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2.依頼人 瀬能康子

2.依頼人 瀬能康子


 矢沢は康子をもう一度ソファーに座らせると自分もその向かい側に腰を下ろした。

「今里君、お茶を」

 美紀にお茶を淹れるように指示すると、改めて依頼人に向きなおった。

「さて…。人探しのご依頼だとか」

「はい。そうなんですけど…」

 康子の顔には不安でいっぱいだというような表情が浮かんでいる。その視線は矢沢ではなく、美紀の方に向けられ、いかにも助けを求めているようだった。

「一つ忠告してもいいですか…」

 矢沢はそんな康子に言った。

「人を見かけで判断してはいけませんよ。こう見えても私、元刑事です。可愛い娘も居ます。心の優しい人間ですから、安心してお話をお聞かせ願えますか」

 言ってから矢沢はにっこり笑った。それを見ていた美紀は余計不気味に見えるわよと思ったけれど口には出さなかった。そして、代わりにこう言った。

「所長の言う通り、優しいかどうかは別にして、探偵としては一流ですよ」

 美紀の言葉を信じたとは思えないが、康子は依頼の内容について詳しく話し始めた。



 あれは3日前のことでした。

 私、普段はパートをしていて10時から4時まで留守にしているんです。娘は小学3年生なんですけど、学校が終わると学童に行って、帰って来るのは5時過ぎなんです。

 3日前のその日は5時を過ぎても帰ってこなくて。だけど、たまにお友達と公園で遊んできたりして少し遅くなることもあったから、その時点ではあまり気にしてなかったんです。ところが、6時を過ぎても帰ってこなくて。その内外も暗くなって…。あの子が立ち寄りそうなところを一通り探してみたんですけど、どこにも見当たらなくて。もしかしたら、もう家に帰っているかもしれないと思って戻ってみたんですけど、やっぱり居なくて…。

 もう、どうしていいか判らず、取り敢えず、次の日は風邪をひいたと言って学校を休ませることにしたんですけど、3日待っても帰ってこないからここへ相談に来たんです。そしたら、所長さんが留守だったので…。



 話を聞いていた矢沢が待ちきれずに声をあげた。

「ちょ、ちょっと待ってください。えーと、瀬能さんって言いましたっけ?お子さんが居なくなったのに3日間もほったらかしにしていたんですか?」

「いえ、だから、学校には風邪をひいたと…」

「そういう事ではなくて、警察とかには届け出なかったんですか?」

「だって、警察に届けたりしたら誘拐だった場合、殺されちゃうじゃないですか。それに身代金を払う余裕も無いし…」

 そう言って康子はため息をついた。それから、今度は自分の身の上について話し出した。



 うちは母一人子一人の母子家庭なんです。早苗(さなえ)の…。早苗というのは娘の名前なんですけどね。父親は私が早苗を妊娠しているときに女を作って居なくなっちゃったんですよ。それからは私が働きながら女手一つで早苗を育ててきたんです。それこそ、早苗が小さいころは早苗をおんぶしてスーパーのレジ打ちをやっていました。普通ならそんなの有り得ないでしょう?でも、そんな姿で仕事をしているものですからお客さんは同情してくれて普段よりたくさん買い物をしてくれたんですよ。だから、店長も大目に見てくれて。

 私は小さい時に両親をなくしてしまい、頼れる親戚も居なかったですから施設に預けられたんです。そして、中学を出ると働いてお金を貯めて一人暮らしを始めたんです。アパートを借りる時は施設の園長さんが保証人になってくれたから本当に助かったのよ。

 働き始めてからすぐに親切なおじさんと知り合って…。ああ、それが早苗の父親なんですけどね。当時、私は16歳で彼は30歳だったかしら。それですぐに妊娠しちゃったから逃げられちゃったのかなあ。私って老けて見えるでしょう?いろいろ苦労したから。こう見えてもまだ25歳なんですよ。

そんなこんなで身代金なんて払えないし。でも、それで早苗が帰ってこなかったら悲しいし…。



 そこまで喋ると康子は一息ついて、醒めてしまったお茶を一気に飲み干した。矢沢はいらいらしながらも我慢して話を聞いていた。康子が一息ついたのでいくつか質問をしてみることにした。

「いくつかお尋ねして宜しいですか?」

「どうぞ」

「まず一つ。娘さんは誘拐されたわけではないんですよね?」

「そうね…。そんな電話はかかって来てないし…。あっ!私、携帯止められてるんだ。どうしよう!犯人から電話があって、通じないからって早苗が殺されていたら」

「固定電話は無いんですか?」

「携帯しか持ってません」

「それはまずいですね。今里君、今すぐ瀬能さんの電話料金を払って来てくれ」

「請求書はお持ちですか?」

 美紀はそういうと康子から請求書を受け取って事務所を出た。

「電話がつながったら、誘拐かどうかは履歴を確認するとして、二つ目。どうして警察に届けなかったんですか?」

「それはさっき話した通り、誘拐だったからまずいじゃないですか」

 変なドラマの見すぎじゃねえか…。矢沢はそう思ったけれど、それは口に出さずに次の質問をした。矢沢にとってはそれが一番大事なことでもあった。

「じゃあ、最後に、先ほど、身代金を払う余裕がないとおっしゃいましたが…。携帯電話も止められているようですし。依頼料はお支払い頂けるのでしょうか?」

「えーっ!お金がかかるんですか?」

 そう言って康子は目を潤ませた。矢沢はそれを見て頭を抱えた。

「大事な娘さんを探してあげたいには山々なんですが、私どももお金を頂かなければ商売にならないもので。今、立て替えた携帯電話料金も返して頂かないといけませんし…」

 その瞬間、康子は立ち上がって事務所を飛び出して行った。

「おい!こら!ちょっと待て」

 矢沢はすぐに康子の後を追った。


 康子の携帯電話料金を支払った美紀が事務所に戻ってくると、康子がものすごい勢いで走って来るのが見えた。

「まさか、所長がやらかしたか?」

 一瞬、そう思ったけれど、すぐに矢沢が出て来て美紀に向かって叫んだ。

「おい!そいつを捕まえてくれ」

 美紀は走ってくる康子の前に立ち塞がって康子の逃げ道をふさいだ。康子は美紀を突き飛ばして逃げようとしたけれど、その瞬間、体が宙を舞って地面に転がった。


 黒木が事務所のドアを開けると、矢沢がドアの前に立ち塞がっていた。奥のソファーには若い女性が座っていて大声で泣いている。

「何事ですか?」

「悪いな。忙しいところを」

 矢沢は黒木を中に入れると、これまでの経緯を簡単に説明した。そして、康子の携帯の留守電に録音されていたメッセージを聞かせた。

「先輩、これって…」

「そうだ。誘拐事件だ」






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