三十五話
尚文露店主の異様な闘いに度胆を抜かれた17地区住民、他地区の増援住民、
そして日本決死隊は、突然の理不尽な攻撃停止命令に困惑をしていた。
日本決死隊の隊長格の男性は、本部にその命令に付いて、何度か質問を繰り
返していた。
しかし、全て「これは命令だ」という以外返っては来なかった。
実は、この理不尽な命令を行なわせた組織が存在していた。
その事について知っているのは、この場では尚文露店主、そして先ほど尚文
店主に尋ねていた露店店員しか知らない。
その男性店員は、乗っかってきた輸送車両の無線機を極秘に使用し、無表情で
無線連絡を行なっていた。
無線機で認識番号と暗号らしきものを言いながら、報告書を告げる。
「時刻は、標準時でおよそ**** **** その人物は、これより交戦に入る」
そう読み続けた。
男性は気持ちを落ち着ける様に息を吐く。
その彼の頸から、ネックレス・チェーンでぶら下げているアクセサリーが
あった。
アクセサリーは、定規とコンパスを模っている。
――――その数十分後、その報告を受けた日本国内のある場所の一室では、
欧州系の中年白人男性がうんざりとした表情を浮かべていた。
深い溜息をつきながら、 欧州系の中年白人男性は、部下に命令を下し終えた。 中年白人男性は所属している組織内で、「極東地域保安危機管理業務担当」と
いう地位にある。
そのような地位までのし上がる事が出来たのも、組織の上層部よりある男性に
対しての支援グループに配属されてからだ。
それも、「グランド・ゼロ」が発生するずいぶん前からである。
支援グループに配属されて以降―――――、その男性に引き摺られる様な形で
発展途上国10か国を巡る事になった。
それらの任地は、少数の鬼獣の現出などで薄汚く危険な場所になり果てていた。
だが、仕事はそれだけではなかった。
「グランド・ゼロ」以前は、世間から鬼獣に関しての情報は全て隠蔽されており、
それらに関しての情報を必要以上に探りを入れる者、鬼獣に関しての情報開示
を行なおうとする者などの、厄介な問題を片づけるという暗い仕事も引き
受けていた。
そう言った全ての作戦の成果もあってか、現在の地位まで出世でき、それなりの
力を持つ事も出来る様になった。
だが、半分は何かしら裏で支援対象の男性が、白人男性に気づかれずに動いた
結果でもある。
その事については、薄々この中年白人男性は感づいているが、具体的な証拠が
存在しないため、面と向かって尋ねるような事はしていない。
白人男性が極東地域保安危機管理業務担当という地位まで出世してから、
全人類が終わりなき闘いに踏み込んだ「グランド・ゼロ」が発生する4年の間に
も、厄介な問題を片づけた。
アフリカで鬼獣関連の情報収集活動を極秘に行なっていた政治活動家を8人、
アジアでは情報開示派の人権運動指導者を4人。
さらに南米の情報開示派の将軍1人、何らかの理由で白人男性が所属する組織の
方針に従わなかった犯罪組織メンバー30人近くを片付けている。
欧州や北米では、鬼獣との交戦目撃者や調査報道を行うジャーナリスト、鬼獣に
ついて何か情報収集していた研究家を80人ほど片づけている。
そういった極秘作戦の全てを把握しているのは、現在ではこの中年の白人男性
だけだ。
―――――しかし、それほど長く関わっていても、中年白人男性にも知らない事が
ある。
それは、その支援対象の男性の事だ。
上層部から、「彼の素性については、何も詮索はするな」と最初の時に
命じられていた。
それ以来白人中年男性は素性については、詮索はしていない。
また、白人中年男性の前にも幾人のも前任者がいたが、その前任者達も
彼の素性については、何も把握していなかった。
中年白人男性が担当し、詳しい素性も把握していない男性は――――――――――。
尚文露店の店主・・・・尚文真一郎。
そして、中年白人男性が所属する組織は――――――――――。
『フリーメイソン日本支部所属、情政省極東地域保安危機管理業務担当』
である。
尚、少し前に発生した熊騒動の後処理を行ったのも、この白人の中年男性が
指示をした。