三話 混乱 と 魔法
女の子は大きな目を丸くして首をかしげた。
これが、キョトンとしている。という表情なのだろう。
「あ、ごめんなさい。なんでもないです」
僕は慌てた。
口に出すつもりは無かったんだ。
僕が血を好きな事は、一度として人に話したことは無い。
親兄弟だって知らない。
常識的に考えて異常な嗜好だって事は僕だって解っている。
言えばきっと白い目で見られる。ヘタをすれば犯罪者予備軍扱いだ。
それを理解しているから、秘密にしてきた。
それに、僕が興味があるのは僕の血だけだったから、他人を巻き込む必要は無い。
完全に僕一人だけで完結できていたんだ。
なのに、今僕は異常なことを口走ってしまった。
それというのも、この女の子の血があまりに綺麗だったから。
女の子の血と僕の血が交じって、光を放って、そして怪我が治ったから。
……ん? 怪我が……治った?
「怪我が治ってる!」
僕は今更驚いた。
「はい。だから私、怪我が治せるんです」
女の子はまたニコリと笑った。
「怪我が治って驚く前に他の事を言った人は初めてですよ」
笑顔は崩さず眉毛だけが八の字型に変化した。
「これは、一体どういう……。何をしたんです?」
「いや、だから私の魔法は、傷や怪我を治す魔法なんですってば」
「魔法? 魔法って……。え、魔法?」
僕の頭は許容量を超えて、混乱した。
女の子はそんな僕を見て、困惑していた。
とにかく、一旦落ち着こうということで、僕達は川岸に移動した。
女の子は適当な木の根に座り、僕は川の水をすくって飲んだ。
お腹を壊してしまうかもと一瞬ためらったが、川の水は澄んでいて冷たく、とても美味しかった。
ほんの少しの冷静さを取り戻した僕は、昨日から今日にかけて僕の身に起こった出来事を女の子に説明することにした。
女の子に聞きたい事は山ほどあったけれど、まず僕自身が事のいきさつを整理する必要があると思ったのだ。
「昨日、僕は献血に行ったんです」
「献血って何ですか?」
はじめの一歩でつまづいてしまった。
「何って、えぇっと、うーん。……いいや。とにかく、ある所に出掛けたんです。そこで用事をすませた後、眠ってしまって、気が付いたら夜になっていたんです」
女の子は釈然としない顔をしながらも、僕の話に相槌を打ってくれている。
「何故かその場所には誰もいなくて、寝る前は何人もの人達がいたはずなのに、いなくなってしまって……。で、私は家に帰ろうとしたんですけど、外に出てみたら来た時とは全然違う景色、っていうか場所になっていたんです」
「まぁ」
「帰り道が解らず、仕方ないから昨日はその場所に戻って夜を明かしました。それで今日になって手がかり、家への帰り道でもここがどこなのかでも、何でもいいから手がかりを見つけようとして、その場所から見えたこの森にやってきた訳です」
「そして今さっき襲われてた訳ですね」
「そうです。助けていただいて本当にありがとうございます」
僕は再びお礼を言った。
「でも一体どうやって、あいつを追っ払ったんですか?」
「大した事じゃないですよ。ちょっと爆発を起こして脅かしただけです」
「ライターか何か投げつけたんですか?」
そう聞くと、女の子は、うーん。と困ったようにうなってから言った。
「そのライターっていうのは知らないです。私は怪我を治す他に、小さな爆発を起こす事もできるので、それを使いました」
「……それって、つまり、魔法ですよね?」
「? 魔法ですよ」
女の子は僕以上に不思議そうな顔をして答えた。
まるで、誰もが知っていて当然の常識について質問されたかのような態度だった。
まさか……。
「一応お尋ねしますけど。もしかしてあなた以外にも、その魔法を使える人っていうのはたくさんいたりします?」
「えぇまぁ。……皆使えると思いますよ」
女の子はまた首をかしげた。
話せば話すほど、僕と女の子の両方に、不可解な事が増えていった。
魔法がポピュラーなものだというなら、ここが日本である可能性はほぼゼロだろう。
現代科学は魔法の存在を完全に否定している。僕だって今の今までお目にかかった事は無かった。
でも、ついさっき僕は見てしまったのだ。
女の子のアレは、手品の類では絶対に無い。
僕は、僕の元いた世界には魔法というものは存在していなかった事を女の子に伝えた。
女の子は、あぁどうりで。と納得した。
「魔法はどうやって出すんですか? やっぱ呪文とか唱えるんですか」
「そんな必要ありませんよ。簡単ですよ。血を使うんです」
血……?
「血をたらして、体から落ちるときに、こんな魔法になれぇ! って念じるだけです」
「それだけ?」
「それだけです。でもその魔法が実際使えるかどうかは、その人の素質次第です。私が使えるのはさっき言った『怪我を治す』のと『爆発を起こす』の二種類です」
女の子は人差し指と中指を立て、二を表した。
なんとなく自慢げな表情だったので、それはVサインにも見えた。
「そうなんだ。僕にも魔法、使えますかね?」
「使えるんじゃないですか? 後で試してみましょう」
そう言うと女の子は立ち上がった。
「あなたの事情はよく解りました。ここにいても始まらないので、とりあえず村に行きましょう」
「村って、たしか……」
さっき言っていた。なんという名前だっけ。
「はい。私の住んでるワコウ村です。案内します。付いて来てください」
そう言うと、女の子は川の下流の方向へズンズンと歩いていった。
他に頼るものも無いので、僕は女の子の後についていくしかなかった。
でも、この女の子は悪い人では無さそうだったので、ほんの少し気が楽になった。