7.連れの女 鈴木紀子
7.連れの女 鈴木紀子
矢沢は栃木に来ていた。
黒木が目撃者の少年に写真を見せて確認したところ、早苗ちゃんを車に乗せたのが磐田麻紀らしいとの報告を受けたのと、麻紀が実際に栃木に帰っているというのを栃木県警に居る黒木の同僚に確認してもらったと聞いたからだ。
麻紀は地元の家電量販店に勤めていた。矢沢はその量販店に客を装って入って行った。フロアをくまなく見て回り、2階の家電売り場に居る麻紀を発見した。しばらく商品を物色しているふりをして麻紀の仕事ぶりを観察した。
康子が言っていたように、子供が好きそうな優しい顔をしている。接客態度も笑顔で明るく丁寧だった。
「お客様、何をお探しですか?」
不意に声を掛けられて矢沢は思わず目の前の商品を指差した。
「これを…」
「ああ!花粉対策ですか?」
「えっ?」
矢沢が指したのは空気清浄機だった。
「ええ、まあ」
「私も花粉には悩まされてるんです。これは当店でもお勧めの機種なんですよ。値段も手ごろですし」
表示されている値段は定価¥59,800の物が¥29,800だった。
「どうしてこんなに安くできるんだい」
「メーカーと提携して、うち用に特別に製造してもらっているんです」
「ふーん…」
矢沢は財布の中身を確認した。出張経費でそこそこの金は用意していたが、美紀の顔が浮かんですぐに財布を仕舞った。経費の無駄遣いには美紀がうるさいのだ。
「今日はちょっと見に来ただけだから、今度来た時に頼む」
「はい。お待ちしておりますので、是非近いうちにまたお越しください」
「お姉ちゃん、親切だから是非そうするよ」
矢沢はそう言って一旦店を出た。間もなく閉店時間だ。駐車場に止めた車の中で麻紀が出て来るのを待った。
何人かの従業員が通用口から出て来た。その中に麻紀の姿もあった。麻紀は外に出ると、他の従業員と別れて一人で車に乗った。矢沢は車で麻紀の後を追った。
「まあ、子供の言う事だから確実性には欠けるかもしれないけれど、可能性は高いと思います」
黒木の話に矢沢は頷いた。
「それで、磐田麻紀が栃木に帰っているというのはどうなんだ?」
「栃木県警の同僚に調べて貰ったところ、確かに栃木に帰っているそうです。地元の家電量販店で働いているそうです」
「そうか。じゃあ、行って来るか。美紀、金を出してくれ」
「無駄遣いしないでくださいね」
美紀から金を受け取ると、矢沢はすぐに栃木へ向かった。愛車のトヨタが修理中なので、工場の代車に乗って。
30分ほど走ってから麻紀の車はファミレスの駐車場へ入って行った。車を降りた麻紀はファミレスではなく、隣接している居酒屋に向かっていた。
「車なのに居酒屋か?」
矢沢はしばらく様子を見て同じ居酒屋に入った。
「いらっしゃいませ!お客様、お一人ですか?」
「一人じゃだめか?」
「飛んでもございません。どうぞこちらへ」
若い女性店員が居酒屋特有の受け答えをした後、矢沢を席へ案内した。席へ向かう途中、矢沢は麻紀の姿を確認した。同年代の女と一緒だった。
「あっ!」
矢沢の姿を見かけた麻紀が矢沢を呼び止めた。
「さっきのお客さんですよね」
「こりゃまた、こんなところまで営業かい?」
「そんなあ。お客さん一人ですか?」
「そうだが」
「じゃあ、一緒に飲みませんか?」
「おい、おい、こんな年より捕まえて押し売りする気じゃないだろうな?」
「そんなことしませんよ。せっかくの再会だし、いいじゃないですか」
「けど、お連れさんは迷惑なんじゃないかい?」
「そんなことないですよ。麻紀の知り合いなら大歓迎です」
連れの女がそう言うので、矢沢は麻紀たちと合流することにした。4人席に向かい合って座っていた麻紀たちは矢沢に席を空けるために麻紀が連れの方に移った。
「私…」
「磐田さんだね。磐田麻紀さん」
「えっ?どうして…。あっ!そうか、名札ね」
「俺は矢沢だ」
「矢沢さんか。格好いい名前ですね。エイちゃんみたい!えっと、こっちは…」
「鈴木紀子です」
連れの女がそう名乗ってにっこり笑った。
思わぬ展開で矢沢は麻紀と顔見知りになった。紀子とはここでよく待ち合わせをして帰るらしい。二人は家が近所で、酒の飲めない紀子がここから麻紀に代わって車を運転して帰るのだと言う。
「えー!矢沢さんは車なんですか?なのに、飲んじゃって大丈夫なんですか?」
「酒に飲まれて運転できなくなるほどヤワじゃねえよ」
「格好いい!でも、この辺けっこう張ってるよ」
「そうなのか?そりゃまずいな」
「矢沢さんって、この辺の人じゃないでしょう?」
「よく分かったな。今日は出張で来てるんだ」
「話を聞いてたら分かるって。全然、方言も出ないし。じゃあ、今日はどこかに泊まるの?」
「そうなんだが、まだ宿を決めてないんだ。どこかいいところを知ってるか?」
「それじゃあ、ウチにおいでよ」
そう言ったのは鈴木紀子だった。
「そうすれば?紀子んちは広いから」
「バカ言っちゃあいけねえよ。いくら広いとはいっても家の人に迷惑がかかるだろう。それに、年頃の娘がこんなじじいを連れて来たんじゃご両親だって心配するだろうに」
「全然心配ないよ。この子一人暮らしだし」
「だったら余計ダメじゃねえか。いくら年取ってるからって、俺も一応男だ。いつ襲いかかるか分からんぞ」
「お小遣いくれるならいいわよ」
「まさか、お前ら、そういう…」
「冗談だって!矢沢さんって、なんか警察の人みたい」
「そうだとも。今は違うがな」
「えっ!本当?じゃあ、余計安心じゃない。ねえ、紀子」
「そうね。ホテル代の代わりに宿泊費として五千円頂こうかしら。それならいいでしょう?」
「まあ、これも何かの縁だ。世話になるか。ところで、領収書は出るか?」
急に真剣な顔で言う矢沢を見て二人は吹き出した。
「まっ、いっか」
矢沢の頭の中に角を生やした美紀の顔が浮かんだ。