこ。これ、魔法使う時に使って」
ユナさんの手には、年季の入った鞘つきのナイフが握られていた。
「いいんですか?」
「うん。今までしまいっぱなしだったし。使わないより、使った方がいいでしょ。それに、また襲われた時、護身用として使えなくも、ないかもしれないし」
僕はナイフを受け取った。
全長は十五センチ程度だろうか。僕の手と同じくらいの大きさの、小さな物だった。
武器としての効果は、あまり見込めないと思う。でもたしかに、無いよりはマシだった。
「ありがとうございます」
ユナさんは満足気に何度か頷いて、「それじゃあ出発よ~」と玄関に向かった。
物置部屋は物が散乱し、荒れたままだった。
多分きっと、ここを片付けるのは僕の役目になるのだろうと思い、自然にため息が出た。
森へと続く草原で、十数頭ほどのラパの群れに遭遇した。
彼らは満員電車のように隙間無く互いの身を寄せ合い、ゆっくりと同じ方向に向かって歩いていた。
茶色い体毛の中で、大きな瞳の黒と白は際立つ。しかもそれが数十個密集して並んでいるのだ。
背筋が震えて、鳥肌が立った。
「なんでこいつらは牧場で飼われてないんです?」
なるべく目玉の群れを見ないようにして、ユナさんに質問した。
「ラパはワンパクな動物で、柵で囲っても逃げちゃうんだ。でも餌の時間には戻ってくるし、頭が良くて人間とも仲良しだから、放し飼いにしてるの」
ユナさんは群れとすれ違う際に、近くにいた一頭の背中を撫でて「かわいいでしょ」などと言った。
申し訳ないが、その言葉に賛同することはできなかった。
森に入ると、やはり以前同様、視界は暗くなった。
「そういえば、ユナさんは森に何の用事があるんです?」
「薬草を取りにきたの。この森の奥に生えてるんだ。最近、マチおばあちゃんの具合が良くなくってね」
「まるでお医者さんですね」
僕が適当な事を言うと、ユナさんは目の下を掻きながら照れ笑いをした。
「一応、私はあの町でお医者さんとしてやってるもので」
「あ、そうか! 魔法で怪我が治せるんですもんね」
「まぁそうなんだけど、病気とか体力が落ちているのは、私の魔法じゃ治せないからね。こうやって、たまに薬草取りに行ったりするの」
「ふぅん」
僕は関心していた。僕とそう年が変わらないはずなのに、薬学の知識があり、医者として村の助けになっているなんて、すごい事だ。
僕はそう思った事を、率直に伝えた。
「おばあちゃんに教わったの」
遠い目をしてユナさんは答えた。
「私、ずっと子供の頃、村の近くに捨てられていたらしいんだ」
「え……」
「おんぎゃあおんぎゃあ泣いているところを拾ってくれたのが、おばあちゃん。今私達が住んでいるあの家は、元々おばあちゃんのお家。おばあちゃんはお医者さんで、私の薬草とかの知識は、全部おばあちゃんから教わったものなの」
「そのおばあさんは?」
言った瞬間、自分の失言に気が付いた。
今その家にはユナさんしか住んでいないのだ。つまり、そのおばあさんは……。
「死んじゃったわ、随分前に」
やっぱり。
「あの、その、ごめんなさい」
僕の焦りをよそに、ユナさんは何でもない顔で笑っている。
「そんなに気を使わなくても平気だよ。本当にずっと前の事だし。あ、さっき渡したナイフはおばあちゃんが使っていたものなんだ。悪いと思ったんなら、それを大事に使ってね」
僕はポケットからナイフを取り出す。
そんな大事な、おばあさんの形見を僕に渡すなんて……。
「大事にします! ずっと」
うんうんと頷くユナさん。その顔はずっと笑顔のままだった。
健康的で人懐っこく、眩しいばかりのその笑い顔が、ユナさんにとっては基本の表情なのかもしれない。
「さて、さっきからずっと気になってたんだけど」
「なんです?」
「梅ちゃん、敬語禁止って言わなかった?」
ジロリと睨まれて、僕も苦笑いという名の笑顔になった。
ユナさんは用心の為といい、献血ルームにまで着いてきてくれた。
森を抜けた何も無い荒野に、不自然にあるコンクリートの建造物。その光景は最後に見た時と、何ら変わっていなかった。
念の為、中に向かって大声で呼びかけてみたが、反応はなしのつぶてだった。
ユナさんは恐る恐るといった様子で、建物から少し距離を置いている。
全くの未知の物体に対して、どういった態度で臨めばいいのか、判断がつかないのだろう。その気持ちは僕にもよく解る。
「ありがとうございました。それじゃあ僕はここで魔法の練習を始めますね」
「頑張ってね。私も薬草採ったら、またここに寄るから一緒に帰りましょ」
怪我しないでねぇ。と無邪気に手を振りながら、ユナさんは森へと消えていった。
さて、やるか。
まずは、昨日のアレが、まぐれや偶然の産物で起こった事なのかどうかを確かめよう。
ユナさんのおばあさんの形見のナイフを使い、左手の人差し指を少しだけ傷つけた。切れ味は悪くない。
相変わらずの、美しい血が湧き出る。
炎ぉ! と念じながら、野球の投球フォームの如く腕を振り、血を遠くへ飛ばした。
前回と同じ現象が起こった。
業火が怒ったように天を目指し、巨大な火柱を形成する。数メートル離れている僕のところにも、熱風と小さな火の粉が届いた。
話で聞いていた以上に、凄まじい迫力だった。
よくこれに当たって生きていたよな……。ユナさんの治療のおかげとはいえ、奇跡だよ。
火柱は十秒ほどで、景色に溶けるようにその姿を消した。
やっぱりまぐれではなく、これが僕の魔法らしい。大火力の炎。
威力の調節はできないものか……。
そういえば、ユナさんは使う血の量で、魔法の強さが変わると言っていた。
僕はさっそく試した。
左手指先の傷口を右手の人差し指で押さえる。指の隙間から、わずかに血が這い出てくる。
大きく息を吸い込み、その指先へ思い切り吹き付けた。
飛ばした血の量は、さっきより大分少ないはずだったが、現れた炎の大きさは、さっきと大差のないものだった。
あまり遠くへ飛ばせなかったせいで、危うくまた大火傷を負ってしまうところだった。
……どうやら、最低火力でコレらしい。
この前みたいに魔物に襲われた時に使えば?
いやだめだ。魔物は倒せるだろうが、使った自分も火達磨になってしまう。しかも周りの木に引火して、森は一瞬で火の海になってしまうだろう……。
じゃあどうすれば? 何に使えば……?
僕には、使いどころが思いつけなかった。
落胆のため息が出た。
ひとしきりがっかりした後、他の種類の魔法が使えないか調べることにした。最初は誰かの魔法の模倣から始めた。
まず試したのは、ユナさんの『治療』と『爆発』の二つ。
再びナイフを取り出し、今度は右手の指を切った。そしてそこに左手の血を垂らしてみる。
反応無し。
ダメだった。
今度は、炎の魔法と同じ要領で、爆発ッ! と念じながら血を飛ばしてみる。
音沙汰無し。
やっぱりダメだった。
僕には、その二つの魔法を使う適正は無いみたいだ。
ため息をまたひとつ。
次に、コオさんが使った氷の魔法。
氷ッ! と放った血は、地面に触れた瞬間、僕が望んだ通り、氷塊へと姿を変えた。
なんと成功したのだ! ただ……。
氷の全長は僕の身長の、ゆうに三、四倍はあった。
しかもその巨体からは、四方八方へ尖ったツララが枝のように伸びている。
無数に突き出た透明で鋭利な刃物は、陽光をそれぞれの方向に反射し、冷たく光っていた。
周囲は温度が下がったために、空気が湯気のような霧を発し、地面は徐々に凍っていった。
針を立てたハリネズミのようなその姿には、周囲への過剰なまでの攻撃性を感じさせた……。
できたのは嬉しいけど、また、こんなダイナミックな……。
こんなもの、危なくって冷蔵庫代わりに使えやしないよ。
僕はさらに、ため息をつく。
炎の時とは違い、何十秒経ってもその氷は姿を消さなかった。
どうやら、もう血ではなく完全に氷へと、物質的に変化しているらしい。
普通の氷と同じで、気温で溶けきるまで、この危険な凶器はなくならないのだろう。
これで二種類目。
平均的な人間なら、使える魔法の種類はこれくらいらしいが、一応、他にも試してみることにした。
今のままじゃ何の成果もあがっていない。結局、役立つ魔法がないままだったから。
炎、氷ときたのなら、次は風と土だろう。ゲームでは一般的とも言える四属性だ。
結果から言うと、その二種類の魔法も、僕には使えた。
片や、大竜巻が発生して、僕は飛ばされそうになり……。
片や、二、三十メートルほど地面が隆起して、景色の中に四つ目の山を作ってしまったり……。
僕はしばらく頭を抱えた。
たくさんの種類の魔法が使えるのはいい。
けれど、そのことごとくが大規模すぎる。威力の調整も効かないし、使いどころがなさすぎる……。
はっきり言って、全く役に立たない。
僕は一際大きなため息を吐き出した。
ユナさんが迎えに来てくれた時、僕は途方に暮れており、荒野には献血ルームと少し溶けた氷塊、そして新しくできた小さな山があった。