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6.容疑者 磐田麻紀

6.容疑者 磐田麻紀


 事務所に入って来た二人を見て、矢沢が康子に声を掛けた。

「目撃者が出たぞ」

「本当ですか?」

 康子の表情が引き締まった。

「まあ、その女性が犯人だと決まったわけではないけれど、早苗ちゃんを車に乗せるのを見たと言う少年が居てね」

 黒木が補足した。

「早苗ちゃんを簡単に車に乗せられるくらい親しい女なのかもしれん。心当たりはあるかね?」

 矢沢の問いに康子は首を傾げた。どうやら心当たりは無いようだ。矢沢は今朝、康子の家を訪ねた時に見かけた写真のことを思い出した。

「今朝、部屋を見せて貰った時に見た写真なんだが…」

「ああ!職場のバーベキューの?」

「あの写真には何人かの女性が写って居たな」

「ええ、でも、みんないい人ばかりですよ…。あっ!そう言えば…」

「どうした?」

「一人、最近になって辞めた子が居るの。その子は早苗を可愛がってくれていたのよ」

「今から、その写真を見に行ってもいいかね?」

「ええ。構いませんよ」

 矢沢たちは康子の家へ向かった。



 3年前の話だ。務めているスーパーの定休日。店長が音頭を取ってバーベキューをやることになった。従業員は家族を連れて参加した。康子も早苗を連れて行った。

「瀬能さんのお子さんですか?」

 声を掛けてきたのは後輩の磐田(いわた)麻紀(まき)だった。高校を卒業したばかりの新人だ。

「私、本当は幼稚園の保母さんになりたかったんですよねー。だから子供は大好きなんですよ」

 そう言って、早苗と遊んでくれていた。他の従業員は年配の者が多く、連れてきた子供も小学校の高学年というのが殆どだった。小学校に上がったばかりの早苗は他の従業員たちからも“可愛い”と言われてみんながよく遊んでくれた。ところが、当の早苗は人見知りでなかなか馴染めないようだった。けれど、麻紀にだけはよくなついていた。

 その後も何度か康子が早苗を職場に連れて行くと、早苗は麻紀と一緒にしりとりやトランプをして遊んでいた。



 そんな話を康子は写真を見ながら矢沢たちに聞かせていた。

「それで、彼女が辞めたのはいつ頃の話ですか?」

 黒木が聞いた。

「三ヶ月くらい前よ。田舎に帰るのだと言っていたわ」

「田舎って?」

「栃木だと言ってたかしら?」

「ウラを取ってみます」



 成人式に出席するため、休暇を貰って栃木に戻っていた麻紀は久しぶりの高校の同級生と会っていた。仲のいい友達はみんな地元の会社に就職するか、自宅から通える程度の近場の大学に進学していた。

「東京ってどう?」

 いちばんの親友だった鈴木(すずき)紀子(のりこ)が聞いてきた。

「私が住んでいるのは東京だと言っても郊外の方だし、土日が仕事だから渋谷とか原宿みたいな所には行ったことが無いわ」

「なんだ、じゃあ、こっちに居るのと変わらないじゃない」

「そうね。宇都宮の方がかえって都会だわ」

「戻ってくればいいのに。そしたら、しょっちゅう会えるし」

「でもね、今の職場の人たちがみんないい人ばかりで楽しいの」

「そっか…」

「それに、一緒に遊んでいてすごく楽しい子が居るの」

「えっ!それって、もしかして彼氏?」

「違うわよ!職場の先輩のお子さんで、まだ小学生の女の子」

「なーんだ。でも、あんた、子供好きだったもんね」

「うん。彼氏なんか作る暇もないし。結婚なんかしなくてもいいから、早苗ちゃんみたいな子供が欲しいなあ」

「その子、早苗ちゃんっていうんだ」

「そう。可愛いのよ」

 そう言って麻紀は携帯電話の写真データから早苗の写真を紀子に見せた。その後はずっと早苗の話ばかりしていた。

「今度、東京に遊びに行くから、その時は私も早苗ちゃんに会ってみたいわ」

「本当?じゃあ、二人で康子さんちに遊びに行こう」


 成人式を終えて帰って来た麻紀は早速そのことを康子に話した。

「そう!ぜひ連れて来て。早苗もきっと喜ぶわ」

 康子にそう言われて麻紀はまた楽しみが増えたと仕事に精を出した。そんな時、実家から連絡が入った。

「お父さんが癌で先が長くないのよ」

「うそ!この前はあんなに元気だったのに」

「今のうちにこっちに帰ってこられないかしら」

「そんな…。急には無理よ」

「お願いよ」

 母親に懇願されて麻紀は途方に暮れた。けれど、結局、母親の言う通り、実家に戻ることにした。


 麻紀が辞める日、店長がささやかな送別会を開いてくれた。

「麻紀ちゃんが居なくなると、ウチも老人ホームみたいになっちゃうな」

 店長がそんな冗談を言ってみんなを笑わせていたけれど、自分の娘みたいに可愛がっていた年配の女性たちはみんな涙を流してくれていた。

「また、遊びに来ますから」

 麻紀は笑顔でそういうと、最後は店長から花束を贈られて職場を後にした。



「それ以来麻紀ちゃんには会ってないのよ」

 康子はその時のことを思い出して、瞼を潤ませた。

「この写真、お借りしてもいいですか?」

「はい。どうぞ」

 黒木は写真をポケットにしまうと、時計を見て部屋を出た。今から、目撃者に写真を見せて確かめると言って。

「麻紀ちゃんに限って誘拐なんて有り得ないわよ」

 康子は肩を落として呟いた。

「たいていそういう風に言われるヤツが犯人ってことはよくあるんだ」

 矢沢の言葉に康子は首を振って、力なく畳の床に座り込んだ。








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