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4.被害者 瀬能早苗

4.被害者 瀬能早苗


 公園で遊んでいた早苗の足元にサッカーボールが転がって来た。向こうで男の子が手を振っている。

「そのボールこっちに蹴って」

 早苗は言われるままにボールを男の子の方へ蹴り返した。そのボールは男の子のはるか頭上を越えて飛んで行った。

「うわあ!」

 男の子は慌ててボールを追いかけて行った。ボールを拾った男の子は早苗の元にやって来て声を掛けた。

「お前、すげえな。一緒にやる?」

「うん」

 早苗は頷いて男の子とサッカーボールをけって遊んだ。


「えー!サッカー?」

「うん。隣町のサッカーチームに入りたい」

「早苗は女の子なんだから、バレーボールとかの方がいいんじゃないの?バレーボールなら小学校のクラブがあるでしょう?」

「サッカーがやりたいの」

 サッカーなら道具にもそんなにお金がかからないだろうと思い、康子は次の日曜日に隣町まで早苗を連れてそのサッカーチームの練習を見に行った。

 康子がチームの監督に話を聞いている間、早苗は顔見知りの男の子とボールをけって遊んでいた。もう、すっかりチームに入ったつもりでいた。そんな早苗の姿を見ていたら康子は入部届にサインをするしかなかった。

「仕方ないわね…」

 早苗には今まで我慢ばかりさせてきた。あんなに嬉しそうな早苗の顔を康子は初めて見た。



 生まれた時からお母さんしか居なくて、小さいころはそれが当たり前だと思っていたの。でも、どこの家にもお父さんが居て、休みの日に一緒に遊んでいるところなんか見たら不思議な感じがしたわ。だからお母さんに聞いてみたの。

「私にもお父さんっているの?」

「えっ?」

 お母さんはびっくりしていたわ。

「早苗が産まれる前に死んじゃったのよ」

「写真とかないの?」

「何も無いわ」

 そう言われたら諦めるしかないものね。でも、お母さんと二人だけでもちっともさびしくはなかったわ。お母さんはお友達みたいだし、私を育てるために頑張って働いているんだもの。それに、私に似て美人だし。

 お母さんが働いているスーパーに遊びに行くと、おじさんたちがやさしくしてくれるの。いつも知らない人に物を買って貰っちゃダメだって言うお母さんもスーパーのおじさんたちなら何も言わなかったわ。

 小学校に上がると、学童に入ったの。お母さんの仕事の邪魔をしたくないし、お母さんも私が一人で家に居るのを心配していたから。おかげでお友達はたくさんできたわ。一番仲良しなのは真一(しんいち)君。私より1学年上の4年生。私にサッカーを教えてくれたのが真一君よ。だから私も真一君のサッカーチームに入ったのよ。

 そこで私の教育係になってくれたのが黒木優香ちゃん。女子チームのエースで私を可愛がってくれるのよ。お家に遊びに行ったこともあるわ。私は優香ちゃんが大好き。


 あの日は学童の帰りに公園に寄ったの。いつも真一君がサッカーの練習をしているから。でも、真一君は居なかったわ。変わりに大人の人がサッカーボールで遊んでいたの。私が見ていたら、一緒に遊ぶ?って聞くから私は知らん顔で通り過ぎようとしたのよ。そしたら、その人、私の名前を呼ぶの。早苗ちゃんって。お母さんのことも知っているみたいだったからスーパーの人だと思ったわ。小さいころに見たことがあるような気がしたし。

 私がいつもここを通るのはお母さんから聞いて知っているって言うのよ。私がサッカー好きなことも知っていたし。それで安心したのが良くなかったのよね。

 はじめはお母さんに頼まれたって言ってたの。仕事が遅くなるから少し預かってほしいって。それで、ここで待ってたって。よく考えたらすぐに怪しいって判るのにね。

 頼まれて迎えに来るなら学童に来るはずよ。わざわざ、こんな人気のない公園で待ってるなんてどう考えてもおかしいわよね。今までだって家で一人で待ってることなんか何回もあったのに。車に乗ってから気が付くなんて、私もまだまだお子ちゃまね。


 その人の家は古い木造の一戸建てだったわ。私はわざと騙されたふりをして、お母さんが迎えに来るのを待つふりをしたの。その人は自分が誘拐犯だということを気づかれないようにお芝居を続けていたわ。お母さんの知り合いのふりをしてね。もしかしたら本当にそうなのかもしれないから私はしばらく様子を見ることにしたわ。

 夜になると、晩御飯の買い物をしてくるから、誰かが来ても絶対に出るなと言って外からドアに鍵をかけて出て行ったの。私は窓から出て逃げようと思ったのだけれど、全部外側に格子があって出られなかったわ。そして、この家には電話が無かったからお母さんに連絡もできなかったの。

 しばらくするとその人はコンビニのお弁当を買って来たわ。それを二人で一緒に食べたわ。食べ終わると、お母さん、迎えに来るの遅いね…。なんて言って、電話をかけてみるから番号を教えてって言うの。間抜けね。知り合いなら電話番号くらい知っているものなのに。どっちにしてもこの人がお母さんに電話をすれば私が無事なのは解ると思ったから教えてあげたわ。

 帰ってきたらその人、なんだか困った顔をしていたわ。どうやらお母さんに連絡が付かなかったみたい。そう言えば、お母さんの携帯電話は料金滞納で通じなくなっていたのかも知れないわね。しょっちゅうそんなことあったから。仕方ないから、迎えに来るまで待つしかないね…。だって。

ご飯を食べてお風呂に入ると、その後はずっとテレビを見ていたわ。家ではお母さんが絶対に見せてくれない番組を夜遅くまで見ていたわ。どうせ、次の日は学校に行くこともないだろうから。

 翌日、学校はどうしようかって聞いたらその人、焦っていたわ。いい加減、誘拐したんだって白状すればいいのに。そしたら私も少しは悲劇のヒロインみたいな気分を楽しめるのに。


 そうやってだらだらと3日たったのよ。私はお昼のワイドショーを見ながらお菓子を食べていたわ。この3日間、とても楽しく過ごしているわ。お母さんに会えないのは寂しいけれど、日本の警察は優秀だからこの人もすぐに捕まるわ。でも、お母さんがそこまで頭が回るかしら。

 その日の夕方、その人が嬉しそうな顔をして戻って来たわ。そして、言ったの。もうすぐお母さんが迎えに来るよって。本当に?私は作り笑いをして嬉しそうなふりをしたわ。



 黒木は自分が担当している事件の合間に周辺の聞き込みをしていた。

「本当かい?」

 公園でサッカーをしていた少年に確認した。彼は優香と早苗が入っているサッカーチームの男の子だった。

「うん。早苗ちゃんが女の人と一緒に車に乗るのを見たよ」

「ありがとう」

 黒木は礼を言って少年の頭を撫でると、矢沢の事務所に向かった。







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